強制否認の持論を政略的に開閉する安倍首相(上)~「従軍慰安婦」問題をめぐる日韓政治「決着」を考える(5)~
- 2016年 1月 28日
- 時代をみる
- 醍醐聡
2016年1月26日
安倍首相の「お詫び」のどこが「前進」?
昨年12月28日の日韓外相会談において示された安倍首相の「従軍慰安婦」問題に関する「お詫び」を日本国内では前進と評価する論調が大勢である。朴槿恵大統領も今月13日、「慰安婦問題」をめぐる日韓合意について「最大限の誠意を持ち、最上のものを引き出した結果」と成果を強調した(2016年01月13日15時23分、中央日報日本語版)。
しかし、そう評価できるかどうかを日本の歴代の政権あるいは首相(経験者)等が公表した見解や書簡と照らし合わせて検証する必要がある。
幸い、弁護士の金原徹雄さんが、昨年12月29日にご自身のブログに掲載された、「慰安婦」問題についての日韓外相記者発表を読んで歴代総理大臣の「お詫びの手紙」を思い出す」というタイトルの記事で「慰安婦問題」に関する日本の歴代の首相の「お詫び」の文章を紹介しておられるので、それも参照した。
(弁護士・金原徹雄のブログ、2015年12月29日)
http://blog.livedoor.jp/wakaben6888/archives/46423096.html
以下、対照する文書は次のとおり。
*慰安婦関係調査結果発表に関する河野内閣官房長官談話 (1993年8月4日)
http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/taisen/kono.html
*アジア女性基金の設立にあたっての歴代内閣総理大臣と財団理事長のお詫びの手紙
http://www.awf.or.jp/2/foundation-03.html
*橋本龍太郎首相の国会答弁(1997年3月12日、参議院予算委員会)
*橋本総理大臣・金泳三大統領共同記者会見での橋本首相の発言(1996年6月23日)
*日韓外相会談後の岸田外務大臣による発表(2015年12月28日)
http://www.mofa.go.jp/mofaj/a_o/na/kr/page4_001667.html
*日韓首脳電話会談における安倍首相の発言(2015年12月28日)
http://www.mofa.go.jp/mofaj/a_o/na/kr/page4_001668.html
強制否認の持論を政略的に開閉する安倍首相
わが国では、日韓「合意」にあたっての安倍首相の「お詫び」の中に「軍の関与」という文言が入ったこと、政府としての「お詫び」が表明されたことを指して「前進」と評価する向きが多い。
しかし、「軍の関与」、「政府として」というフレーズは河野談話でもアジア女性基金の設立にあたっての歴代内閣総理大臣と財団理事長のお詫びの手紙でも明記された文言であり、何も目新しいことではない。今回の安倍首相の「お詫び」がこれまでと変わったのは、河野談話や女性基金理事長の手紙の中で弱いながらも言及された「強制性」を意味するフレーズが見当たらないことである。
河野談話では「旧日本軍の直接あるいは間接の関与」に言及した後、慰安婦の募集にあたって「甘言、強圧による等、本人たちの意思に反して集められた事例が数多くあ」ったこと、「官憲等が直接これに加担したこともあったこと」を認定するとともに、徴集の段階にとどまらず、慰安所の実態も「強制的な状況の下での痛ましいものであった」と指摘していた。
また、女性基金理事長の手紙でも、「慰安婦」集めにおいて「直接強制的な手段が用いられることもありました」と明確に強制性を認定していた。
しかし、今回の安倍首相の「お詫び」は「多数の女性の名誉と尊厳を深く傷つけた」、「慰安婦として数多の苦痛を経験され,心身にわたり癒しがたい傷を負われた全ての方々に対し,心からおわびと反省の気持ちを表明する」というこれまでの表現を踏襲するにとどまり、「強制性」については一切、言及していない。その一方で、「日本政府は,これまでも本問題に真摯に取り組んできたところ」という安倍氏特有の「自負」は抜かりなく挿入している。
ところが、日韓「合意」が発表されてから21日後の今年1月18日に開かれた参議院予算委員会で安倍首相は、しばし封印していた持論を開封し、「政府として、政府が発見した資料の中には、軍や官憲によるいわゆる強制連行を直接指示するような記述は見当たらなかったという立場に全く変わりはない。『当時の軍の関与のもとに』というのは、慰安所の設置・管理および慰安婦の輸送について、旧日本軍が間接あるいは直接にこれに関与したと、従来から述べてきているとおりだ」(2016年1月18日、19時46分、NHK NEWS WEB)と答弁した。
安倍首相の強制否認発言に対し韓国内では反発が沸騰
この安倍発言について、わが国では野党もメディアもほとんど問題にしなかったが、韓国では大きな反発が起こった。
『ソウル聯合ニュース』(1月19日、17:18)は韓国外交部の趙俊赫(チョ・ジュンヒョク)報道官の定例会見での発言として、日本の安倍晋三首相が前日に旧日本軍の慰安婦強制連行を否定したことに対し、「慰安婦動員の強制性はいかなる場合でも否定できない真実だ」と反論したが、この発言が韓日合意に反するのではないかとの記者質問には明言を避けた、と伝えた。
『中央日報日本語版』(1月20日)は「安倍首相の『慰安婦妄言』に抗議しない韓国政府」と題する記事を掲載し、「強制性」を否定した安倍首相の国会答弁に抗議しない政府の態度に対して記者から、「日本が合意破棄言動をしているが具体的対応策は何か」という質問が続いたと伝えている。
さらに、『朝鮮日報日本語版』(1月20日、10:00)は韓国の最大野党「共に民主党」の都鍾●(ト・ジョンファン)報道担当は上記の安倍発言に対し、これは「韓日慰安婦合意が無効であることを宣言したのと同じだ」と批判したことを伝えた。
従来の政府見解を捻じ曲げた安倍首相の発言
そもそも、安倍首相の上記答弁は従来の日本政府の見解を捻じ曲げている。なぜなら、河野談話は、慰安婦の募集にあたっては、「業者が主としてこれに当たった」と指摘しているが、その前段で「軍の要請を受けた業者が」という一文がある。この点を安倍首相は捨象しているのだ。
さらに、河野談話は、この文章に続けて、「その場合も、甘言、強圧による等、本人たちの意思に反して集められた事例が数多くあり、更に官憲等が直接これに加担したこともあった」と記している。強圧も含め、本人の意に反する徴集は「強制」そのものであり、それに官憲が直接加担したこともあったと河野談話は記しているのだから、安倍首相の曲解ははなはだしい。
さらに、安倍首相の発言で恣意的なのは「慰安婦」の強制性を徴集の場面だけに焦点を当てて論じ、徴集後の「慰安所」での「慰安婦」の置かれた状況にまったく触れない点である。
これについて河野談話は「強制的な状況の下での痛ましいものであった」としか記していないが、談話の取りまとめにあたって行われた政府調査の結果を内閣官房内閣外政審議室名で発表した「いわゆる従軍慰安婦問題について」(1993年8月4日)と題する文書の中では次のように記されている。
「慰安所の経営及び管理
旧日本軍は、慰安婦や慰安所の衛生管理のために、慰安所規定を設けて利用者に避妊具使用を義務付けたり、軍医が定期的に慰安婦の性病等の病気の検査を行う等の措置をとった。慰安婦に対して外出の時間や場所を限定するなどの慰安所規定を設けて管理していたところもあった。いずれにせよ、慰安婦たちは戦地においては常時軍の管理下において軍と共に行動させられており、自由もない、痛ましい生活を強いられていたことは明らかである。」
これを読めば、慰安所での「慰安婦」たちは、管理の実態としては拘禁状態に置かれ、生活の実態としては売春を強要された性奴隷の状態と呼ぶのが相当である。「募集」の強制性を否定するのに躍起の安倍首相は、政府がまとめた報告書のこの部分をどう読み取ったのか? 読み取る意思がなかったのか?
安倍首相の「強制広狭論」
では、日韓合意に向けた交渉の間、安倍首相が暫時封印した慰安婦問題に関する同氏の本心はどのようなものだったかというと、一口でいえば「強制の広狭論」である。それは次のような国会答弁に示されている。
2006年10月6日の衆議院予算委員会で、「本人たちの意思に反して集められたというのは強制そのものではないか」という質問を受けた安倍首相は次のように答弁している。
「ですから、いわゆる狭義の強制性と広義の強制性があるであろう。つまり、家に乗り込んでいって強引に連れていってしまったのか、また、そうではなくて、これは自分としては行きたくないけれどもそういう環境の中にあった、結果としてそういうことになったことについての関連があったということがいわば広義の強制性ではないか、こう考えております。」
「そうではなくて・・・そういう環境の中にあって・・・・結果としてそういうことになった」という発言は意味不明の言葉の継ぎ足しであるが、「家に乗り込んでいって」云々は慰安婦の「募集」を語る時の安倍氏の常用句である。2015年9月14日のNHK日曜討論でも、同旨の発言を繰り返した。こういう物言いを聞くと、家に乗り込んでいって強引に連れていったのでなければ強制的な募集(徴用)にあたらず、取り立てて問題にするにあたらないと言いたげに聞こえる。
しかし、デジタル大辞泉によると、「強制」とは、「権力や威力によって、その人の意思にかかわりなく、ある事を無理にさせること」である。であれば、河野談話が記した慰安婦徴集の実態は言葉の本来の意味での「強制」そのものである。これを広狭に分けて安倍首相は何を言いたいのか?
初出:醍醐聡のブログから許可を得て転載
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座http://www.chikyuza.net/
〔eye3252:160128〕
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