2019.ドイツ便り(6)<エアフルト、ゴータ、イエナを訪ねる>
- 2019年 7月 18日
- カルチャー
- 合澤 清
今回の旅行はここ数年間、毎年のお決まりのコースなので、今更報告するのもはばかられる。小林さんと別れた後、ライプチッヒ駅からICEに乗り、ゴータに向かった。
ICEが次に停まる駅がエアフルト(ここはテューリンゲン州の州都)だったことと、このゆったりした街を散歩するのが割に好きであるので、一端ここで下車した。
もう何度も来ているため、リュックを担いで電車道沿いを歩き途中で左折、左手ビルの上方に据えられているビスマルクの像を横目に眺め、やがて二股に分かれる電車道の角にある、ポセイドンとアフロディテの大きな像が並ぶ噴水のところを右手に進む。
毎年行きつけの喫茶店は、残念ながら日、月は休みのため諦めざるを得ず、そのままエアフルトの大聖堂(ドーム)まで行く。この巨大なドームの創建は742年で、その後何度かの追加改造工事が行われて、今日見る偉容を誇るものになったたようである。
エアフルトの大聖堂(ドーム)
ドーム前のこの広い広場は、毎年クリスマスの時期には大勢の人で埋まるそうだ。残念ながら私は冬場には一度も来たことがない。
この巨大な造営物を眺めながらしばし広場の隅のベンチで一休み。恐らく、ヨーロッパのドイツ以外の国から来ただろうと思える観光客が専用バスから降りて来ては写真をとっていたが、カメラではなく、スマホを使う人がほとんどだった。
エアフルトの市庁舎前広場 イエナのヘーゲルハウス(赤い色の建物は、旧町壁の跡)
<ゴータとイエナへ>
エアフルトからゴータへは各駅停車の旅。東京の様に、次々に電車が来るなんてことはないので、ドイツでの旅行の際には時刻表をチェックすることが大切である。
ICEは混んでいるが、各駅停車では大抵は座って行ける。ゆっくり外の景色(見事な森や田園風景が楽しめる)を眺めながら、せかせかと気ぜわしい東京での生活を忘れ、ひと時ゆっくりとくつろぐことができる。
随分昔の話だが、九州から上京するための普通急行(当時はまだ九州から東京行きの普通急行が走っていた)から見る外の景色は、田んぼや畑などの田園風景が多かったように思う。その頃はこういう景色は毎日見あきるほどだったためか、単調な光景としか目に映らなかったのだが…。
その後の日本経済の高度成長につれて、こういう長閑な風物は消滅し、代わって人工的で無機質な工場風景が日本中を覆うことになった。人間という生き物は勝手なもので、そうなると急に自然(森や田や畑)が恋しくなる。しかしこれは単なる「揺り戻し」ではない。
産業化が進むにつれて、人々は生活のゆとりを失い、自ら産業機械の一部分になり下がる。経済成長とは、そんな人間の「産業奴隷化」「人間性の喪失」という犠牲の上に作りあげられてきた。それ故、このような心を蝕まれ、「人間性を喪失」した現代人の生み出した文化世界とは、まさに、「精神的動物の国das geistige Tierreich」(ヘーゲル)に他ならないのである。弱肉強食。利益第一主義、知性や教養ではなくカネが支配する社会。
≫さあ、知性と学問、人間のこの至高の賜物を軽蔑してみろよ
そうすれば悪魔に身をゆだねたので、破滅するに違いない≪
このメフィストフェレスの箴言(ゲーテ『ファウスト』)が的中する世界の到来である。
理性的動物である人間が、理性的であるが故に動物以上に残忍に野獣化している。親が子を、子が親を殺しながら平然としている。企業の発展のためになるなら何をしても良い。権力維持のためならどんなことでも許される。たとえ、何万人死のうと自分には関わりないことだと、平然としている。
今、自然への憧れとは、ただ単に「自然に帰れ」ということではない。理性的な豊かな社会を再構築することに他ならないのではないだろうか。
ドイツの若者たちが「自分たちの未来を壊させない」ための活動を開始したということ、この事を積極的に評価したい。ドイツでも、一方では折角再建された(というのは、かつての戦争などで、かなり広範に破壊されていたからだが)美しい自然環境を、産業が再び破壊しようとしている。そしてそれに対抗する若者たちを中心にした「環境保護」の抵抗運動がある。グリューン(緑の党)の躍進は、この運動の一定の成果を物語っている。
さて、ゴータについても何か報告するつもりでいたが、実は近々ここを再訪しようと思っているので、この町についてはその時改めて書きたいと思う。
ゴータでは街をぶらついた後、喫茶店で一休みし、シュロス(お城)とその付属公園を散歩して、イエナに向かった。
イエナでの宿泊先は全く用意していなかった。行き当たりばったりの無責任旅である。実は、ここには何度も来ているので、確実に空いているだろうと予測していたホテルがある。先ず、そこに行ってみた。この日は日曜日だ。普段は7時頃まで開いているはずのレセプションが何と2時で閉めたと表示されている。呼び鈴を押しても、どうしようもない。
次に当たったのは、去年受付で大変難儀をした駅の近くのペンションである。ここは管理人相手との電話での交渉である。去年はこれで悪戦苦闘、かなり苦労した。しかし、背に腹は代えられぬ。
電話で一方的に、「日本人です。まだ予約はしていませんが、今晩一晩二人部屋をお借りできますか」と頼んでみた。答えは無残にも「ナイン。空き部屋はないのよ」と若い女性の声。
これで諦めたら、ドイツの街頭で夏とはいえ、寒い一夜を明かさねばならなくなる。こうなれば、イエナのホテルを全部当たってみて、それでもだめなら別の町に行けばいいだろう、と決心した。そしてイエナの中央部、「アイヒャー・プラッツ(樫の木広場)」近くまで歩き、近くのHotel ibisのレセプションで交渉。何と今度はすっきりとO.K.が出た。ラッキーだ!
このホテルから徒歩10分ぐらいのところに上の写真の「ヘーゲルハウス」があり、今夜のお目当ての郷土料理店「Roter Hirsch(赤鹿亭)」はすぐ隣である。
これで落ち着いて飲める。前払いで宿料を払う。受付嬢曰く。「あんたドイツ語が上手だね」「ナイン、ナイン(とんでもない)」「ドッホ、ドッホ(ほんと、ほんと)」の掛け合い漫才調子に笑ってしまった。実際に上手いわけはないのだから。
そしてもちろん、心置きなく美味しい料理とチューリンゲンビールを堪能した。
<カッセルでT・K生さんと会い、フルダで遊び、ゲッティンゲンへ>
長いこと私が不義理をしていたせいで、T・K生さんと会うのは本当に久しぶりだ。
彼はドイツ人女性と所帯をもってカッセルに住んでいる。カッセルは私たちが住むゲッティンゲンからICEで約20分、各駅停車でも約1時間の近距離である。しかし、ドイツの電車賃は高い。その上、ここ数年は、バス代も加算される。しかも田舎のバスは、終バスの時間が午後8:10ごろ(土、日はもっと早い)と早すぎる。また、カッセルまで出て来る特別な用事もなかった等々、が不義理の理由である。
そんなわけで、結局ずるずると一回延ばし、二回延ばしして今日に至った。
昨年報告したように、われわれの友人のドイツ人女性が、たまたまカッセルを車で案内してくれるということになり、彼女の車で市内を走り回った後、市民公園(Bürger Park)に行き、Museum(美術館など)を見物していた折に、彼に電話をしてみようと思い立って電話をしたことがこの日の再会のきっかけになった。
久しぶりに会った彼は元気そうだった。しぐさがなんとなくドイツ人らしくなった(実際にドイツ国籍を取得した立派なドイツ人なのだ)ように感じたが、話しぶりなどは以前よりも活気がある。生活が充実している証拠だ。
現在はVHS(フォルクス・ホーホ・シューレ市民大学)で日本語を教えている。それ以外にも日本企業などで手伝い(海外派遣社員の教育など)をやっているとのこと。
この日は彼の方に2時間ぐらいしか時間が取れなかったため、本当の顔合わせ程度で終わってしまった。
私の方からの質問は、彼がちきゅう座に投稿してくれた「ドイツ通信第141号 ブレーメン議会選挙―SPDの衰退と社会運動―労働と社会の辺境化―」http://chikyuza.net/archives/94805 に関して、われわれの仲間の一人から寄せられた質問として、なぜこの中でかつてのシュレーダー政権時代の政策(民営化政策)が触れられていなかったのか、というものだった。
彼の話ではそれも十分考えているが、恐らく近いうちに政党再編に近い動きが出てくる可能性があり、その時にその問題を取り上げたいと思っている、とのことだった。ここにも「緑の党」躍進の影響が強力に働いているように思えた。
彼の今の研究テーマは、ワイマール共和国と現在との関連などにあるようで、政党再編まで行くかどうかはともかくも、政治的な大きなうねりがドイツでも起こるのではないか、特に対米関係とEU問題においてこの点に注目したいとのことだった。
今年はワイマール共和国成立から100年という節目であり、ワイマール市は勿論のこと、各地で関連資料の展示などが行われているという。また、キールではかの「兵士評議会」(海軍のストライキを指導)関連の展示もされているとのこと。彼は両方とも行って見て来るつもりだそうだから、いずれ興味深いレポートが読めることと思う。
ただ、この二点(ドイツ革命史上の位置付け)に関しては私と少々意見が異なっているかなとも思える。この点は改めて書きたいと思う。
彼とは8月に改めてゲッティンゲンで会おうということになった。
彼と別れた後、時間つぶしにフルダに行き、街中を散歩してからゲッティンゲンに戻った。
2019.7.17 記
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://chikyuza.net/
〔culture0830:190718〕
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