フランスでも脱原発望む人が77% -“想定外”の「福島第1」事故の余波-
- 2011年 6月 12日
- 評論・紹介・意見
- フランス伊藤力司脱原発
[パリ共同](6月)5日付フランス週刊紙ジュルナル・デュ・ディマンシュが公表した世論調査によると、同国の回答者の77%が、原発を即時もしくは段階的に廃止すべきだと考えていることが明らかになった。電力需要の8割近くを原発が担うフランスで、これほど脱原発の機運が高まったのは異例。脱原発団体のスポークスマンは「世論は、福島第1原発事故を受けて明らかに原発の重大なリスクを意識している」と述べた。
読者のみなさんも多くの方がこの記事に目を触れられたことと思う。ここに書かれているように電力の8割近くを原発に依存している“原発依存症”のフランスで、こんな世論調査の数字が出るとはかつてフランスで暮らしたことのある筆者にとってはまさに驚きであり、「チェルノブイリ」級スケール7の「福島」の事故の重大さにあらためて打たれた。環境保護運動の強い隣のドイツではかねてから脱原発の動きは強かったし、今回ドイツのメルケル政権は2022年までに原発を全廃する方針を決めた。しかし「核先進国」を自認するフランスでは、脱原発派はこれまで伸び悩んできた。
人口6400万人と日本の半分、国土面積54万4千平方キロと日本の1・4倍のフランスには原発が58基(日本は54基)もある。ご案内のように核兵器で武装し、原子力空母も保有する原子力大国であるフランスは、20世紀の原子物理学を開拓したキュリー夫妻を今も誇りに思っている。第2次世界大戦中にナチス・ドイツに国土の半分を占領された屈辱。その間ナチスに追われてヨーロッパを逃れたユダヤ系の学者を擁した米国に、原子力開発で後れを取ったのを取り返そうとした20世紀後半、サハラ砂漠やムルロア環礁など植民地での核実験という拭えない汚点も残した。そういうフランスはこれまで、自国の原子力開発に基本的に誇りを持ってきた。
第2次大戦後のヨーロッパで環境保護運動が最も活発だったドイツでは、その中核を担った緑の党が1998年の総選挙を経て第1党の社会民主党(SPD)と連立政権を組んだ。SPDのシュレーダー党首を首相に、緑の党のフィッシャー党首を副首相兼外相にしたこの連立政権は2002年に、2020年ごろまでに17基の原発を順次廃炉にする脱原発方針を決定、連立与党多数の連邦議会もこれを議決した。2005年から09年まで続いたメルケル党首のキリスト教民主同盟(CSU)とSPDの大連立政権ではこの脱原発方針が維持されたが、09年総選挙の結果CSUと自由民主党(FDP)による中道右派連立内閣ができると、メルケル首相は原発回帰に舵を切った。
すなわちメルケル中道右派連立政権は発足から1年後の昨年9月、シュレーダー中道左派連立政権がつくった「脱原発法」を改正し、17基の原発の稼働年数を平均で12年間、比較的新しい原発では2036年ごろまで延長する方針を打ち出した。これにはSPDや緑の党はじめ環境運動各派からの激しい反対運動が沸き起こったが、同10月連邦議会はこれを可決した。これには環境派からの反発が続き、さらに東日本大震災直後の3月27日に行われたバーデン・ビュルテンベルク州議会選挙でCDUは大敗、SPDと緑の党が躍進した。さらに5月22日のブレーメン州議会選挙では、CDUがSPD・緑の党連合に惨敗した。2つの州議会選挙で敗れたメルケル首相は5月30日、2,022年までに国内原発を全廃するとの方針を発表した。「福島」以後も原発回帰のままでは13年総選挙が戦えないと見越したための決断だったといわれる。
さて一方のフランスのサルコジ大統領は3月31日、原子力災害対策の世界ナンバー1を自認するアレバ社の社長を伴って初めて来日した。前任者のシラク前大統領は熱烈な相撲ファンということもあって公式非公式に毎年訪日していたが、サルコジ大統領はこれと対照的に就任後4年間、訪日を避けてきた。そこへ降って湧いたように福島原発大事故。放射能に汚染された建屋の中で活動できるロボットやら、放射能汚染水の除去のノウハウなど原子力災害対処で定評のあるアレバ社の社長以下、同社の技術者チームを率いての訪日であった。事故対策に核先進国フランスのノウハウを全て提供すると、おいしい言葉を菅首相に伝えて僅か1泊で帰国した。
そのサルコジ大統領は5月26・27日、フランスはノルマンディー海岸のドービルで開かれた先進8カ国(G8)首脳会議で、議長として「福島」後の原発問題を取り仕切り、原子力平和利用の安全基準の強化を訴えたドービル宣言を取りまとめた。集まった8カ国のうちドイツとイタリアが脱原発、アメリカ、イギリス、フランス、ロシアが安全基準を強化しながら、原子力平和利用つまり原子力発電を続ける方向を明らかにした。日本の菅首相は他の参加7カ国の同情と激励を浴びながら、原発続行とも脱原発とも明確にしないまま福島第1事故の収束に全力を尽くすことを約束してドービル・サミットから帰国した。
さて20世紀末、にわかに世界的問題となった地球温暖化対策の切り札であるかのようにもてはやされた原子力発電。「原子力ルネッサンス」とまでも持ちあげられた原発ブームは、「福島第1」の衝撃で急速に冷凍された。あの原発大国のフランスでさえ77%の市民が脱原発を支持するという時代なのである。ここで冒頭に掲げた[パリ共同]電の後半部分を以下に再録してみよう。
「6月1~3日にフランス全国の有権者1005人を対象に行なわれた調査によると、原発を即時停止すべきだとした回答は15%。25~30年かけて段階的に廃止すべきだとの回答は62%に上った。原発継続派は22%にとどまった。「福島第1事故」直後の4月調査では、即時廃止が19%に上ったものの、段階的廃止は51%で、脱原発派は合計70%だった。
以上の数字を見てもらえれば事態は明明白白、キュリー夫妻以来原子力に未来の夢を託したフランス人も原子力の持つ負の側面にようやく気付いた。それでもサルコジ大統領に代表される原子力利用推進論者は、原子力利用に安全基準を高めて原発を今後とも一層推進する構えである。フランス以上に原子力大国であるアメリカのオバマ大統領も、脱原発ではない。むしろ安全基準をより厳しくしながら、原子力発電を全世界に広げることを選択している。菅内閣を継ぐ次の内閣をどう選ぶのかが当面の焦点である日本は、原発を続けるのか脱原発に踏み切るのか、重大な岐路に差し掛かっている。
原発による電力に依存してきたフランス人でさえ77%が脱原発という数字と、最近の世論調査で過半数が脱原発を望むと回答した日本人。菅政権を引き継ぐ政府に脱原発を迫るのか、それとも日常的に歌い継がれる「やまと」日本人は、一定の原発依存を続ける以外に選択肢はないのか。原発に依存してきたフランス人が、今や日本人の意見を素直に聞きたいのであろう。
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