自滅しつつあるスペインの二つのナショナリズム(5)
- 2017年 12月 19日
- 時代をみる
- 童子丸開
バルセロナの童子丸です。
カタルーニャ情勢について、新しい記事をまとめましたのでお知らせします。12月21日の州議会選挙まで残りわずかですが、選挙直前までの様子を中心に、この独立運動の意味についての考察を交えて書き留めました。
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http://bcndoujimaru.web.fc2.com/spain-3/Suiciding_nationalism_in_Spain-5.html
自滅しつつあるスペインの二つのナショナリズム(5)
毎日、TVや新聞を見るたびにうんざりさせられる。12月に入って、特に12月5日から本格的な選挙戦が始まって以来、カタルーニャ州議会選挙のことしか、特に独立派に対するネガキャンしか、主要なニュースにならないのだ。全国放送のすべてのTVと全国紙の全てがそれなのだから、まるでスペイン中がカタルーニャになってしまい、アンチ独立キャンペーンの嵐が吹きまくっているような気分である。いやはや、見事な情報統制ぶりだが、逆に地元のTV3では、選挙報道が多いのは当然だが、他局ほどの(他局とは逆方向の)偏りはない。21日までもう時間がないが、選挙の直前に、ここまでの経過を書き留めておきたい。
2017年12月18日 バルセロナにて 童子丸開
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●小見出し一覧
《「なぜNATOはマドリードを爆撃しないのか」?!》
《「非合法」の意味が分からない独立派》
《プッチダモンへの欧州逮捕状を取り下げたスペイン国家》
《ナショナリズムに囲い込まれるスペイン社会》
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【写真:2017年12月7日、ブリュッセルでのカタルーニャ独立要求デモ(中央やや左、「P」の字の上で黄色いマフラーを垂らしているのがカルラス・プッチダモン)(プブリコ紙)】
《「なぜNATOはマドリードを爆撃しないのか」?!》
10月1日の血に塗られたカタルーニャ独立住民投票(当サイト『血まみれのカタルーニャ住民投票(1)』、『血まみれのカタルーニャ住民投票(2)』)から少したった10月5日、元英国の外交官(Her Majesty’s Diplomatic Service所属)でイオニアン大学教授のウィリアム・マリンスン(William Mallinson)博士はロシアRTに対して次のように語った。「なぜNATOは78日間マドリードを爆撃し続けないのだろうか?」
何とも物騒な話だが、マリンスンはカタルーニャを、NATOの武力によってセルビア(旧ユーゴスラビア)からの分離独立を果たしたコソボと比較して述べているのである。この「78日間」ぶっ通しの爆撃は、NATOが1999年3月24日から6月10日まで主要にセルビアの首都ベオグラードを標的として行った極めて残虐で大規模な破壊と殺戮だった。マリンスンはそう考える理由を「状況が非常に多くの面で似ているのだから」と語る。しかし私としては今ここで「セルビア-コソボ」関係と「スペイン-カタルーニャ」関係の近似や相違について語るつもりはない。私がこの話を引用したのは、「スペインからの分離独立」とはどんなことなのかを言いたいためである。
私は当サイト記事《2014年の「住民投票」を振り返る》の中で次のように書いた。
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独立は結局は権力の問題に他ならない。ある国から分離して独立することは、どのような形であれその国の法を破ることであり、国家の機構を破壊することであり、その国を経済的に破綻させることである。その国は最大限の力を振り絞って抵抗し独立派を潰そうとするだろうし、その周辺諸国も政治的不安定が自分の国に及ばないように様々な干渉や妨害を試みるだろう。「好き嫌い」の問題でも「善い悪い」の問題でもなく、それが現実の世界なのだ。
独立運動は横車を力任せに押しまくることに他ならない。理念の問題や理想の問題ではないのだ。したがってそれを成立させるためには、その国や周辺の国々の報復と妨害を跳ね返して黙らせるだけの強大な権力(軍事力、経済力、情宣力、外交力など)が必要不可欠であろう。あるいはその権力を外部から借りる、つまり後ろ盾にする以外に、分離独立の成功を導く方法はあるまい。カタルーニャ自体にそれだけの権力はあり得ない。では、誰がカタルーニャ独立の後ろ盾になってくれるのだろうか?
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スペインは英国や旧チェコスロバキアとは根本的に異なっており、一地域の分離独立は無条件に非合法とされる。つい40年前までフランコによる強力な独裁体制がひかれ、公の場で民族言語の歌を歌うだけでも徹底的な弾圧を受けた。1975年のフランコの死、1978年の現行憲法施行を通して表面上は独裁体制が終わったとされるが、スペイン社会のベースにある構造は現在に至るまでフランコ時代のままに保たれている。当サイト《国民党は崩壊に向かう?》の中で私は次のように述べた。
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上で述べた1975年から82年までの7年間はLa Transición Española(スペインの移行期)と呼ばれている。この「移行」は「法から法へ」と呼ばれることがある。例えば、昨日までフランコ時代の法律に基づいてしょっぴいて拷問にかけて牢獄に放り込んでいた国家警察が、人間が変わることも組織が変わることもなく、新しい法律に沿って働くことで今日からは民主主義の守り手に変身する…、というわけだ。「独裁主義の法規」を「民主主義の法規」に取り替えることで、治安機構だけではなく軍から市町村役所まで、議会の中から小学校の教室の中まで、わずか7年間で「現代西欧への移行」を成し遂げたことになる。 (中略)
見逃されやすいことだが、この「78年体制」によって、独裁時代とその以前にあった利権の基本的な構造がほぼ手つかずのままで保存された。国民党およびそれとつながる産業界・財界の者たちはこれを「民主主義」と呼ぶ。その実態は「78年体制」の中で巧みに覆い隠されてきたが… (後略)
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(上の引用にある「利権の基本的な構造」は2008年に起きたバブル経済崩壊後の様子を通して具体的に知ることができるだろう。当サイトにある『《本当の意味の「政治腐敗」とは》』、『シリーズ:スペイン:崩壊する主権国家』、『「カタルーニャ」に覆い隠されるスペイン社会の真の危機』などはスペイン社会の「生体解剖図」である。)
またカタルーニャとバスク以外では多くの人々の考え方の根底に数十年前と変わらない姿でスペイン・ナショナリズムが横たわっている。引用はしないが当サイト《スペイン政府は初めから「やる気」だった!》に書いたとおりである。そしてそれが、スペイン社会の基本的なあり方と国家の統一を堅持する国民党と社会労働党を支え続け、さらに新保守政党シウダダノスの勢力を保障している。メディアと言論界が、左右のいかなる立場であれスペイン国家の統一性に対する疑問を挟まないのは、この強力に根付くナショナリズムのためである。
こんな国で、ある地域の分離独立が「非合法」であるのは必然だ。1989年にカナリア諸島で独立運動による住民投票の機運が盛り上がった際に、当時のフェリペ・ゴンサレス社会労働党政府はやはり憲法155条の適用を振りかざしてこれを叩き潰した。2008年にバスク州議会が採択した「住民投票条令」は直接に「独立」を唄わず自治体のあり方に対する住民の意識を問うという穏やかなものだったが、それですら社会中央政府(労働党政権)は受け入れようとせず憲法裁判所は違憲判決を言い渡して非合法とした。
二つの世界大戦の結果として人工的に作られた旧ユーゴスラビアを解体するのに、NATOと西側勢力の長年にわたる膨大な軍事的破壊と情報操作による攻撃が行われた。そしてコソボというその最後の一片をはぎ取るためにすら、西側メディアと言論界の総力をあげた「人権」プロパガンダと2か月以上にわたる徹底的な空爆による大規模破壊と殺戮が必要だった。それによって初めて国家の権力が破壊され、徹底抗戦の意思が恐怖を通して挫折から諦めへと向かっていったのである。
スペインのように数百年間一つの国家でありつづけ、独裁体制によって強力にそのナショナリズムが作られてきた国家からの分離を実現するというのなら、最低でもセルビアが味わったと同程度の破壊と衝撃(軍事的にとは限らないが)と徹底したプロパガンダが必要だろう。これは現実の問題であり、善悪の問題でも好悪の問題でもない。「民主主義の世の中なのだから話し合えば分かる」などというは幻覚は捨て去るべきだ。民主主義など「錦の御旗」に過ぎず、要は「勝てば民主主義、負ければファシズム」、精々が敵対する者を呪縛しようとする呪文にすぎないのである。
《「非合法」の意味が分からない独立派》
11月中のスペインでは、カタルーニャ問題よりもむしろ、『芯から腐れ落ちつつある主権国家(1)』、『芯から腐れ落ちつつある主権国家(2)』に記録される政治腐敗問題が主役だった。しかし11月下旬以降はマスメディアと政治勢力の動きは再びカタルーニャ、特に12月21日の州議会議員選挙に向けられていった。選挙に関しては最後の項目で述べるとして、まずカタルーニャとスペインにとって重要な意味を持つと思われる二つのことを中心に書き留めてみたい。
12月11日にグアルディアシビル(国家治安部隊)は一つの「日誌」の内容の一部を公開した。それはウリオル・ジュンケラス前カタルーニャ州政府副知事の腹心の部下ジュゼップ・マリア・ジュベーが、2016年1月にプッチダモン州政府ができて以来の重要な出来事を記録したもので、今年9月20日のグアルディアシビルによる州政府事務所への強制捜査の際に経済局から押収されたものである(《「パンドラの箱」を開けてしまった愚かな中央政府》参照)。グアルディアシビルはこのジュベーが独立運動の実質的な作戦のカギを握る人物として以前から目を付けていたようだ。この「日誌」は、いつ、どこで、誰が、何を、どのようにしたのかを丹念に書き留めており、独立派の具体的な活動内容を明らかにする重要な鍵のようである。今後、グアルディアシビルは内容の公表を小出しにしながら独立派を社会的・政治的に追い詰めていくだろう。
その中には、憲法155条適用によって解散させられた州政府の与党だったJxSi(ジュンツ・パル・シ)の主要人物だけではなく、独立に関して協力してきたCUPや民族主義団体の主要人物の関わり方までが詳しく記録されており、そのほとんどが12月21日の選挙の候補者名簿の上位に書かれている。これを元に個人を逮捕するだけでなく党組織自体を非合法化することも可能になるかもしれない。さらにそこには、主要人物による話し合いの内容も描かれており、2016年の段階で、RUI(一方的住民投票:中央政府との合意の下で行われない住民投票)には意味がないことを州政府幹部が認識していたことが明らかになった。しかし実際にはそのRUIを今年10月1日に強行したのである。さらに、長年独立運動をけん引してきたアルトゥール・マス元州知事自身、カタルーニャの主要企業が州から逃げ出すことを恐れていた(現実のものとなったが)ことも明らかにされている。
しかしそれにしても、あきれ果てた話だ。そんな重要資料を残したうえで簡単に押収されるとは! 独立派幹部は、自分たちが基本的に「非合法活動」をやっているという自覚を全く持っていなかった、と思うほかは無い。《2014年の「住民投票」を振り返る》で書いたことだが、あの人たちは『現実政治の激動を小学校の学芸会のレベルで考えている』としか言いようがない。国家の捜査当局による手入れは必至なのだから、肝心な部分は完全な「地下活動」にしておくのが当たり前だと思うのだが、フランコ独裁体制が一応終わってから40年もたつと、もう完全に「民主ボケ」してしまうのだろうか。独裁政治の基本部分はずっとそのまま残っているのだが、それも分かっていないようだ。
大衆運動の部分ではあくまでも「合法の仮面」を付けて行う必要があるだろうが、本質的な所では、自分たちは中央政府にとって敵であり非合法化を避けることは不可能であることを覚悟しなければならない。その攻撃をかわす、あるいは抑えつけるためには、先にも述べたような有無を言わさぬ権力が必要だ。自分で権力を持てないのなら外から借りてくるしかない。それができないのなら無茶な目標は立てないに限る。そんなことも分からずに無茶苦茶に突っ走るのは、他の目的を持つ者に操られているか、それとも単なる政治詐欺なのか、と疑ってみたくもなる。
《プッチダモンへの欧州逮捕状を取り下げたスペイン国家》
ところがスペイン国家の動きもやはり奇妙だ。プッチダモンがブリュッセルに居ることもあって、少なくとも今月21日の選挙までは国際的非難を浴びる過激な弾圧ができない事情は分かる。特にTV3やカタルーニャ・ラジオといった公営メディアには手を出しにくいはずだ。またカタルーニャ独自の教育システムに手を付けることも今のところは避けている。しかし《バルセロナの55日》で述べたように、その12月21日の選挙自体が意味不明である。この選挙については後の項目で述べたい。
その選挙で投獄中のまま候補者名簿の上位に載せられた8人の前州議会議員は、取り調べを全国管区裁判所から最高裁に移されていたのだが、そのうち6人が12月4日に保釈金を積んで仮釈放の身となった。しかし前内務委員長のジュアキム・フォルンと前副知事のウリオル・ジュンケラスの2人は釈放を拒否された。加えて、10月16日に逮捕されたANC(カタルーニャ民族会議)代表のジョルディ・サンチェス、そしてオムニウム・クルチュラル代表のジョルディ・クシャールの合計4人は、未だに獄中である。
そのプッチダモン前カタルーニャ州知事は、12月2日に「民主主義には真面目な意味でのシンボリックな行動がありうる」と述べて、10月27日の独立宣言をシンボリックなものであって実効力を持つものではなかったと語った。これはスペイン当局から出されている欧州逮捕状に対するベルギーの裁判所の判断を意識したものだろう。そのベルギーの裁判所は12月4日に、プッチダモンと前州議会議員4人に対する欧州逮捕状への態度を同月14日に決定すると発表した。ところがその翌日12月5日に、スペイン最高裁はプッチダモンら5人への欧州逮捕状の取り下げを決定したのである。
逮捕状取り下げの理由として最高裁は、スペインが主張する罪状の中心である「国家反逆罪」に対するスペインとベルギーの解釈の違いをあげた。ベルギーの法律によればあくまで暴力や破壊活動を伴うものでなければ「反逆」とは解釈されず、この罪状で強制送還に応じる可能性は小さいだろう。また付随する職権乱用や公金不正使用などの罪状でベルギー側が強制送還に応じたとしても、スペインでの裁判で「反逆罪」を問うことが困難となるだろう。スペイン最高裁によればこれらの罪状が全てそろった形で送還される必要がある…、ということだ。しかしそれはどうも言い訳臭い。ベルギーの裁判所が「検察とプッチダモン達の話は聞いた。いまから10日間、じっくり検討することにしよう」と言った瞬間に、大急ぎで「逮捕要求を取り下げる」と言い出したわけだ。
「国家反逆罪」に対する見解の相違は重大だろう。スペインの政府と法務官としては、むしろ、この国家に対する最も重大な犯罪とされるものがEU内の他国の裁判所によって事細かに検証されることを恐れたのではないかと思われる。暴力行為も破壊活動も伴わない活動やその計画を重大犯罪として裁くというのでは、ファシズム国家による思想犯罪と同じではないかと言われても返せまい。ああ、やっぱりスペインは相変わらずフランコ主義の国だったのか…、ということにすらなりかねない。エライコッチャ!
プッチダモンは6日に「スペイン国家は世界の目を恐れているのだ」と語った。そしてその翌日の7日には、カタルーニャの独立主義者たちが大挙してブリュッセルに集まり、4万5千人(警察発表)のデモ・集会を行った。「欧州よ!目を覚ませ!」と書かれた横断幕を先頭にしてブリュッセルの旧市街地を埋め尽くしたデモ隊は、獄中の独立主義者たちを「スペイン国家による思想犯」としてその釈放を要求し、基本的人権を抑圧するスペイン政府を糾弾した。演壇に立ったプッチダモンは「人権を尊ばない国をメンバーだと呼ぶことに恐れを感じないようなEUなら、そんなものは駄目だ!」と、いまのEUの在り方に警鐘を鳴らし、そのうえで「欧州は、国家の言うことだけではなく、その国民の言葉を聞かなければならない」と訴えた。
そして12月14日にベルギーの裁判所は正式にプッチダモンら5人に対する法的な対処を終了した。これでこの前州政府幹部5人は、少なくともスペインの外にいる限り自由の身である。ただ、全員が21日の選挙の候補者名簿に載せられており、特にプッチダモンは新たな議会で州知事に指名される可能性もある。しかし5人とも新しく議員に選ばれた場合には、逮捕覚悟でスペインに戻らなければならなければ議員としての活動が不可能になるからだ。その意味で面倒な立場に立たされている。16日にプッチダモンは「私の帰還が解決に直結するものとなるはずだ」と語った。さて20日までに、彼が突然カタルーニャに現れる、などということが起こるだろうか?
《ナショナリズムに囲い込まれるスペイン社会》
最初の方でも述べたが、いまスペイン全土で「カタルーニャ選挙キャンペーン」がこれ以上にないほど盛大に、しかも独立派への攻撃をヒステリックに復唱しながら、あらゆる全国版メディアを駆使して繰り広げられている。ここまで馬鹿げた選挙戦を見たのは初めてだ。カタルーニャ以外の場所にいる人にとっては迷惑としか言いようがないだろうが、まるでスペイン国民全員を反独立軍の隊列に整列させようとしているように見える。いまスペインという国家は、カタルーニャ問題を利用しながらナショナリズムを高揚させ、芯から腐れ落ちようとしている自らの体形を維持しようとしているのである。かつてプリモ・デ・リベラもフランシスコ・フランコもスペイン・ナショナリズムの高揚と美化という道を進んだ。しかしこの21世紀でそのゴールは破滅以外にはありえないだろう。
破滅的なナショナリズムの特徴は「単一イデオロギーによる内部の囲い込み」と同時に「外部の敵」を作り出すことだ。11月以来、エル・パイス紙が最先頭を切って「カタルーニャ独立を支援するロシアの陰謀」キャンペーンを打ち出している。マドリードのロシア大使館はこの「フェイクニュース」に抗議したが、「ロシア陰謀論」は「ベネズエラ陰謀論」を伴って、国民党政府、社会労働党、そして他のマスコミをたちまちのうちに包みこんでいった。陰謀論はさらに、ロンドンで軟禁されているウィキリークスのジュリアン・アサンジ氏をも攻撃の標的にし、ブリュッセルだけではなく英国もその陰謀キャンペーンに悪乗りしていることがはっきりした。11月15日にはクレムリンが直接にこの何の根拠もない難癖付けを否定し、根拠を明らかにせよとスペイン政府に対して要求した。
もちろんモスクワに対して明確な根拠を示すことなど、米国のクリントン支持者と同様に、最初からできない相談だ。その米国にしても、エル・パイス紙によればだが、「国務省のある報道官」がロシアのカタルーニャ問題への干渉を憂慮していると発言したそうである。続いてエル・パイスは、NATOがロシアによる重大なサイバー攻撃を警告している、さらには、ポデモスはロシアの“トロイの木馬”であるといったキャンペーンを張り続けた。ここまで来たらもうお笑いの領域だが、哀れなことにポデモスは今までにも事あるごとにベネズエラやイランの“回し者”として散々に叩かれてきたのである。またシウダダノスも便乗して政府にカタルーニャに対する「ロシアの陰謀」を調査するように要求した。そして結局、12月5日にCNI(スペイン中央情報局)が、カタルーニャ危機の間にロシア政府が関与したサイバー攻撃は全く無かったことを明らかにして、それ以来、「ロシアの陰謀」はほとんど聞かれなくなった。
この陰謀論の最先頭を切ったエル・パイス紙は普通「中道左翼紙」と目されているのだが、それは単なる仮面にすぎない。この新聞を所有する巨大メディア複合体グルポ・プリサの会長フアン・ルイス・セブリアンはスペインの言論支配者の一人であり、フェリペ・ゴンサレスの社会労働党(《スペイン社会労働党とフェリペ・ゴンサレス:“裏切りの歴史”》を参照)の背後でスペイン国家維持のためのプロパガンダを作り続けてきた人物だ。そしてこのカタルーニャ独立騒動の過程で、この新聞のスペイン・ナショナリズム・プロパガンディストとしての正体が見事に現れてきたと言えるだろう。この点は、ニューズ・ウィーク紙(日本語版)のコラムニスト森本徹氏(バルセロナ在住と思われる)のお書かきになった「スペインメディアが中立を捨て、自己検閲を行い始めた」をぜひ参照のこと。
さて12月21日の選挙だが、ブリュッセルにいるプッチダモンは選挙管理委員会への名簿提出締め切りギリギリまで統一名簿作りを主張していた。しかし独立3派の統一会派づくりは失敗し、ERC(カタルーニャ左翼共和党)、JxCat(ジュンツ・パル・カタルーニャ:カタルーニャ欧州民主党を中心にした連合党派)、CUP(人民連合党)がそれぞれの候補者名簿を作って臨むこととなった。いままでの世論調査による予想ではERCがJxCatよりも多数を獲得しそうだが、もしこれで独立3派の議員数合計が過半数を制した場合には話が面倒になる。JxCatとしてはあくまで「プッチダモン知事」を主張しているが、ERCとしては第1候補のジュンケラスを知事として推す予定だ。
ただ同様の事情は反独立派の方にもある。カタルーニャではPPC(カタルーニャ国民党)はすでに泡沫政党に落ちぶれているので論外として、現在の状態ではC’s(シウダダノス)が大躍進しERCと並ぶか追い抜く可能性すらある。PSC(カタルーニャ社会党)も議員数を増やしそうだがC’sを抜くことは無理だろう。選挙選前のこの反独立(憲法155条賛成)3派の話し合いでは、もしこの3派で過半数を制したならばPSCの第1候補ミケル・イセタを知事候補に推す方向に進んでいた。しかしC’sはその第1候補イネス・アリマダスを知事にする構えであり、相当に話がこじれるだろう。
もうひとつ、重要な政党として親ポデモスのCatCP(カタルーニャ・クムー・プデム)があり、一方的独立には反対だが憲法155条適用にも反対、中央政府との合意による住民投票実現を唱えている。ここはERC、PSCとの「左派連合」を主張しており、独立問題よりも階級的な社会問題の方を重視している。選挙戦途中の詳しい話をすれば限りが無くなるが、とりあえず代表的なメディアが採用する世論調査による議席予想を紹介しよう。公職選挙法の規定で世論調査結果の発表は12月16日以降に行ってはならないため、15日以前の調査結果による。なおカタルーニャ州議会の議員定数は135、過半数は68である。
エル・ムンド紙の予想の議席数は、独立3派(ERC34, JxCat23-26, CUP7-9)合計で65前後、反独立3派(C’s31-33, PSC19-20, PP7-8)合計は61前後で、CatCPが8‐9議席である。エル・パイス紙の議席予想数は独立3派(ERC33, JxCat22, CUP8)合計で63前後、反独立3派(C’s35-36, PSC20, PPC5-6)合計で61前後、CatCPが11議席ほどとなっている。またエル・ペリオディコ・デ・カタルーニャ紙では独立3派(ERC34-35, JxCat26-27, CUP6-7)合計で68前後、反独立3派(C’s27-28, PSC23-24, PP6-7)合計は58前後で、CatCPが10‐11議席となっており独立派過半数の可能性を告げている。最後にラ・バングァルディア紙の数字では独立3派(ERC31-32, JxCat30, CUP5)合計で66ほど、反独立3派(C’s30-31, PSC22, PPC8)合計で60ほど、CatCPが8議席ほどである。その他の調査機関による数字でも、独立派、反独立派ともに過半数に届かないという予想が多い。
しかしそれではいずれにしても新しい州政府の作りようがなく、憲法155条の適用が延々と続くことになるだろう。また12月17日にカタルーニャ国民党への応援演説の席で首相のマリアノ・ラホイは、必要とあらば再び憲法155条を適用するという警告を発した。つまり、州議会で独立派が過半数を占めるかぎり、何度でも自治権の取り上げを繰り返すだろうという強迫である。さらに副首相のソラヤ・サエンス・デ・サンタマリアは、独立党派が「首無し」状態になったのはラホイと国民党のおかげだという内容の発言した。「首無し」とは指導者が国外逃亡と獄中で不在という意味である。しかし、その下劣な表現はともかく、直接に「首無し」にしたのは検察と裁判所の司法権だ。この副首相の発言は、立法と行政を握る者が司法をも操っていること、つまり三権分立の不在を政府自ら明らかにしたものである。これはもう完璧な独裁主義的・強権的政治であり、それでも欧州がスペイン中央政府を認めると言うのなら、逆に欧州全体が恐怖政治の場と化すことだろう。
21日まであともうわずかだが、結局はカタルーニャではさらなる混乱と分裂、それ以外のスペインでは強権的なナショナリズムの囲い込みが進む可能性が高いと思われる。しかしそんな状況をEUがそのまま見過ごし続けるのだろうか。世界は米国一国による覇権の構造が崩れ他極覇権構造に向かって進み始めているように見える。EUがその一極になるのなら、スペインとカタルーニャのそんな状態が受け入れられるはずはないと思うのだが…。10月1日の血塗られた住民投票以来カタルーニャとスペインで起こってきたことのまとめは選挙結果が出た後で行いたいが、どうにも、あまり心地よい予想ができそうにもないのだ。
【『自滅しつつあるスペインの二つのナショナリズム(5)』 ここまで】
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〔eye4264:171219〕
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