元自衛隊高級将校の「安全保障論」を読む
- 2020年 2月 27日
- 評論・紹介・意見
- 安全保障自衛隊阿部治平
—八ヶ岳山麓から(307)—
著者が元陸将という渡邊隆著『平和のための安全保障論――軍事力の役割と限界を知る』(かもがわ出版 2019・12)を読んだ。
新型コロナウイルス問題が発生するまでは、なにかというと自衛隊の退職幹部がテレビに出ることが多かった。彼らは北朝鮮や中国、アメリカの軍備、それに関連する自衛隊機や艦船の装備や性能を語ったが、日本の安全保障体制をどう認識しているか、どうあるべきかを語ることはそうは多くはなかったように思う。
著者の渡邊隆氏は、自衛隊初の国連平和維持活動となった1992年のカンボジアPKOで初代指揮官を務め、その後は幹部候補校長、統幕学校長などを歴任した。彼の安全保障論の根底には40年間の自衛官の体験がある。
内容は、古代から第2次大戦、そして冷戦に至るまでの戦争史、今日の集団安全保障と集団的自衛権、紛争防止、予防外交などの施策、PKOや周辺事態のシナリオ研究、日本の安全保障、日米同盟論がある。安全保障論各分野にわたる入門書である。
著者の経歴からして、対米従属国家日本の現状を丸ごと肯定するかというと必ずしもそうではない。
たとえば著者は日米地位協定では、米軍人の裁判権、基地・施設使用権はアメリカが排他的権利を持つこと、米軍人は外国人登録を免除されていること、さらには基地・施設の返還に伴う原状回復の義務はアメリカにはないこと、そのうえ米軍には航空特例法の適用が除外されることなどの事実をあげて、それが対等な国家間の協定ではないことを(そっと)示している。
また、ドイツやイタリアは、冷戦後大使館の土地以外の(軍事基地を含めた)管理権を取り戻したが、日本は、協定そのものは一言一句変わっていない。米軍の国別在外兵力(人)では、ドイツや韓国などアメリカの同盟国と比較して日本が一番多い。それは脅威や国際情勢の変化だけではない。日本が米軍の駐留経費を肩代わりしているからだといい(思いやり予算)、また日米合同委員会は、占領軍当時同様で、米側が軍人で日本側は各省庁の官僚であり、この中に政治家や自衛官は一人も入っていないといった思いがけない事実もあげている。
さらに、安倍晋三首相の外遊が多いことについて、「一国の指導者が海外に高い関心を持つことは悪いよりも良いことだ」と(皮肉を)言い、肝心なのは首脳外交がどのような戦略で行われているかということだと、至極まっとうな指摘をしている。
もちろん、肝心なところに触れていないと感じる部分もある。私は、食料自給率が軍事やエネルギーと同じくらい重要だと思うが、渡辺氏は一行で済ましている。
本書には、「もし、日本が危機事態に巻き込まれたら?」として、北朝鮮に金正恩打倒のクーデタが生じたという設定で、学生に周辺事態発生のケーススタディをやらせるところがある。しかし北朝鮮の異変も含めて、日本の軍事基地が北朝鮮のミサイル攻撃を受けるとか、尖閣諸島に中共軍が上陸するとかいった事態よりも、日本の臨海部に並んでいる原発へのテロ攻撃などのほうが現実的危機をはらんでいるとおもう。
さらにいうと沖縄米軍基地問題も優先的に考えるべきだと思う。これが放置され続ければ、将来沖縄県民の多数が日本からの独立を選択する道を選ぶかもしれない。この事態は遠い将来のことと思われるかもしれないが、現実になったとき日本という国家に深刻な危機をもたらすだろう。
さて、自民党改憲案に「国防軍」が明記され、それが「憲法九条を守る会」などで議論されていた時は、専守防衛の原則が取っ払われて自衛隊が普通の軍隊になってしまう、といった批判が多かった。そこでは直ちに自衛隊をまるごと否定する意見はなかったと思う。だから私の村の「九条の会」の学習会には元自衛隊員も顔を出していた。
9条の末尾に自衛隊を明記する安倍加憲案がでると、自衛隊そのものを否定するような議論が多くなった。共産党の政策責任者が防衛費を「人殺し予算」と呼んだことがあったが、「九条の会」などでも、防衛予算の膨れ上がりや、アメリカの言い値のまま兵器を購入することへの批判が強調され、「自衛隊予算の本質はやはり人殺しだ」という見方が強いように思う。災害支援であれ何であれ、自衛隊の存在を肯定する世論が圧倒的ななか、自衛隊に否定的な材料をいくら並べても九条改悪阻止の力にはなりにくい。
憲法九条は、日本がこれまでアメリカの戦争に加担するのを阻止するのに大きな力を発揮してきた。しかし先頃の安保法制の成立によって、集団的自衛権が法的地位を確立したかのような現実が存在するなか、以前のように九条がブレーキの役割を果たし続けることができるとは思えない。
安全保障に関しても無知は偏見を生む。自衛隊は国際的には世界8位の軍備をもつ立派な軍隊である。だから我々は、最高幹部の頭のなかから隊員の訓練内容・日常生活まで、もっと多くを知り、彼らと意見を交わす機会を増やすほうがよいと思う。本書はそれが可能であることを示唆している。
残念なことに、この本は編集そのものが乱雑だ。
本書では第1講から第25講と補講までの各講冒頭をはじめ、多くの地図・図表を材料に議論が展開されている。安全保障論だから当然である。ところがコスト削減のためか、原稿段階ではカラー刷りの地図・図表だったと思われるものをすべて白黒のコピーに変えてあるから、地図・図表が不鮮明になっているところがある。本文には赤や緑の色を示してあっても、地図では消え失せてどこだかわかないのである。
また原図を縮小したために、図形や活字が小さくなりすぎて、領土の歴史的変遷や戦力の移動などが読み取れない地図もある。しかも軍事機密か否かわからないが、地図・図表に出典が示されていないものが多い。極め付きは、「第1次世界大戦の原因」を示した表の下の各行2段の活字が消えているために、本文が「判じ物」と化している部分である。
この本のかなりの部分は壊死状態だ。たぶん著者は泣いている。読者は読むのに腹を立てる。本というものは、もっと親切に編集して売るべきものではなかろうか。
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