「看板倒れ」の安倍内閣退陣へ レガシー(政治的遺産)ゼロの長期政権
- 2020年 8月 31日
- 時代をみる
- アベ岩垂 弘自民党
安倍晋三首相が8月28日に辞任を表明した。突然の辞任表明は各方面に衝撃を与えたようだが、首相に辞任を決意させた理由はいったい何だったのか。
支持率下落と政策行き詰まりで政権投げ出し
朝日新聞は「最長政権 突然の幕へ」と題する8月29日付社説で「退陣の直接の理由は、わずか1年で政権投げ出しと批判された第1次政権の時と同じ持病である。しかし、長期政権のおごりや緩みから、政治的にも政策的にも行き詰まり、民心が離れつつあったのも事実である」と論じた。
また、毎日新聞は同日付の社説で、「新型コロナウイルス感染症対策が後手に回り、政権運営が行き詰まる中での突然の幕引きだ」と書いた。
他紙も社説や解説で、突然の辞任表明の理由や背景について論じていたが、今回の事態を最も的確かつ簡潔に言い当てていたのは8月29日発行の日刊ゲンダイのトップ記事だったと私は思う。そこには、こうあった。
「無策愚策コロナ対策で求心力はみるみる低下。安倍はひと仕事終えたような口ぶりだったが、実態は内閣支持率下落と政策行き詰まりによる事実上の投げ出しなのである」
実績を伴わなかった政策スローガン
ところで、新聞各紙は安倍政権の在任中のレガシー(政治的遺産=政治的業績)をあれこれ論じている。
新聞記者をやっていたころ、記者仲間の間では「一内閣一仕事」という言葉があった。戦後政治史をながめると、歴代の内閣のうち短期で退陣した内閣を除く大方の内閣は、在任中に、良いの悪いの評価は別として歴史に残る「一つの仕事」を成し遂げてきたというのだ。
思いつくものを挙げてみると、吉田茂内閣はサンフランシスコ平和条約の締結、鳩山一郎内閣は日ソ共同宣言、岸信介内閣は日米安保条約の改定、池田勇人内閣は所得倍増計画、佐藤栄作内閣は沖縄返還、田中角栄内閣は日中国交正常化、中曽根康弘内閣は国鉄民営化、竹下登内閣は消費税導入、村山富市内閣は日本の植民地支配を反省した「村山談話」、橋本龍太郎内閣は中央官庁の再編、小泉純一郎内閣は郵政民営化……といった具合だ。
では、7年8カ月という歴代最長の首相在任期間を達成した安倍内閣はどんなレガシーを残したのだろうか。少なくとも私の脳裏には浮かんでこない。
よく知られているように、安倍内閣は在任中に次々と政策を打ち出した。まず、「憲法改正」「北方領土返還」「北朝鮮による日本人拉致問題の解決」。加えて、「アベノミクス」「地方創生」「一億総活躍」「女性活躍」「働き方改革」「人づくり革命」「全世代型社会保障」等々。
そういえば、東京オリンピツク・パラリンビックの招致にあたって、安倍首相がこんな発言をしたこともあった。「フクシマについてお案じの方には、私から保証をいたします。状況は統御(アンダーコントロール)されています」
これら速射砲のように打ち出されてきた諸政策がどんな経緯をたどったかは、もはや誰の目にも明らかだ。どれもこれも未達成か中途半端な結果に終わった、と見て差し支えないだろう。まさに、安倍内閣は、道行く通行人を引きつけるために、人目を引く看板を次から次へと取っ替え引っ替えする商店に似ていた、と思えてならない。こうしたやり方は、国民に「安倍政権はよくやっている」という「やってる感」を抱かせるうえでは効果があったかも知れない。
こうした実態だったから、一部のジャーナリズムは「(安倍首相は)通算在職日数に加え、連続在職日数も憲政史上最長を塗り替えたといっても、目ぼしいレガシー(政治的遺産)はゼロ」と決めつけている(8月26日発行の日刊ゲンダイ)。
安全保障関連法はマイナスのレガシー
安倍内閣のレガシー問題での私見を言わせてもらえば、安倍内閣はレガシー・ゼロどころか、むしろ日本にとってマイナスになりかねないレガシーを残したのではないか、というのが私の安倍内閣に対する率直な印象だ。私がそう思う最大の理由は、安倍内閣が安全保障関連法を制定したからである。
戦後この方、歴代の内閣は、「わが国は自衛権を所持するが、集団的自衛権の行使は憲法上認められない」との立場を堅持してきた。が、安倍内閣は「憲法の番人」である内閣法制局長官のクビをすげ替えることで憲法の解釈を変え、それに基づいて「限定的な集団的自衛権の行使は合憲」との閣議決定を行い、2015年9月に安全保障関連法を成立させた。これにより、米軍との共同作戦も可能となり、日本の国是である「専守防衛」が根底から揺らぐ事態となった。「日本はついに戦争できる国になった」。そんな声が、護憲派の人々の間から聞こえる。
安倍内閣が2013年に成立させた特定秘密保護法、2017年に成立させた共謀罪法も私たちにとってはマイナスになりかねない安倍内閣のレガシーではないか。
特定秘密保護法案については「何が『秘密』に指定されるかの範囲があいまい」「国民の知る権利が侵害される恐れがある」「内部告発がしにくくなる」などの声が挙がった。共謀罪法案についても「思っただけ、計画を立てただけで処罰される恐れがある」との指摘があった。どちらの法案も、世論調査では「反対」の方が多かった。しかし、安倍内閣は審議を強行して成立させた。両法とも民意を無視しての制定だった。民主主義が踏みにじられたのである。
生きていた「おごれる者は久しからず」
「日本社会が目指すべき目標は、護憲・軍縮・共生である」と考え続けてきた者にとっては、なんとも長い「7年8カ月」であった。2018年9月に安倍首相が自民党総裁選で三選された時以来、私は、おごれる者は久しい、と思うようになった。が、やはり、「おごれる者は久しからず」という格言は生きていた。
この7年8カ月の間、私はおびただしい人々と出会ったが、「安倍さんはよくやっている」と讃えた人には1人も出会わなかった。安倍首相の辞任表明に、心の中で「快哉」を叫んだ人も少なくなかったのではないか。
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