旧陸軍被服支廠が「解体先送り」に 広島の被爆建物、市民らの要望で
- 2020年 4月 9日
- 評論・紹介・意見
- 原爆岩垂 弘広島
「解体」か「保存」かで問題になっていた広島市の被爆建物「旧陸軍被服支廠」が、2020度中は解体を免れることになった。解体を目指す持ち主の広島県が、世論の動向を見て「2020年度としてきた解体着手を先送りし、1年後をめどに方向性を示す」と表明したからだ。これまで支廠の保存を訴えてきた市民グループは「県は解体を撤回したわけではない」として引き続き保存運動を続ける構えだ。
広島市の被爆建物の中では最大級の旧陸軍被服支廠(竹内良男さん提供)】
旧陸軍被服支廠は、爆心地から南東2・7キロの広島市南区出汐にある。1905年(明治38年)に建造が始まり、1913年(大正2年)に完成したが、そこでは軍服や軍靴が製造されていた。全部で13棟だったが、現存しているのは4棟。いずれも1913年に造られた倉庫で、鉄筋コンクリート・れんが造りの3階建て。1945年8月6日に広島に投下された原爆でも倒壊を免れた。
4棟のうち1~3号棟を広島県、4号棟を国(中国財務局)が所有している。4棟の敷地は合わせて約1万7000平方メートル。現在、広島市が被爆建物として登録している建物は市内に86件あるが、その中でも最大級という。
被爆後は広島大学学生寮、県立高校の校舎、日本通運の倉庫などに利用されてきたが、1995年以降は使われていない。
ところが、昨年12月初め、広島県が、所有する3棟のうち爆心地に最も近い1号棟の外観を保存し、他の2棟(2号棟と3号棟)は解体・撤去する方針を明らかにした。県によると、いずれも築100年を超えているので劣化が進み、地震による倒壊または崩壊の恐れがあるからだという。方針は、いずれも2020年度に着手し、保存は2021年度、解体・撤去は2022年度の完了を目指す、としていた。一方、4号棟については、これを所有する中国財務局が「解体を含め検討中」としている。
こうした県の方針に対し、さっそく被爆者や市民の間から「解体反対」の声が上がった。それは次のような主張に基づく。
一つは、被爆直後、ここが救護所となったため、多数の被爆者が逃れてきて、ここで亡くなった人もいたという事実を重視すべきだ、という主張だ。つまり、旧陸軍被服支廠はいわば「被爆の証人」だから、被爆者が年々減少し被爆体験を次世代にどう継承するかが問題となっている折から、何としても残すべきだ、というわけである。
もう一つの主張は「旧陸軍被服支廠は国内最古の鉄筋コンクリートの建物で、建築学上も価値をもつから、解体・撤去は避けるべきだ」いうものだ。
この問題が顕在化して以来、支廠の解体・撤去に反対し、その保存・活用を訴える運動を広島で続けてきたのは市民団体である。旧陸軍被服支廠の保全を願う懇談会、広島文学資料保全の会、アーキウォーク広島、旧広島陸軍被服支廠倉庫の利用・活用キャンペーンなどだ。各団体は、これまで、講演会、支廠見学会の開催や署名運動などに取り組んできた。
こうした広島の動きに呼応して、東京では、広島原爆について理解を深めるための「ヒロシマ連続講座」を主宰している元高校教員の竹内良男さんが、1月から2月にかけ3回にわたる「被服支廠をめぐる緊急の集い」を開き、支廠の保存を訴えた。
一方、広島県はこうした市民側の動きに対応しなければならないと考えたのだろうか、昨年暮れから一カ月かけで、支廠の安全対策についての県の方針に対する意見を公募した。
こうした経緯を経て、広島県の湯崎英彦知事は2月17日、2020年度当初予算案を発表した記者会見で、支廠の「1棟の外観保存、2棟解体」について、2020年度としてきた着手を先送りすると表明した。先送りは1年間を基本線とする考えも明らかにした。
中国新聞によると、知事は、先送りする理由として、次の4点を挙げたという。
▼解体に反対する被爆者団体などが要望書や署名を提出した▼県の方針に対する意見公募で過去最高の回答があり、関心が高い▼松井一実・広島市長が全棟保存を訴え、国会で取り上げられるなど環境が変化した▼県議会議長から「もう少し時間が必要だ」と要請された
県の方針に対する意見公募の結果は、応募延べ2444人で、「反対」62・⒉%、「賛成」31・9%だったという。この結果も、県を動かしたのではないか、と思われる。
その後の動きで注目されるのは、政界にも動きが出てきたことだろう。まず、自民党の「被爆者救済と核兵器廃絶推進議員連盟」が3月5日、党本部で総会を開き、旧陸軍被服支廠について「被爆建物としての価値を踏まえ相当数残すべき」「保存に要する費用については国が相応の負担をすべき」と決議した。3月15日には、共産党の衆院議員、参院議員らが支廠を視察した。
これからは、もし支廠を保存するとしたらそれにかかる巨額の費用をどう調達するか、リニューアルされた支廠をどう活用するか、とった観点からの議論がさままなレベルで盛んになりそうだ。
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〔opinion9628:200409〕
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