[新型コロナ]感染者数よりも死者数に注目しよう
- 2020年 4月 4日
- 評論・紹介・意見
- 鎌倉悟朗
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)は、多くの場合は軽症で終わるが、一部で重症化し重篤な肺炎を起こす。死ぬこともあって、最新の死者数がカウントされ、日々「致死率」が更新されている。報道でも見かけるこの見慣れぬ致死率という数字、どのぐらい「怖い」のか。がんなどで使われる「死亡率」とは違うものなのか。
調べると「感染者の何パーセントが死ぬか」を致死率といい、コロナ報道などで目にするのは通常この数字である。感染者に関する命のデータだから、医師や医療行政の「成績」ともいえ、臨床には重要な情報だろう。感染者・死者の増減を反映する数字だが、執筆時の4月2日現在、日本は「致死率2.4」だった。医療崩壊を指摘されるイタリアは11.9、検査態勢が充実する韓国は1.7だ。でもほとんどの人は、自分が感染者かどうかなど知らないだろうから、この数字、あまりピンとこないのではないか。
日本では新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の体内存在を確かめるPCR(Polymerase Chain Reaction)検査を簡単に受けられず、自らの感染の有無を知らぬまま多くの人が放置されている。ワクチンや特効薬が開発されていないので、とりわけ高齢者や有病者は感染やその先に待つかもしれぬ「コロナ死」の不安を抱えている。検査を積極的に実施するほど、分母の感染者数は増え致死率は小さくなる理屈なのだが、そんなところへ致死率の数字を見せられても「で、どのぐらい怖いの?」となるのではないか。
一方、がん死亡率のように「年間、人口の何パーセントが死ぬか」となれば、話がぐっと身近になる。コロナ死の「怖さ」度合いを、致死率よりも客観的に評価できそうである。人口と死者数だけで決まるから、この死亡率は混じり気のない数値だ。検査件数、感染者数などの不定要素は排除され、病床数や医療従事者数など医療事情も直接絡まない。改憲への地ならしを取り沙汰される「緊急時の政治演習」とも無縁である。公表される死者数の信頼性は、臨床と医療行政を信用するしかなかろう。ところで日本では、コロナ死亡率は行政から発表されていない。恐らく最初の死者の発生から間もないからと思われる。ならば計算してみよう。
死亡率は一定期間(通常は1年間)の総死者数を総人口で割った比率である。新型コロナ感染症は発生から3カ月ほどとされるから、致死率で使う死者数をそのまま死亡率でも利用する。1年間死亡率と区別する必要があれば「『死亡率』(3カ月)」とする。今後、年間の累積死者数が確定すれば季節性の有無も分かり、季節性インフルエンザと同様、政府による死亡率が公表されるだろう。
ここでは米国ジョンズ・ホプキンズ大学の死者数データによって、死亡率を計算する。コロナ死者数57人(2020年4月2日現在)を、日本の総人口1億2720万人(2018年、国連)で割ればよい。相対化するためいくつかの国についても算出し、別表にまとめた(付表)。見やすくするため100万人当たりに換算し、同日付の致死率も併載した。なお使用した数値は感染流行中での集計であり、「ある日」で切った断面に過ぎない。
「怖さ」を比べたいので、がん死亡率を次に引用しておく。コロナ死発生以来の期間「約3カ月」に揃えるため、年間のがん死者数を4分の1に補正した。がん死には季節的な偏りがないと想定している。これも100万人当たりに換算した。
◆日本のがん死亡率(3カ月): (300.75×10)/4≒752
(2018年。全部位・全年齢・男女計の死亡数373,584人。人口10万対の死亡率300.75)=国立がん研究センター)
付表 新型コロナウイルスによる死亡率(死亡率による降順)
死者数*1 | 感染者数*1 | 人口*2 (×100万人) |
致死率*1 (死者数/感染者数) |
死亡率(3カ月) (死者数/100万人) |
|
イタリア | 13,155 | 110,574 | 60.6 | 11.9 | 217.1 |
スペイン | 9,387 | 104,118 | 46.7 | 9.0 | 201.0 |
フランス | 4,043 | 57,756 | 65 | 7.0 | 62.2 |
イラン | 3,036 | 47,593 | 81.8 | 6.4 | 37.1 |
イギリス | 2,357 | 29,865 | 67.1 | 7.9 | 35.1 |
米国 | 4,757 | 213,372 | 327.1 | 2.2 | 14.5 |
ドイツ | 931 | 77,981 | 83.1 | 1.2 | 11.2 |
韓国 | 165 | 9,887 | 51.2 | 1.7 | 3.2 |
中国 | 3,316 | 82,361 | 1427.7 | 4.0 | 2.3 |
ブラジル | 240 | 6,836 | 209.5 | 3.5 | 1.1 |
日本 | 57 | 2,384 | 127.2 | 2.4 | 0.4 |
台湾 | 5 | 329 | 23.7 | 1.5 | 0.2 |
ロシア | 24 | 2,777 | 145.7 | 0.9 | 0.2 |
インド | 58 | 1,998 | 1352.6 | 2.9 | 0.0 |
*1――2020年4月2日現在(米国ジョンズ・ホプキンズ大学) | |||||
*2――2018年の国連統計 |
付表によれば、日本の新型コロナ感染症による100万人当たりの死亡率は0.4である。がんの同752と比べると約2000分の1に過ぎない。コロナはがんに比べ、圧倒的に死なないことが分かる。コロナはほとんど「怖くない」のだ。感染者の急増に伴って死亡率も急上昇する国が多いなか、日本はここ1週間0.4に貼り付いたままだ。感染しているか分からなくても、「死亡率」ならコロナの見通しを見せてくれる。また、同時期の致死率も4%台から日ごとにダウン、最新データでは2.4%まで下がっている。こうした傾向を示す国は、他にはあまり見当たらない。先は見通せないが、感染しても日本では死なない傾向が強くなっているのだ。
検査に消極的な日本のコロナ政策のせいか、感染者が見つかるたびに大騒ぎになる。五輪・パラ五輪の延期が決まった途端、感染者が急増したのも奇妙である。こうした「感染者騒ぎ」に冷静に対処するには、感染者数ではなく、死者数に注目すべきである。今後「感染爆発」があったとしても、なおさら死者数を睨んでおく重要性は増す。あえて言うなら感染しても死ななければいい。積み重なってきた臨床報告(確度の高いエビデンス)によれば、発症しても8割ほどは発熱や咳などの「軽症」という。ただ付表に見るように日本は、死亡率は低いが致死率(治療したけど救えなかった人の割合)は中等度である。それでも上述のように数値は下がりつつある。重症者への医療が、今のところは機能しているのかも知れない。
検査を増やせば感染者は発掘されるが、それで新たな死者を減らせるのだろうか。感染者へのトリアージ(仕分け)を積極的に実施し、高齢者や有病者などに多いとされる重症者に重点を置くべきだろう。重症者のセーフティーネットとして、医療従事者、隔離ベッド、酸素吸入器、人工肺(エクモ)の配置など、確実に救命する医療態勢をさらに充実させれば、もっと死ななくなる。先年流行した同じコロナウイルスのSERS(根絶?)やMARS(日本へ未侵入?)では、ワクチンが開発されないまま流行が収まり、いつの間にかヒトの日常と共存している。
【おまけ】
付表によって海外の死亡率を見てみよう。致死率で見る以上にイタリアの数字が際立っている。同国の人口6,060万人に対して死者13,155人だから、100万人当たりでは217.1。日本は約500分の1の同0.4だ。日本は桁違いに少ないことが分かる。試みにイタリアを日本の人口規模に置き直すと、そのときの死者は2万7,612人となる。日本は57人だ。日本が現状のイタリアだったらと想像すると、イタリアの深刻さが浮かび上がる。
以下はかなり強引な仮説である――。感染者数は医療政策や医学水準などの医療事情を反映する。検査能力が高くても、検査を制限すれば感染者は増えない。検査をしたくても、その態勢が整わなければ感染者を掘り起こせない。致死率が分母にするのは、こうした医療事情に左右される感染者数である。一方、死亡率は死者数(と人口)だけに依拠し、これら国ごとに異なる医療事情が排除された「結果成績」である。分子は両者とも死者数で、同じものだ。死者数は重症者医療の破綻を示している。したがって死亡率の物差しで致死率を測定すれば、医療事情に触れることなしに、死者を生み出している重症者医療の一端が浮かび上がってこないだろうか。――そんな試みである。
〔A〕死者も多いイタリア、スペイン、フランス、イラン、イギリスなどは、死亡率が致死率を大幅に上回っている。報道内容に濃淡はあるが、これらの国ではコロナ医療が限界を超えているという。ならば物差しの示すところは、重症者の治療に対応できず死者が増えている姿かも知れない。または単に死者が多いことの反映かも知れない。反対に、〔B〕死亡率が致死率を下回るブラジル、日本、台湾、ロシア、インドなどは死者が比較的少ない。今のところ死者をあまり出さない医療が維持されているか、または流行の初期段階なのだろうか。累積の死者数が極めて多い中国は流行のピークを過ぎたとされ、新しい死者が頻出しなくなっていてこのグループに入る。〔C〕米国、ドイツ、韓国など死亡率が上回るが致死率に接近している国。両グループの中間だから、医療態勢に余裕がなくなっている可能性がある。死亡率、致死率の両方とも低い韓国は、医療資源を効率よく使いこなしている優等生か。死者数が急激に増えている米国は〔A〕グループに移りかけている。
このような死亡率と致死率の比較は本稿の目的ではなかったのだが、こうして見ていくと「死亡率」の重要性を再認識する。感染者数に依拠せずに死者数を反映するからだ。いずれにせよ対象国をもっと拡大し、データを一定期間追跡してみなければ断定的なことはいえない。なお、各国の医療事情、高齢化率、感染者の有病率、衛生環境などの基礎的な条件が死者数に関係しているのは明らかであり、死者-人口の数字だけに頼る死亡率での分析には限界がある。また今回は手を付けなかったが、死者数・感染者数・致死率・死亡率、さらに触れなかった感染率それぞれの変化を追跡するのは有意義だと思う。
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://chikyuza.net/
〔opinion9608:200404〕
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