日本は戦争への道を歩いていないか ―権力チェックを怠る中央メディアの責任を問う―
- 2020年 2月 3日
- 時代をみる
- 渡辺幸重
「戦前の臭いがする」「時代の空気が1930年代に似てきた」「戦争は悲惨だ」――メディアでは有識者や戦争体験者の回顧話と感想を伝える。だが、そこから何を読み取ろうとしているのか、何を伝えようとしているのか、疑問に感じる。それは、いま日本という国が戦争や紛争と無縁ではないにも拘わらず、メディアがその実態を伝えていないからだ。単発で北朝鮮のミサイル発射や尖閣諸島問題や日本政府の武器爆買いや自衛艦の中東派遣…を“客観的”(発表通りに)報道しても、結局「何もなくてよかったね」という空気を醸成しているにすぎない。その間にこの国は確実に重武装化している。自衛隊が関係した戦闘が起きてから「メディアはどこでこの戦争を止められたのか」という議論をしようとでもいうのだろうか。この国がどこに向かって進んでいるのか、体を張って報道する時期だと思う。それができなければ後世から再び「メディアの戦争責任」が問われるだろう。
頻繁に行われている「島嶼奪還訓練」
自衛隊は災害派遣や防災訓練だけでなく、軍事訓練を一般国民の目にさらす場面が多くなっている。それは日本国民を慣らして自衛隊アレルギーを解消しようとしているようにもみえる。
今年の1月24日、奄美大島の市街地で迷彩服に身を包み、小銃を胸に抱えた100人の自衛隊員が闊歩する姿があった。桜の下を隊列が進み、小学生が通る一般道を兵士が歩く写真や動画を見て私は体が震えた。
訓練は報道陣に公開され、地元の南海日日新聞は「陸上自衛隊奄美警備隊(奄美駐屯地)は24日、奄美市、龍郷町内で徒歩行進訓練を行った。駐屯地外での訓練実施は初めて」と報じた。その記事を見て私はさらに震えた。現実を無批判に受け入れてしまう地元の雰囲気を感じたからだ。同時に危惧を覚えたのは、これがどのくらい本土住民に伝わっているか、ということ。中央メディアはほとんど取り上げていなかっただろう。
自衛隊が頻繁に行っている訓練がある。それは「島嶼防衛・奪還訓練」という名前の訓練で、米軍と共同で行う場合も多い。日米共同訓練は2005年ころから毎年のように米カルフォルニア州の米海兵隊演習場などアメリカ本土で行われているという。国内では近年になって大々的にかつ頻繁に行われるようになり、昨年9月には奄美大島で中距離地対空ミサイル(中SAM)の警備を中心とした日米実動訓練が行われた。これは「オリエント・シールド19」と呼ばれる自衛隊・米陸軍の実動訓練の一環で、奄美大島以外では熊本県の健軍駐屯地、大矢野原演習場、高遊原分屯地、北海道の矢臼別演習場でも実施された。奄美大島では2014年5月にも奄美群島江仁屋離島で陸上自衛隊約500人、海上自衛隊約820人、航空自衛隊約10人が参加して島嶼奪還を想定した上陸訓練などを行っている。
鹿児島県の種子島でも軍事訓練が日常化しており、2017年11月には南種子町の前之浜海浜公園で、2018年5月には九州西方沖や種子島周辺で、2018年10月には日本版海兵隊と呼ばれる陸上自衛隊の島嶼防衛専門部隊「水陸機動団」が米海兵隊第3海兵師団(沖縄)と共同して旧種子島空港の跡地や長浜海岸で訓練を実施した。
自衛隊は、東富士演習場(御殿場市など)で毎年行われる「富士総合火力演習」でも島嶼奪還訓練を実施しており、昨年8月には初めて水陸機動団が参加した。このときの“観客”は約2万4千人。チケットを手に入れるには毎年30倍程度の倍率を乗り越えなければならないという。YouTubeにも富士総合火力演習の動画がアップされており、「戦闘機や戦車がカッコいい」と人気のようだ。
与那国島・石垣島・宮古島・沖縄島 ・奄美大島・馬毛島に軍事基地
島嶼防衛・奪還訓練は何のために行われているのだろうか。実はいま、日本の南西諸島が軍備増強や軍事訓練のホットスポットになっている。理由は尖閣諸島をめぐる問題。陸上自衛隊は「中国軍が尖閣諸島占領と同時に石垣島や宮古島も占領する」というシナリオを描いており、石垣島、宮古島、奄美大島のミサイルでそれに対抗し、さらに占領された島を奪還するのだという。そして訓練を繰り返している。
日本政府はアメリカの世界戦略を背景に中国を封じ込めるべく南西諸島の自衛隊基地建設を推し進めている。南西諸島の軍事要塞化(“不沈空母”)といわれている。
種子島の横にある無人島の馬毛島を自衛隊が丸ごと購入することが決まったというニュースはまだ記憶に新しい。日本政府は米空母艦載機の陸上離着陸訓練(FCLP)に使うとしてきたが、自衛隊馬毛島基地(仮称)として整備し、中国の海洋進出を念頭に置いた南西防衛の拠点とする方針を明らかにしている。
これまで日本政府は2016年3月28日には島を二分する議論の末、与那国島に自衛隊与那国駐屯地が開設された。2019年3月26日には宮古島駐屯地と奄美大島の奄美駐屯地・瀬戸内分屯地が開設され、石垣島でも3月に自衛隊基地の建設着工が強行された。また、沖縄島では辺野古新基地が自衛隊も使用するといわれ、沖縄の基地負担増になると指摘されているほか、すでに配備されている自衛隊基地もF15戦闘機を倍増させ、隊員数を大幅に増やしている。石垣島、宮古島、奄美大島には地対空・地対艦ミサイルを配備するとしており、沖縄島にも米軍がミサイルを配備するという報道があった。石垣島では住民投票を求める裁判が進んでおり、各地で粘り強い反対運動が展開されているが、これらの自衛隊基地建設は情報公開請求をしても黒塗りだらけ、住民説明会は名ばかりという状態の中で首長や議員が国の強引なやり方に引っ張られる形で進められている。
島が占領される前提だが、住民避難計画はなし
南西諸島の軍備強化は本当に必要なのだろうか。
日本政府は島を防衛し、占領されたら奪い返すために基地が必要だとしているが、ミサイル基地の島での住民避難計画はできていない。ミサイルは車載で、敵の攻撃を避けるために狭い島を移動するので住民が逃げる安全な場所がないためだ。沖縄戦では日本軍は住民を守ることはせず、むしろスパイ扱いして住民を虐殺した歴史が残る。先島地方では、米軍の空襲や艦砲射撃による犠牲ばかりでなく、日本軍が住民を強制疎開させてマラリアで死亡させた(“戦争マラリア”)。逆に日本兵がいない島や地域では住民が生き残っており、慶良間諸島・前島では分教場の校長が日本軍の駐留を拒否して戦争の被害が少なかった。読谷村のチビチリガマでは旧日本兵の言動によっていわゆる集団自決(強制集団死)が起き、日本兵がいなかったシムクガマでは、元ハワイ移民の働きで1,000名あまりの人が生きて脱出した。基地建設を強行するよりも住民避難など住民を守る計画作りが先決だろう。
自衛隊は「島を守る」と言い、米軍は自衛隊を支援すると言うが、本当に島を守ることができるのだろうか。基地が抑止力になって戦闘は起きないという主張もあるが、日米の政府は局地戦を想定しているとの指摘もあり、中東の戦闘やかつての戦争の発端を考えると偶発的な小競り合いから戦闘が始まることは十分考えられる。私は尖閣諸島での小競り合いから先島地方がシリアのようになることを心配している。南西諸島に限定した戦争でミサイルを撃ち合い、適当なところで手を打つという戦略は沖縄戦の悲劇を再び南西諸島に押しつけることになる。もしかしてアメリカが日本列島まで広がる局地戦を許容すれば日本列島全体がかつての沖縄ということになる。日米ガイドラインでは、米軍は自衛隊を支援・補完するだけで前面に立って戦う義務はないから日本を見捨てて中国と手を結ぶ可能性はある。
アメリカの世界戦略の呪縛から逃れ、独自の平和戦略を
一方、近代戦では米海兵隊の沖縄駐留は中国に近すぎてかえって危険だという話を軍事専門家がしている。それが米海兵隊のグアム移転につながっているが、その穴を自衛隊が埋め南西諸島に展開してミサイルで武装することがはたして真の防衛になるのだろうか。南西諸島への自衛隊配備は古い軍事理論に縛られているのではないかとも思う。防衛論から言っても国民的議論と思い切った発想の転換が必要だろう。
中国とアメリカは宇宙やサイバー空間における軍事的覇権を争っている。経済面でも5GやAIなど情報技術でのトップの座を握る争いも熾烈だ。その一環が中国を南西諸島(第一列島線)で封じ込めるアメリカの政策で、安倍内閣はその下請けをやっているとみることもできる。日本はアジアの一国として外交や民間交流などを含む総合的な安全保障を考え、軍事に頼らない平和を求めるべきだ。
中央メディアは現地取材と継続的な報道を
メディアの最大の使命は権力のチェックである。そして権力の最大の暴走が戦争だ。ところがいま、中央メディアは日本の軍備拡大に鈍感のように見える。
南西諸島ではすでに自衛隊ミサイル基地が増殖しており、小学生の通学路を小銃を持った迷彩服の兵士が行軍している。南西諸島住民は戦争を身近に感じるようになっているのにその実態を本土住民は知らない。なぜだろう。中央メディアが報道しないからだ。取材ツアーで現地を訪れても記事にならない。現地から見ると、辺野古新基地建設問題と同じように現政権の政策に合わないものは中央メディアからも見捨てられると思わされる現象だ。しかし、南西諸島の軍事要塞化の話ははるか遠い島での話では終わらない。南西諸島で不測の事態が起きたら本土側も巻き込む。メディアは本来の使命を考えれば、有識者や戦争体験者に語らせるだけでなく、日本が軍事国家になっていないか、戦争への道を進んでいないか絶えず目を光らせ、主体的な報道で警鐘を鳴らすべきである。中央メディアはスタッフを南西諸島に張り付かせることを提言したい。それがジャーナリズムというものだ。琉球新報や沖縄タイムスなどの現地メディアを参考にすればよい。
オスプレイは沖縄から九州まで勝手気ままに飛んでいる。横田基地から富士山周辺でも毎日のように自由に飛び回ってもいる。このことを知っているジャーナリストは何人いるだろうか。不安は募るばかりである。
(参考)
・「琉球弧の軍事基地化に反対するネットワーク」
http://ryukyuheiwa.blog.fc2.com/blog-entry-851.html
・「静岡・沖縄を語る会」
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座http://www.chikyuza.net/
〔eye4686:200203〕
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