12月27日韓国憲法裁判所・慰安婦合意案件却下決定は、『最終的かつ不可逆的解決』の法的効果を否定したものと読むべきである。
- 2019年 12月 29日
- 評論・紹介・意見
- 歴史認識澤藤統一郎韓国
私は、2012年4月に韓国憲法裁判所を見学し,判事補の一人の見事な日本語通訳を介して懇篤な説明を受けた。その際の、「人権擁護のための真摯な姿勢」に深い感銘を受けた。そして、「世論調査によれば、韓国内で最も信頼に足りる団体が憲法裁判所とされている」と誇りをもって述べられたことが印象的だった。
その韓国憲法裁判所が、昨日(12月27日)、日韓慰安婦合意に関する案件で却下の決定を言い渡した。憲法裁判所という存在が、われわれにはなじみが薄い。却下決定が意味するものはやや複雑である。
ソウル発の聯合ニュース(日本語版)から引用する。
まずは、判決の内容について。
韓国憲法裁判所は27日、慰安婦被害者らが旧日本軍の慰安婦問題を巡る2015年末の韓日政府間合意の違憲性判断を求めた訴えに対し、「違憲性判断の対象ではない」とし、却下した。
却下は違憲かどうかの判断を求めた訴えが憲法裁判所の判断対象ではないとみた際に審理をせずに下す処分。つまり、裁判所は慰安婦問題を巡る韓日政府間合意が慰安婦被害者の基本権を侵害したかどうかについて、判断しないということだ。
憲法裁判所は「同合意は政治的合意であり、これに対するさまざまな評価は政治の領域に含まれる。違憲性判断は認められない」とした。
審理の対象となった慰安婦合意については、次のように解説している。
同合意は15年12月に当時の朴槿恵(パク・クネ)政権と日本政府が「最終的かつ不可逆的」に解決すると約束したもの。慰安婦問題に関する日本政府の責任を認め、韓国政府が合意に基づき、被害者を支援する「和解・癒やし財団」を設立。日本政府が財団に10億円を拠出することを骨子とする。
ただ、合意過程で慰安婦被害者らの意見が排除された上、合意の条件として韓国政府が二度と慰安婦問題を提起しないとの内容が含まれたことが明らかになり、韓国では不公正な合意との指摘が上がった。
提訴と審理の経過については、次のように述べている。
16年3月、姜日出(カン・イルチュル)さんら慰安婦被害者29人と遺族12人は憲法裁判所に、合意を違憲とするよう求める訴えを起こした。被害者側の代理の弁護士団体「民主社会のための弁護士会」(民弁)は、「日本の法的な責任を問おうとするハルモニ(おばあさん)たちを除いたまま政府が合意し、彼らの財産権や知る権利、外交的に保護される権利などの基本権を侵害した」とした。
一方、韓国外交部は18年6月、「合意は法的効力を持つ条約でなく、外交的な合意にすぎないため、『国家機関の公権力行使』と見なすことができない」と主張し、憲法裁判所の判断以前に訴えの却下を求める意見書を提出していた。
以上のとおり、形の上では、憲法裁判所の判決は韓国外交部(外務省)の意見を採用したことにになり、訴えた元慰安婦らの落胆が伝えられている。しかし、実は慰安婦合意の性格についての憲法裁判所の判断は、法的拘束力を否定したことにおいて、積極的なインパクトを持つものとなっている。毎日新聞の解説記事にあるとおり、この決定が「法的義務はないとしたことで、合意でうたわれた『最終的かつ不可逆的解決』の確約が失われ逆に元慰安婦の支援団体が日本政府の責任を追及する動きを強める契機となる可能性もある』と考えるべきだろう。
共同通信の報道が端的にこう述べている。
韓国の憲法裁判所は27日、旧日本軍の元従軍慰安婦らが慰安婦問題を巡る2015年の日韓政府間合意は憲法違反だと認めるよう求めた訴訟で、合意は条約や協定締結に必要な書面交換も国会同意も経ていない「政治的合意」にすぎず、効力も不明だと指摘、法的な履行義務がないと判断した。
裁判所は、合意で履行義務が生じていないため元慰安婦らの権利侵害はなく、合意を結んだ政府の行動が違憲かどうかを判断するまでもないとして、元慰安婦らの訴えは却下した。
合意履行を韓国政府に求めている日本政府は反発を強めそうだ。
毎日が詳細に報じているが、昨日の決定は、日韓政府間合意は条約ではなく、「外交協議の過程での政治的合意」だと判断。両国を法的に拘束するものではない(法的拘束力はない)、合意によって具体的な権利や義務が生じたとは認められないため、元慰安婦らの法的地位は影響を受けないという。とりわけ問題となったのが、「外交的に保護を受ける権利」だったが、裁判所はこれを含めて基本権を侵害する可能性自体がないとした。もちろん、「政治的合意」がもつ政治的効果まで否定したわけではない。
この決定を受けて、原告側代理人の李東俊(イドンジュン)弁護士は「日韓合意は条約ではないと判断したので、韓国政府が破棄、再交渉する手がかりを作った」と述べたという。
一方、請求を却下するよう求める意見書を提出していた韓国外務省は「憲法裁の判断を尊重する。被害者の名誉、尊厳の回復や心の傷の治癒に向け、努力を続けていく」とコメントした。
また、同じ原告団が政府に損害賠償を求めた訴訟で、ソウル高裁は26日、日韓合意について「(韓国政府が)被害者中心主義に違反した合意であることを認め、真の問題解決ではなかったことを明らかにし、被害者の名誉回復のために内外で努力する」という調停案を提示。双方が受け入れた、という。韓国政府が合意した「内外での努力」の具体的内容はよく分からない。
なお、昨日の憲法裁判所の決定には、慰安婦合意の1項目である「日本大使館敷地前の少女像移転」問題について、「(合意は)解決時期や未履行による責任も定めていない」としており、市民団体が活動を活発化させることも考えられると報じられている(毎日)。
念のため、2015年日韓合意(「12・28合意」)の骨子は以下のとおりである。
・慰安婦問題が最終的かつ不可逆的に解決されることを確認。今後、互いに非難や批判を控える
・日本政府は、当時の軍の関与の下に多数の女性の名誉と尊厳を傷つけた慰安婦問題の責任を痛感
・安倍晋三首相は心からおわびと反省の気持ちを表明
・韓国政府が元慰安婦を支援する財団を設立し、日本政府の予算で10億円程度を拠出
・韓国政府は在韓国日本大使館前の少女像への日本政府の懸念を認知し、適切な解決に努力
(2019年12月28日)
初出:「澤藤統一郎の憲法日記」2019.12.28より許可を得て転載
http://article9.jp/wordpress/?p=14047
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