アメリカのリベラルから見た安倍政権の評価
- 2020年 9月 6日
- 評論・紹介・意見
- ちきゅう座会員野上俊明
安倍首相の辞任表明後、安倍政権7年8か月の評価がいっせいに出始めました。われわれリベラルや左翼の評価が厳しいのは当然ながら、ただ気になるのは朝日新聞の世論調査で安倍治政を評価するとしたのが、71%もの高さを示したことです。コロナ禍と病気による辞任―真偽はどうであれ―という状況下での世論調査だけに何らかの留保・割り引きが必要―ご祝儀相場ならぬお見舞い相場―にしても、われわれには悪政の連続としか見えなかった安倍政権にこれだけ世論が好意的な反応を示したことは、一見不可解であり、真剣な現状分析が必要だと思われます。
そして同様に私が驚いたのは、ニューヨーク・タイムズ(電子版)の9/2の論説でした。ニューヨーク・タイムズはアメリカにおけるリベラル世論の代表格だと思っていただけに、全体的に安倍政権の長期支配のレガシーを高く評価している編集委員会editorial board名で出された論説には驚きを禁じえませんでした。国際的なリベラルな見識といえば、かつてドイツのメルケル首相が訪日の折朝日新聞社で行った講演を思い出します。安倍政権の反動的な体質への深刻な憂慮とリベラル・ジャーナリズムへの励ましを内容とするもので、メルケルが東独出身という経歴もあって深く印象に残りました。ところがニューヨーク・タイムズの見解は、国際的なリベラルな論調ということで一括りにできるようなものでは到底ないことがわかりました。以下、その論旨を要約して諸兄の御賢察に供したいと思います。
安倍政権の業績は、ます長期の安定政権を維持しえたこと。そして与党自民党に対する確かな支配力を利用して、日本に決定的に必要とされる、成長、雇用、企業収益、女性参加、移民政策の導入など多くの経済的および社会的改革に着手したことだとする。さらに安倍首相は、日本が自国の防衛に一層の責任を負うこと、そしてトランプ大統領が手を引いた後に、欧州連合や環太平洋パートナーシップに留まっている国々と自由貿易協定に署名することにより、日本は「通常の国」である必要があるという考えを前進させ、また安倍首相は一貫して北朝鮮を抑制する必要性を強調したこと。 彼はまたトランプ氏との親密な関係を維持する数少ない外国の指導者のひとりになり、「猛烈なドナルド・トランプが、日米関係に大混乱をもたらすのを防いだ」(Japan Times)という。
たしかにコロナウイルス禍はアベノミクスの成果を大部分消滅させ、彼の支持率も最低まで落ち込んだ。安倍首相は緊急に必要とされる改革を始めたが、それらを終わらせられなかった。しかしそれはすべてが彼のせいというわけではなかった。コロナ禍はほとんどの世界の指導者たちの最善の策を弱体化させた。安倍首相は先進国のなかで最も保守的な企業と社会の習慣や障害のいくつかに直面した。 (その障害の一つであるーN)平和主義は、第二次世界大戦での日本の敗北以来、中心的な指針となる原則である。しかし次なる後継者は、安倍首相の青写真を踏襲し、商業、ジェンダー、移民政策における日本の牢固とした習慣に挑戦し、戦後の平和主義の誓いから離れ、中国を封じ込め、世界の平和維持活動に参加する上でより積極的な役割を果たす可能性が高い。
なるほど安倍の後継者は巨大な課題に直面するであろう。高齢化と人口減少、経済の規模と比較して先進国で最大の債務、そしてパンデミック禍による経済の収縮。 女性は依然として雇用または賃金の平等から遠く離れており、労働者の移入は依然として困難。悪の安倍後のシナリオは、政治的不安定の復活であり、それは必然的に官僚国家とそれに伴う停滞を強めることになるであろう。しかし依然として世界で三番目に裕福な国である。安倍首相の築いた変化の遺産を踏襲して、次の指導者は国を導くことになろう。
ほとんど安倍賛美ともいえる内容ですが、世界的安全保障体制における日本の役割―積極的平和主義―への期待感は、おそらく保守、リベラル問わずアメリカのエスタブリッシュメントの意向の反映だと思われます。ニューヨーク・タイムズの安倍評価に照らしてみるとき、われわれがなすべきことがよりいっそうはっきりしてきます。外交・安全保障問題とともに、いま問われているのは、安倍後継政権と対峙すべく、分権化を軸にした日本の権力構造の改革、産業構造・エネルギー構造の転換、財政・税制・金融や社会保障体制の改革と再構築等、コロナ後を見据えた青写真をつくりあげることができるかどうかです。野党側が政府に対抗して未来設計の青写真を国民に示し、多数の同意を勝ち取る闘いに積極的に乗り出していけるかどうか、その岐路にわれわれは立っているのでしょう。
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〔opinion10088:200906〕
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