青山森人の東チモールだより…新生第八次立憲政府と新野党CNRT
- 2020年 6月 8日
- 評論・紹介・意見
- 青山森人
感染者ゼロが続くも非常事態宣言も継続
東チモールにおける新型コロナウィルスの感染者数など最近の数字は以下の通りです。
—日付———①———②——-③——-④——–⑤—–
5月20日–1533人–253人–24人–1256人–28人*
5月21日–1533人–211人–24人–1298人–28人
5月22日–1535人—90人–24人–1421人–28人
5月23日–1544人—60人–24人–1460人–28人
5月24日–1555人—52人–24人–1479人–28人
5月25日–1555人—31人–24人–1500人–28人
5月26日–1565人—22人–24人–1519人–28人
5月27日–1565人—11人–24人–1530人–28人
5月28日–1565人—-9人–24人–1532人–28人
5月29日–1568人—-3人–24人–1541人–28人
5月30日–1568人—-0人–24人–1544人–28人
5月31日–1579人—11人–24人—1544人–28人
6月 1日–1581人—13人–24人—1544人–28人
6月 2日–1582人—-5人–24人—1533人–28人
6月 3日–1594人—11人–24人—1559人–28人
6月 4日–1608人—15人—24人—1569人–28人
6月 5日–1617人—24人—24人—1569人–28人
6月 6日–1627人—34人—24人—1569人–28人
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①検査を受けた人、②検査結果待ちの人、
③結果が陽性だった人、④結果が陰性、⑤回復した人
(危機管理統合センターの資料より、②以外は3月6日からの累計)
(*) 24人が陽性確認から、4人が感染可能性からの回復。
新型コロナウィルスの陽性反応者24人全員が回復し新たな感染者も出ない状態が5月15日以来ずっと続いています。しかし感染が拡大した隣国インドネシアの西チモールと陸路で接している東チモールは警戒を怠るわけにはいかず、三度目の30日間にわたる非常事態宣言が5月27日に発令されました。今回の非常事態宣言のもとでは人びとの往来や学校・教会の活動の規制が緩和されます。
なお一家族につき100ドルを支給するという生活支援策が一回目の非常事態宣言下で発表されましたが、対象世帯の絞り込みとその登録にかなり手間取り、支給が大幅に遅れており、庶民の不満と嘆きの声が連日報じられています。二回目の非常事態宣言を含み、一世帯当たり二か月分の200ドルが6月9日に支給されると報じられています(『インデペンデンテ』、電子版、2020年6月3日)。
異例の「独立回復」記念日
今年も「5月20日」を迎えました。2002年5月20日に東チモールが、普く国際社会が認めるかたちでの独立を獲得してから18年目となります。今年の「独立回復」記念日は、新型コロナウィルスの影響による非常事態宣言のもと、記念式典や祝賀行事も中止というまさに非常の事態で迎えられました。
それだけではありません(東チモール第418号でお伝えしたように)、5月19日、国会では国会議長の解任と選任を巡って国会議員が肉弾戦の乱闘劇を展開し、国会議長の机がひっくり返り割れてしまい、椅子が放り投げられるという大失態を演じてしまった翌日に迎えた「独立回復」記念日です。それでなくとも非常事態宣言のもと経済活動が制限され生活に困窮している庶民を政治家たちはさらに嘆かせてしまいました。
記念式典も祝賀行事もない「5月20日」は、「東チモール危機」の只中で迎えた2006年の「5月20日」も含めて初めてのことです。公式行事といえばTVやYou Tubeで放送または配信されたフランシスコ=グテレス=ルオロ大統領による演説だけです。
大統領、現政府の継続を表明
非常事態宣言のもとでのルオロ大統領による「独立回復」記念演説は当然現在の特殊な状況を反映しています。つまり新型コロナウィルスにかんすること、そして新政府が樹立されるかと思いきや現政府が続投されるという政局にかんしてです。約27分の演説の内容はこの二つに大別され、全体的にシャナナ=グズマンCNRT(東チモール再建国民会議)党首を暗に批判し、タウル=マタン=ルアク首相が率いる府を支持する内容になっています。
(※)「東チモールだより 資料編10」にルオロ大統領による「独立回復」記念演説の全文を載せておいた。
例えば新型コロナウィルスにかんして、タウル=マタン=ルアク首相の努力のおかげで死者ゼロになっていることを東チモール人は誇りにできると称賛する一方、手洗いを励行しているが大勢の人が水の利用ができない事実から「基本的なインフラ整備に正しく注目してこなかった指導者たちによる失策に焦点を当てることになった」、そして「このことは、『石油基金』からくる国家予算の使い方に計画性がなかった指導者たちの間違いを示している」と、シャナナ=グズマンを党首とするCNRTによるこれまでの大規模開発を中心とする政策を批判しています。
ルオロ大統領が現在の政局について語っている部分はわたしにとって非常に興味ある内容でした。憲法違反ではないかと批判されている行為についてある程度ではあるもののそれなりに応えているからです。まずルオロ大統領は「わたしを唯一導くのは、大統領としての役割を明確に規定する法律の母である東チモール民主共和国憲法なのである」と自分の行動は憲法に沿ったものであること強調し、2020年度国会一般予算案が否決されて幕開けた今年の政局の流れを大局します。
そしてルオロ大統領は、選挙民の思いを尊重したいので国会を解散することなくいかに政局に対応したかを語ります。「2020年度国家一般予算案は1月17日に否決されたが、東チモール民主共和国憲法は依然としてこの国会に異なる同年度国家予算案の採択を認めている」から、「現在の政府を維持すべきか、それとも新しい政府を成立させるべきかを判断するための参考として、国会議員を有する政党代表者たちと第一段階の対話をもったのである」と述べ、シャナナ=グズマンCNRT党首を中心とする連立勢力による新政権樹立か、それとも現政府の継続か、判断に至った経緯を語ります。
ルオロ大統領は現政府の継続を選択しました。もっとも、ルオロ大統領のシャナナ嫌いは筋金入りであり、ルオロ大統領はシャナナ=グズマンと歴史的に対立関係にあるフレテリン(FRETILIN、東チモール独立革命戦線)の党首であることから(※)、実際はシャナナ=グズマンCNRT党首を中心とする連立勢力に政権を渡さないように画策したというのが本当のところでしょうが……。
(※)東チモールの大統領は政党色をださないことになっているので、公式にはフレテリン党首という立場は封印している。なおルオロはフレテリン党首であっても、党の実権を握っているのはマリ=アルカテリ党書記長である。
演説のなかでルオロ大統領は、政党同士に話し合いをして新しい多数派を形成するための時間を与えた結論としてこう述べます――「こうしてPLP(大衆解放党)・KHUNTO(チモール国民統一強化)・FRETILINの三政党が新たに国会の多数を占めることになったのだ。この36議席を占める国会の多数派は第八次立憲政府とそのタウル=マタン=ルアク首相を全面的に支持しまとまっていくことを表明した。このことは第八次立憲政府の継続とその安定を支えるものである。このことによって大統領は憲法に沿って引き続き第八次立憲政府に信頼を置き2023年までの任期をまっとうしてもらうことにしたのである」。
たたまれるかと思われた第八次立憲政府は4月下旬KHUNTOの支持を得たことで一転、多数派を確保できたことにより、ルオロ大統領はCNRT中心の連立勢力に新政府を委ねなくてもよくなり、タウル=マタン=ルアク首相率いる政府の継続を選択できたのです。
説明されなかった憲法解釈
国会の多数派に支えられるようになった現政府にお墨付きを与えるのは大統領の憲法に沿った行為であるというのはもっともらしく聞こえます。しかしルオロ大統領は論争を呼んでいる憲法解釈について言及しませんでした。二点あります。
国家一般予算案が国会で否決された場合、政党と話し合いをもちつつ60日以内に国会を解散しなければならないと一般に解釈されている憲法第86条第f項のいう「60日」という期限を大幅に超えてしまったうえでの判断だったことについて大統領は触れていません。
そしてもう一つ、第八次立憲政府が樹立されて以来閣僚候補の一部にたいする一貫した就任不承認という行為についての憲法解釈もありませんでした。憲法第106条第2項に「首相が提出する名簿をもとに大統領が政府構成員を任命する」とあり、大統領の行為はこれに違反した疑いがあります。そもそも閣僚名簿の一部にかんして任命をしないために政治的袋小路が長々と続いていることを考えれば、ルオロ大統領にはこの件について国民に大きな説明責任があるはずですが、その責任は果たされていません。
以上の二点だけでもCNRTにしてみれば、ルオロ大統領が「わたしを唯一導くのは」「東チモール民主共和国憲法なのである」といっても納得できるわけがありません。
西サハラとパレスチナの人びとに連帯を示した大統領
非常事態宣言下の荒れる政局を反映せざるをえなかったルオロ大統領による演説でしたが、演説の尾の部分で「独立回復」記念日らしい内容が盛り込まれたのは救いです。
「忘れないでおこう、国際社会が解決しなければならない長きにわたる問題があることも。わたしはここに二つのことを言及したい。西サハラとパレスチナの問題だ。東チモールは対話を通して平和的で恒久的な解決を求める」。
たとえ短くとも東チモールがこれらの問題に触れることは、西サハラとパレスチナの人びとにとって大きな励みになるはずです。
シャナナ=グズマン、野党宣言
5月19日、乱闘むなしくCNRTはフレテリン・PLP・KHUNTOによるアラン=ノエ国会議長(CNRT)の解任とアニセト=グテレス新国会議長(フレテリン)の選出を強行採決されてしまい、賛成票はフレテリン・PLP・KHUNTOの36票だけでなく、民主党5議席から4票も加わって採択されました。CNRTとその連立諸政党であるUDT(チモール民主同盟)・FM(改革戦線)そしてPUDD(民主開発統一党)は、控訴裁判所がこの件の合法性について判断を出すまではアニセト=グテレス新国会議長の選出には法的根拠がないとして国会招集には応じない姿勢を示します。
しかし控訴裁判所は、CNRTの弁護士が再提出した大統領の行為について違憲性を諮ることを要望した申請書(一度は裁判所に却下されたのちに再提出された)を含めて、国会議長の解任と選出についても、CNRT側の申し入れをことごとく却下しました。
あとがなくなったシャナナ=グズマンCNRT党首は5月23日、記者会見を開きました。シャナナ党首は司法を尊重しなければならないが控訴裁判所の判断について失望したと現在の司法にたいして不信感を表明し、大統領と政府・司法・立法の主(ぬし)が憲法・法律を踏みにじっている、国家を支えるこれら四本柱が揺らいでいると嘆きました。そしてCNRTはこれから完全な野党になると宣言をし、現政府に就いているCNRT党員の撤退を重ねて指導したのです。
裏切り者はどちら?
5月25日、アニセト=グテレス国会議長は国会を初召集しました。しかしCNRTとその連立パートナーのUDT・FM・PUDDは欠席し、民主党はというと出席しました。民主党もKHUNTOに引き続き事実上の連立撤退といって差し支えないでしょう。
2月22日、CNRTとKHUNTO・民主党・UDT・FM・PUDDの6政党は34議席をもつ新しいAMP(国会多数派)として連立調印式を行い、第九次立憲政府の成立かと思われましたが、再三述べるように、4月下旬KHUNTOがAMP離脱を表明したことで、急転直下、新AMPは多数派ではなくなり、結果、CNRTは野党宣言をせざるを得なくなってしまったのです。
5月27日、新型コロナウィル対策としての非常事態宣言延長について国会で審議・採決されました。控訴裁判所の判断に納得できないのか相変わらずCNRTとその連立諸政党は国会を欠席しました。そしてまたも民主党は出席し、5票のうち4票が賛成にまわり、国会議長の解任と選出のときと同じく賛成40票で非常事態宣言の延長が可決されました。
5月29日、ルオロ大統領は第八次立憲政府に就任する8人の閣僚に宣誓就任式を行いました。CNRT党員のいない閣僚就任式を拒む理由はルオロ大統領にありません。大統領のお墨付きに加えて、CNRTの申請を却下した控訴裁判所の判断によっても勢いづいた第八次立憲政府の再発進です。
下野することになったCNRTの国会議員がKHUNTOと民主党に裏切られたと発言しました(『テンポチモール』、2020年5月28日)。一方、民主党は政治的袋小路を打開し経済正常化に貢献するため政府を支持していく立場であることを確認しています(同、2020年6月5日)。
CNRTが裏切られたという被害者意識はタウル=マタン=ルアク首相の立場に立って想像するに笑止千万です。去年12月に2020年度国家一般予算案の再提出をCNRTによって余儀なくされただけでも屈辱なのに、再提出した予算案でさえ今年1月17日にCNRTの反対票と棄権票のおかげで否決され晒し者になったタウル首相にしてみれば、CNRT・PLP・KHUNTOの三党連立を“裏切って”潰したのはそもそもCNRTではないか、よく言うよ、と(なお、タウル首相は連立を潰したのはCNRTだが裏切りという言葉は使いたくないと1月の記者会見で語った)。
去る者、留まる者、決めかねる者
5月23日の記者会見でシャナナ=グズマンCNRT党首が示した現政府からの撤退方針にあわせて、CNRT閣僚・長官の面々が辞表を提出しました。『テンポチモール』(2020年5月28日)によると、辞表を提出したCNRT党員は以下の6名です。
・外務協力大臣のデオニジオ=バボ
・内閣長官のアジオ=ペレイラ
・教育青年スポーツ大臣のドゥルセ=デ=ジェスス=ソアレス
・行政副大臣のアビリオ=ジョゼ=カエタノ
・協同庁長官のアルセニオ=ペレイラ=ダ=シルバ
・青年スポーツ庁長官のネリオ=イザック=サルメント
なお、デオニジオ=バボは暫定的に政府にいてもよいという指導をシャナナ党首からうけていることを明かしています(『テンポチモール』、2020年5月29日)。
政府に留まるCNRT党員は以下の3名。
・暫定的に財務大臣を務めていたサラ=ロボ=ブリテス財務副大臣
・市民保護庁長官のアレクサンドリノ=デ=アラウジョ
・民族解放戦士担当長官のギル=ダ=コスタ=モンテイロ=“オアンソル”
また、去るべきか、留まるべきか、決めかねている人もいます(5月28日の時点で)。
・芸術文化庁長官のテオフィロ=カルダス
第八次立憲政府の新たな顔ぶれ
タウル=マタン=ルアク首相が5月8日、政府の閣僚を完全にするためルオロ大統領に閣僚候補名簿を提出しましたが、その後、タウル首相は仕事をしやすくするため新しい命令系統をもつ政府にするべく組織改造も加えました。目玉は二人の副首相を配置することです。第一副首相に社会連帯包括大臣でもあるKHUNTOのアルマンダ=ベルタ党首が抜擢されました。CNRTの連立から離れてくれた報奨でしょうか。
そして上述したように5月29日、第八次立憲政府に新たな立場で就任する2名と新たな構成員として就任する6名、計8名の宣誓就任式が行われました。
新たな立場で就任する2名は以下のとおり。
・フィデリス=マガリャエンス(PLP)が、国会担当立法改革大臣から内閣長官へ。国会担当立法改革省は5月25日に廃止。
・アルマンダ=ベルタ(KHUNTO党首)が、社会連帯包括大臣を兼任する第一副首相へ。
新メンバー6人は以下のとおり。
・行政大臣—–ミゲル=ペレイラ=デ=カルバリョ(フレテリン)
・農水大臣—–ペドロ=ドス=レイス(KHUNTO)
・財務大臣—–フェルナンド=ハンジャン(フレテリン)
・保健大臣—–オデテ=マリア=フレイタス=ベロ(フレテリン)
・国会担当大臣兼社会通信大臣—–フランシスコ=マルチンス=ダ=コスタ=ペレイラ(フレテリン)
・民族解放戦士担当大臣—–ジュリオ=サルメント=ダ=コスタ=“メタマリ”(民主党)
この宣誓就任式を皮切りに政府はCNRT抜きの態勢を固めていくことになります。これでタウル=マタン=ルアク首相はCNRTの束縛から解かれ、「めでたし・めでたし」となるのでしょうか。そうとは思えません。21議席をもつCNRTに入れ代わって23議席をもつフレテリンが権力側に就いただけで、政治的袋小路の根本原因は何も解消されていないのです。
青山森人の東チモールだより 第419号(2020年06日06日)より
青山森人 e-mail: aoyamamorito@yahoo.com
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://chikyuza.net/
〔opinion9822:20200608〕
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