あるようでないアメリカ土産-はみ出し駐在記(追補)
- 2016年 5月 17日
- 評論・紹介・意見
- 藤澤豊
出張でも観光旅行でも海外に行けば、親しい同僚や知り合いからなんらかの土産を期待された。今ほど海外が身近でなかったから期待も大きかった。遊びじゃない、仕事で来ているだけなのだから、期待など知ったことかと開き直ればいいのだが、できそうでできない。そこは人情と些細なしがらみというのか、時には変な思いまでからんで、適当な土産はないかという話になる。お互い負担に感じるようなものは避けたいが、さりとてあまりくだらない物だと、ありがた迷惑どころか、持って帰った気持ちというのか常識のようなものまで疑われかねない。
シドニーの暴れん坊以外、応援者は誰も初めての海外旅行だった。空手では帰れない。なかには土産だけでなく、もうすぐ結婚という彼女にダイヤの指輪を買って帰らなければならないのまでいた。定番の洋酒(時代を感じさせる)にビーフジャーキーやタバコにチョコレート。。。この類は帰りに空港の免税店で買えばいい。エロならエロのように、特別これとはっきりしていればいいのだが、ただ何か気の利いた土産はないかと訊かれる。訊かれる度に、その漠然さに困った。
土産物にはいくつかの条件がある。日本では目にすることも少なくて、海外品であることが第一条件だろう。次に値段だが、十ドル二十ドルまでが一般的としても、予算と渡す相手次第で十ドルあたりから数百ドルまでと幅がある。さらに、軽くて(少なくとも重すぎはしない)、手に余らないこと。持って帰るのに一苦労するような大きさや重さはあり得ない。その気になれば船便で別送という手もあるが、そこまでして持って帰りたいものなど、余程のことでもなければない。メキシコの博物館のショップで、四畳半の部屋には入りきれない大きな銅製の皿が五百ドルで売っていた。職人が打ち出した微細な模様がきれいな皿で、五百ドルはただみたいなものだった。欲しいが買ったところで持って帰れないし、持って帰っても置くところがない。こんなものは海外旅行の土産物にはなりようがない。
土産品には、記念品や民芸品の類と日用用品を土産品とするものに、ちょっと上質の日用雑貨の類のものの大きく三種類がある。記念品として土産物の典型が自由の女神の置物で、日用品の土産物にはヤンキースのロゴの入ったTシャツの類がある。ちょっと上質のアメリカ製の物では、パーカーの万年筆やクロスのボールペンにジッポのライターあたりがあった。
当初、応援者の話をきいて、適当なものを置いていそうな店に連れて行ってはいたのだが、困ったことに気が付いた。記念としての土産物の底をみたら、Made in Japanと書いてある。自由の女神やエンパイアステートビルの置物はいいのだが、どれもこれもが日本製だった。その程度のもの、どのみち義理としての土産物でしかないのだろうが、アメリカ土産が日本製というのも変だろう。T-シャツや帽子の類も、見れば日本製だった。気を付けないと、奥さんに土産と思って買って帰った香水が日本製だったなどという漫才のようなことも起きる。
上質のものといってもアメリカ製のものはちょっと上質というだけで、気の利いたものはほとんどヨーロッパ製だった。ダンヒルやカルチェのライターにしても香水にしても、彼女や女房へのスカーフやマフラーにしてもヨーロッパ製で、アメリカにはたいしたものがない。今でも、空港の免税店を見てみれば分かる。アメリカ製のバッグで目につくのはコーチ、化粧品ではクリニークにエスティーローダー、ないことはないが、そこでも圧倒的にヨーロッパ勢が占めている。
出張したのはアメリカだったけど、雑貨の土産は日本製、上質な物はヨーロッパ製になりかねない。アメリカ製はタバコにビーフジャーキー。それはそれでいいじゃないか。海外旅行の土産なのだからと言ってしまえればいいのだが、ちょっと気が引ける。
気が引けるのは土産を持って帰る人で、こっちにゃ関係ないと開き直れないこともないのに、変な人情なのか、こっちまで気が引ける。何かないかと思っていたときに郵便局に勤めていた大家のおばさんから、ドル銀貨と記念切手のミントセットがあることを聞いた。
当時、銀の含有量から一ドル以上の価値があるといわれていた銀貨がまだ残っていた。残っていたというのも変な話なのだが、そこまでのもの、市中に流通はしていない。日常生活では目にすることもないが、事務所の近くの銀行の支店に行って、一枚二枚ならその場で紙幣を銀貨に替えてくれた。記念切手のミントセットは、大きく二種類あった。一年間の記念切手をセットにした年ごとのミントセットにしたものと、年賀状のお年玉で当たる数枚の記念切手のようなミントセット。年ごとのミントセットは昨年、一昨年。。。のものまで、お年玉スタイルのものは数ケ月前に発行されたものまで残っていれば、どちらも額面で買えた。
どちらも軽くて小さいし、値段は一ドルから十ドルちょっと、アメリカ土産として最もお薦めできるものだった。先に着た応援者が後から来た応援者に自慢げにその土産を見せるものだから、来る人来る人、そのためだけに銀行に、郵便局に行こうと言い出す。ミントセットはいいとして、一ドル銀貨は、いつ銀行がもうダメといいだすのか心配しながらだった。夜のマンハッタンのご案内のはみ出し駐在員も、多少はまともなご案内って感じだった。
なんでもある豊かなアメリカなのだが、アメリカ産の土産にはろくなものがない。気の利いたちょっとしたものは日本から、日本で喜ばれるものはヨーロッパからだった。
逆の視点でみれば、海外からの人たちにとって、日本はなんでこんなにと思うほど気の利いた土産物がそろっている。おもてなしなんかあろうがなかろうが、気の利いた土産だけでも満足して帰る人も多いと思う。
<免税店>
日本からわざわざハワイにという気にはならないが、帰国の途中下車ならいいじゃないかと、会社に無断で降りて一週間のバケーションを楽しんだことがある。八十年代の中ごろ、ワイキキの通りは日本からの若い女性たちであふれていて、まるで日本の植民地のようだった。何があるわけでもないが、賑わっている免税店のいくつかに入って驚いた。住んでいたクリーブランドのショッピングモール辺りの価格より、消費税を勘定に入れても、はるかに高い。
免税店には騙されかねない。確かに消費税は免除されているのだろうが、値段が安いかどうかは別の話。どのみち一見の旅行者相手の客商売。何日もしないうちに客は海の向こう。文句で戻ってくることはない。免税の看板で釣って、ふっかけられるだけふっかけてのぼろい商売だったろう。
インターネットが普及して、どこの価格も比べることができるようになった。ぼろい商売も減ったと思うが、一見さん相手の客商売に変わりはなし、ふっかけが上手になっただけだろう。
Private homepage “My commonsense” (http://mycommonsense.ninja-web.net/)にアップした拙稿に加筆、編集
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://www.chikyuza.ne/
〔opinion6095:160517〕
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