夕食に呼ばれて-はみ出し駐在記(76)
- 2016年 1月 15日
- 評論・紹介・意見
- 藤澤豊
N先輩が「週末夕飯に来い」と言ってきた。招待されたというべきなのだが、変な引っかかりがあって、そう言う気にならなかった。「同級生が来るから、お前もついでに来ればいい。久しぶりに。。。」なんとか理由をつけて断りたかったが、急に言われて咄嗟に適当な言い訳が思い浮かばなかった。「えぇって」肯定的な響きの返事をしてしまった。なぜ否定的な「えぇって」にしなかったのかと後で悔やんだ。一度肯定的な返事をしてしまうと、それをひっくり返す力のあるいい訳がないと断れない。
今回は同級生も一緒だから、先輩の自慢話とお説教を聞くことも少なさそうだが、面倒見のいい先輩面されて、食いたくもない料理を美味しいといいながら。。。笑顔を保つのは苦痛以外のなにものでもない。
同級生が来るのなら、その同級生と二人で盛り上ればいいじゃないか。こっちを巻き込まないでくれと言いたかった。行くたびに、先輩だけでなく、社内結婚された奥さんとも志向や嗜好が違いすぎて、共通の話がなくて困った。確かに入社年も年齢も奥さんの方が上だが、だからといって先輩の尻馬に乗って、口調まで先輩の真似をして説教じみたことを言うことはないだろう。
同級生が出張でニューヨークに来ることは随分前から分かっていたのに、急にこっちまで呼ぶことにしたのには、先輩同士の馬鹿げたライバルのような気持ちがあるようにしか見えなかった。
M先輩には車探しから始まって随分お世話になっていた。M先輩は出張でほとんど家にいない。タンスにゴンで子供もいない。駐在も長い。奥さんはご主人抜きでニューヨークを闊歩していた。職人気質で気分屋のM先輩が好きにしているように思わせるだけの才のある奥さんだった。夕食に招かれる度に奥さんには日常生活のちょっとしたアドバイスまで頂戴していた。お伺いすれば楽しいのだが、奥さんには要らぬ面倒をかけることになる。それがイヤで誘われてもできるだけ辞退していた。誰に気を使うこともない一人の方が気楽だった。
N先輩は三歳上、M先輩は五六歳上だった。年齢的にも仕事の経験や能力でもN先輩はM先輩やE先輩に頭があがらない。何をするにもN先輩に聞くよりM先輩やE先輩に聞いた方が間違いがない。N先輩は夕食や飲みに一緒に出かけることもない。人付き合いの悪い人だった。それでも新米が日常生活ではM先輩、飲み食いではE先輩にくっついてゆくのが気にかかったのだろう。M先輩やE先輩のいないときに何かと言ってきた。
端にも棒にもかからない新米がどの先輩と親しくしようが何も気にすることなどないと思うのだが、それが気になる器だったということなのだろう。呼んでメシ食わせて、偉そうな話をして、ご本人は悦にいってでいいだろうが、そんなところに呼ばれる方はたまったもんじゃない。その程度の人だからなのだろうが、新米が誰かの家に呼ばれたことが分かると、ちょっと経ってからうちに来いと声がかかる。二度も三度も似たようなことがあれば、そろそろ言ってくるのではないかと、いい訳を用意していた。
同級生を呼んでの夕飯なので、もうちょっと豪華にするのかと思って多少なりとも期待してお伺いした。もうちょっとご馳走をという下種な思いで恥ずかしいが、行くたびにご自慢の混ぜご飯だけでは、嫌な思いを相殺できない。ご本人、常々自分は今で言うイケメンだと言って憚らなかった。話は大きいがちょっと度が過ぎた倹約家で遊び心などありようもない。自慢話をありがたく聞きたいという人以外には付き合おうとする人はいなかったと思う。もっとも中には似た物同士で、自慢話をし合って盛り上る人たちもいるかもしれない。
本来、独立した個人と個人の関係で成り立つ人間関係。昔ながらの考えも随分すたったとは思うのだが、「既婚の先輩が未婚の後輩を家に招いて夕食をご馳走するのが一人前の社会人としてのたしなみ」など、昭和までの遺物として捨ててしまった方がいい。もう昔のように親父がすべての家庭じゃない。気を使ってあれこれ用意しなければならない奥さんや多少なりとも影響を受ける家族のことを思えば、オヤジはオヤジ同士で家の外で親交を深めればいい。家に持ち込んで何の意味があるとも思えない。
人間関係、お互いに認め合うところから始まって終わる。先輩面したところに、後輩としてかしずかえたところに本来の人間関係などありようがない。家に夕飯に誘われるのは、何らかの自然の流れのなかであってもお断りしたい。ましてや先輩風を吹かせたいオヤジの都合に合わせなければならないような媚びた生き方もしたくない。吹くのも媚びるのも人の自由。とやかく言う気はないが、関わり合いたくない。
Private homepage “My commonsense” (http://mycommonsense.ninja-web.net/)にアップした拙稿に加筆、編集
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座http://www.chikyuza.net/
〔opinion5858:160115〕
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