子どもに過酷を強いる汚染地域の家族同居 =政府・自治体は避難家族の帰還を強制するな=
- 2019年 1月 26日
- 評論・紹介・意見
- 藏田計成
1. 究極のしきい値論
福島原発事故から8年か経過しようとしている。この期に及んで「100ミリ㏜以下影響なし説」が公然と垂れ流されている。真っ赤なウソをちりばめた復興庁冊子『放射線のホント』、文科省副読本(改訂版)に対して、いま廃刊署名運動が起きている。そのウソは世界の常識もあきれ顔だろう。それは完全な臆説に過ぎない。別稿で全面的に論証することになるが、そのことを裏付ける論文をひとつだけあげておくことにしよう。その論文は日米共同研究機関・放影研(放射線影響研究所)「第14報」(2012年)である。広島・長崎の原爆資料を58年間(統計、1950~2003年)にわたる検証結果に基づいたものである。
その論文は「100ミリ㏜影響なし説」を全否定している。つまり、被曝影響の有無を表す境目となる「しきい値」に関しては、ひとつの結論に到達した。それは「ゼロ線量が最良のしきい値である」(1)という論理である。
これまでの世界の被曝防護機関の定説は「どんなに少ない線量でもリスクはゼロでない」(しきい値なし直線モデル)という考え方である。ところが、放影研第14報は「少ない線量」という表現を「ゼロ線量」におき代えた。被曝がもたらす危険性の出発点をゼロ線量としたのである。これは《究極のしきい値論》ともいえる。ただし、放影研第14報はその3ヶ月後に改訂され、日本語「要約」版だけが加筆された。しかし、正文の英文は改訂されていない。この事実が示しているように、意味内容はかわらない。(2)
放射性セシウムの減衰率は8年後には70%を超える。だが、放射性セシウム線量の半分を占めていたセシウム137の半減期は30年であり、その危険が去ったわけではない。福島県の山林は70%である。避難解除地域といえども、いまも放射線管理区域(年間5.2ミリ㏜)を超える被曝線量にさらされている居住区域は少なくない。空間線量による日常的な累積被曝を考えない被曝リスク論は、余りにも無謀というべきである。安全値「100ミリ㏜」という線量は仮説ともいえない。放射線審議会は100ミリ㏜に関して「(飲酒、喫煙、野菜不足などの)生活習慣等の放射線以外の要因によるがんの変動に紛れてしまう」(2018年1月)と言い切っている。果たしてそうか。安全値100ミリ㏜という線量は、事故前の自然空間線量率(単位時間当たりの線量だから「率」がつく)の、実に333倍である(100÷0.30、新宿百人町地上20m、事故前11日間、平均毎時0.034マイクロシーベルト、年間0.297ミリ㏜)。
これまで長い間、福島事故前の世界の被曝リスク論は「1ミリ㏜単位」をめぐる攻防の歴史であった。その結果、最小線量率「年間0.1ミリ㏜説」(欧州リスク委員会、2010年)にまでたどり着いた。ICRPも平常時線量率年間1ミリ㏜としている。この事実を葬り去ることはできない。人類がこれまで積み上げてきた被曝線量限度の低減結果を、事故を理由にして清算することはあり得ないからである。
2. 無視できない子供と大人の被曝感受性の違い
リスクは被曝線量に比例して直線的に高くなる。しかも、汚染地域における被曝線量は累積する。問題はそれだけではない。汚染地域における家族同居は、家族全員が生活空間を共有しており、同じ線量を浴びることを意味する。そのために若い世代に対して深刻な被曝リスクを強いることになる。とくに、子どもの被曝感受性は高く、リスクは年齢に強く依存している。子どもは成長期の細胞分裂や生体の代謝が盛んであり、放射線による被曝影響は桁違いに高い。このように、子どもは大人や老人に比べて高い被曝リスクにさらされている。だから、汚染地域での家族同居に際しては、年齢別リスク(とくに子供の被曝感受性)を考慮しなければいけない。
では、年齢間のリスク倍率はどの位い違うか。まず、ICRP2007年勧告からみてみよう。勧告は「被ばく時年齢に関して、リスクに相当の差異が存在することを十分に認識している。付属書Aに、これらの差異に関するデータと計算を提示する」という(3)。その付属書Aでは、臓器別線量(等価線量)をもとにして、加重係数を用いた全身の実効線量評価方式によってリスクを推計している。さらに、子どものリスクについて次のようにいう。「防護を考えるうえで、複雑になりすぎるので、ルールを単純化する際、子どもは大人の2~3倍と考えるのが妥当だろうというのが、ICRPの見解です」(放医研広報からの本稿筆者への回答)という。ICRP2007年勧告も「子どもの被曝リスクは大人(集団全体)の2~3倍とした(4)。だが、これは著しい過小評価である。
これに対して、放影研・原爆生存者寿命調査第14報(2012年)は異なった見解を示している。「被爆時年齢が10歳若くなると、リスクは29%増加する」としている(5)。この増加率はゴフマンモデルでも同じである。0 歳の男女平均リスク係数は10歳の平均リスク係数の30.5%増(15.15対10.52、年齢が高くなるとその幅は縮小)である。このゴフマンモデルのリスク係数は同じ年齢集団1万人が平均1ミリ㏜被曝したときのリスク(固形ガン・白血病の生涯死亡率)である。
ジョン・W・ゴフマンは、アメリカの放射線医学研究者であり、被曝リスクの病理学的解明の責任者として国立研究所副所長に就任した。そのためにゴフマンは被曝リスクに関するあらゆる資料を利用しうる立場にいた。医療被曝、原爆実験・投下、ウラン採掘過程の災害、動物実験、アメリカ連邦政府資金による人体実験(30年間、年平均130件)の知見に至るまで、その資料は膨大であった。それを駆使して0~55歳までの年齢別・性別被曝リスク係数を世界で唯一算定した(6)。その内容に関しては別稿で詳述する。ここでは別な視点から論じておきたい。
3. 家族同居のリスク倍率
次の表Ⅰは、家族が同居することの年齢別危険度係数の比較倍率一覧である。ゴフマンモデルのリスク係数をもとに、0歳~20歳までの5歳階級別リスク倍率を示した。対する比較基準は30歳、40歳、50歳のリスク係数である。
表Ⅰの数字は深刻な意味をもっている。成人に比べて子どもの被曝危険度(死亡率)は予想をはるかに超えている。とくに、汚染地域においては年齢差の大きい家族が同居することは重大な脅威である。3世代同居に至ってはありえない。また、この表Ⅰは汚染地域からの避難、移住、保養の必要性、国外移住を決意・実行した決断の妥当性について、貴重な判断基準になる。
0歳 | 5歳 | 10歳 | 15歳 | 20歳 | |
30歳基準 | 3.9倍 | 3.5倍 | 2.7倍 | 1.3倍 | 1.1倍 |
40歳基準 | 8.8倍 | 7.8倍 | 6.1倍 | 3.0倍 | 2.6倍 |
50歳基準 | 215倍 | 190倍 | 150倍 | 73倍 | 64倍 |
表Ⅰ 幼少世代(横列)の被曝リスク係数の倍率一覧。基準は成人世代(縦列)の被曝リスク係数と比較した。ゴフマンが算定した年齢別(男女平均)のリスク係数を用いた。1万人が平均1ミリ㏜被曝したとして、その集団の生涯リスク係数(死亡者数)である。そのリスク係数をもとに作成(7) 。
◇ 表1の見方: 1例をあげよう。横列A群の0歳集団のリスク係数は、縦列B群の30歳集団のリスク係数の3.9倍、 40歳の8.8倍、50歳の215倍になる。
このゴフマンモデルが発表されたのは1981年である。その論理体系は時代的な制約を受けているとはいえ、精密・膨大な資料をもとに作成された。これに関して、原発推進派は当初から黙殺で応えるほかなかった。その理由については別稿で詳述する。また、別な研究者たちは、ゴフマンモデルの妥当性を論証した。とくに、チェルノブイリ事故に関するゴフマンの推計リスクは、年を追って明らかになる疫学的、人口統計学的実数に近似している。さらに、事故災害の現場検証にたずさわった研究者は高く評価している。このような明白な事実がゴフマンモデルに対する現代的評価にもつながっている。
参考文献
1 寿命調査(LSS)報告書シリーズ。LSS第14報(2012年)、「要約」、ファイルを開く。小笹晃太郎他8名「原爆被爆者の死亡率に関する研究」、要約、RR 4-11。
https://www.rerf.or.jp/library/list/scientific_pub/lss/
2 正文 http://www.rerf.or.jp/library/rr_e/rr1104.pdf
3 『ICRP2007年勧告』p.20、3.2.3 (81)「 がんと遺伝性影響に関する損害で調整された名目リスク係数」 www.icrp.org/docs/P103_Japanese.pdf
4 同『ICRP2007年勧告』p.152、A171、付属書A
5 放影研寿命調査報告書シリーズ、原爆寿命調査(LSS)第14報(2012年刊)、小笹晃太郎他8名「原爆被爆者の死亡率に関する研究」、要約、RR 4-11、12行目。
https://www.rerf.or.jp/library/list/scientific_pub/lss/
6 アメリカ放射線医学研究者ジョン・ゴフマンは、生体への被曝影響を調査・研究る責任者として、ローレンス・リバモア原子力研究所副所長に任命された。報告書は「リスク評価を20倍に高める必要性がある」との検証結果であった。アメリカ原子力委員会は撤回を求めたが拒否した。職を辞任して、大著『人間と放射線』を著した。『新装版 人間と放射線』訳者伊藤昭好、小林佳二、小出裕章、小出三千恵、今中哲二、海老沢徹、川野真治、瀬尾健、佐伯和則、他、2011年。
7 表Ⅰ作成の参考資料(リスク係数):ゴフマン著『人間と放射線』(p.250~253)「年齢別.性別ガン線量」を用いて算定したリスク係数。
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座http://www.chikyuza.net/
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