フランスの哲学者マチュー・ポット=ボンヌヴィル氏のエッセイ集「もう一度・・・やり直しのための思索」を刊行します
- 2020年 4月 7日
- 評論・紹介・意見
- 村上良太
このたび、フランスの哲学者マチュー・ポット=ボンヌヴィル氏のエッセイ集「もう一度・・・やり直しのための思索」を刊行いたします。筆者は翻訳を行った者です。マチュー・ポット=ボンヌヴィル氏はフランスではミシェル・フーコーの研究者として著名です。現在、アマゾンで予約を受け付けています。新型コロナウイルスで世の中が混沌とした最中ですが、新しい時代の創造あるいは未来の再構築のための思索を本書は披露しています。絶望せず、粘り強くものごとを成し遂げるための方法序説です。大げさに思われるかもしれませんが1543年に種子島に鉄砲が入ってきた時のような西洋人の思索の力を感じました。今回の力はしかしながら人間を殺傷する力ではなく、生き延びるのを助ける力なのです。
私が哲学者のマチュー・ポット=ボンヌヴィル氏と出会ったのは2年前に日仏会館で行われたシンポジウム「ミシェル・フーコー: 21世紀の受容」の際でした。このシンポジウムはフーコーの21世紀における「読み直し」を迫るもので非常に興味深いものでした。現代思想とか、現代哲学というものは往々にして、サルトルの日本での受容のケースが顕著なように、ファッションのように次々と着せ替えられていきがちです。しかし、マチュー・ポット=ボンヌヴィル氏は一見終わったかに見えたものを、単なる流行ではなく、むしろ現代の古典として今一度、丁寧に読み込んでいこうと言うのです。
とはいえ、本書はフーコーの解説書ではありません。マチュー・ポット=ボンヌヴィル氏はリヨンの高等師範学校の哲学教授であると同時に、象牙の塔にこもらずパリのジョルジュ・ポンピドー国立芸術文化センターで映画や討論などの文化プログラムのディレクターをして活躍しています。そうした豊富な知識を基に本書では思想界・哲学界・芸術界の多彩なエピソードをひも解きながら、一度失敗して終わったかに見えるプロジェクトを「もう一度」始めたり、失敗した人生をやり直したり、「終焉した」と言われた歴史をふたたび進めたりするためには何に注意する必要があるのか、どんなリスクがあるのか、何が必要なのかなどなど、新鮮で奥行きのある哲学的思索を行っています。
デカルトやスピノザから、プラトン、ハンナ・アレント、ラッセルやフレーゲやホワイトヘッド、ジュディス・バトラー、ミシェル・ド・セルトー、ラカンやデリダ、ハンス・ブルーメンベルク、マルクス、ベケット、チェーザレ・パヴェーゼ、フローベールやマルセル・プルーストまで、とにかく錚々たる欧州最高の知性たちの激烈な思想と表現と人生の葛藤が本書の考察の下地になっています。人生も、歴史も、世界も未だ終わってはいないのです。これらの一連の思索の中に理想を実現していく欧米人のしぶとさが見えます。失敗の中にも素晴らしいものの萌芽が往々にしてあるものです。それゆえ、全部を廃棄するのではなく、失敗の中から希望の芽を注意深く拾い上げて、もう一度チャンスを与える、このことが大切です。
日本は一度失敗したら、セカンドチャンスが得にくい社会です。平均寿命こそ延び、生涯学習とか、生涯現役がうたわれていますが、現実に目を向ければ40代や50代を過ぎると再就職は狭き門。会社が倒産した経営者が再起するのは困難を極めます。中年を過ぎると、もう一度大学に戻って勉強することも容易ではありません。政治においても野党が政権を取っても一度頓挫して下野したら、再起は困難を極めます。さらに言えば大学入学時に人生が決まってしまうようなところがあります。自殺が多いのもこれと関係しているのではないでしょうか。ぜひ、本書がそうした社会を変える起爆剤になってくれたら、と願っています。二度目、三度目のチャンスが持ちえる社会、それが楽しいのではないでしょうか。本来なら高度経済成長を終えた1980年代に移行すべきだった成熟社会の実現への手がかりとなる一冊です。
村上良太
マチュー・ポット=ボンヌヴィル(Mathieu Potte-Bonneville)1968 年、フランス中部のティエールで生まれる。哲学者で、ミシェル・フーコーの研究者として著名。パリの総合文化施設、ジョルジュ・ポンピドゥー国立芸術文化センターで映画や演劇、討論などの催しを担当するディレクターをつとめている。著書には本書以外に、「Michel Foucault, l’inquiétude de l’histoire」(PUF, 2004)や、歴史家フィリップ・アルティエールとの共著「D’après Foucault ~Gestes,luttes, programmes~」(Les Prairies ordinaires, 2007)など。また、最新刊としてマリー・コスネイとの共著、「Voir venir – écrire l’hospitalité」(Stock, 2019)がある。©Gilles Potte
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://chikyuza.net/
〔opinion9623:200407〕
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