被告人代理
- 2020年 12月 30日
- 評論・紹介・意見
- 藤澤豊
「気味が悪いと言われても」の続きです。
ジェコインスキーから呆れたメールが届いた。言いにくい内容のメールにかぎって、さしたる意味のない文章が並んでいる。日本語ならまだしも英語でそんなメールを貰うと、読んでいるうちに迷子になってしまって、なにを言ってきたのかに気づくまでが一仕事になってしまう。後ろめたさまであると、迂遠な言い回しの度がすぎて、まるで入試の長文読解のように謎解きもどきになることさえある。面倒くさいが内容を確認することもなく、目は通しましたとゴミ箱に放り込むわけにもいかない。バッサバッサと枝葉を切り落として幹だけにする感じで、余計な文章やとって付けたような能書きを外していった。残った幹の厚化粧も削ぎ落として真っ二つにしてみれば、ふざけるな馬鹿野郎という内容だった。
「アーカンソーのH鋼圧延のプロジェクトミーテングが神戸のエンジニアリング会社で開かれるんだけど、手が空かないから一人で行ってきてくれ」
何を都合のいいこと言ってるんだと半分以上腹をたてて、担当者がこないでどうするんだと押し返したが、都合がつかないを繰り返すだけで埒が明かない。
細かなことは知らないが、遅れに遅れて泥沼化しているのは聞こえてきていた。都合がつかないんじゃない。ミーティングでつるし上げをくうのが怖くて来ないだけとしか思えない。
事業部と日本の重電メーカのアメリカ支社が組んで受注に持ち込んだプロジェクト、舞台はアメリカで日本支社はからんでない。客先が日米合弁会社だったから、何かの時には使いっぱしりをさせられるかもしれないと思っていたが、状況の説明もなしで行ってこいはないだろう。
そもそも、出先の一営業担当がハンドリングできるようなプロジェクトじゃない。一枚の注文書で十億円を優に超えるACの新記録を打ち立てたはいいが、譲歩に譲歩を重ねて無理して取っただけに、客に押し付けられたスケジュールを守れるとは到底思えなかった。起きるべくして起きたことで、すべての責任は話をまとめたジェコインスキーにあった。日本の重電メーカの本社もアメリカ支社任せで、外注先のような立場におかれていた。それだけ、重電出のアメリカ支社副社長が実力者だということなのだろうが、出先でできることには限りがある。何かあったときに本社の支援がないと、どうにもならなくなる。
漏れ聞こえてくることから、日程など受注したときから崩れていたんだろうと想像していた。関係各社の全てに何らかの責任はあるものの、問題の根源は日米のエンドユーザがケチ(他に言いようがない)で、プロジェクト全体をまとめる立場のプライム・コントラクター(プロマネ)を置かなかったことにある。プロジェクト全体はベンダー同士で話し合って……。言うは易く行うは難しを地で行く話で、素人でもあるまいし、何を考えているんだと呆れて外野から見ていた。プロジェクト全体を統括するプロマネなしでH鋼の圧延ラインを立ち上げられるのなら誰も苦労はしない。
ベンダー各社は自社の分掌をできるだけ狭く引いいて見ようとする。それでなくても利益がでる可能性が殆どないところまで押し込められての受注、誰も(善意で)他のベンダーとの境界線のところまで出てゆこうとはしない。下手に出て行けば、グレーの境界線を出ていった側にずらされる可能性がある。
ちょっと大きなプロジェクトになれば、ベンダー間に空白が出ないよう各社の分掌と協力関係をきちんと調整して、プロジェクト全体に責任をもつプロジェクト・マネージメントのベンダーを置くのだが、それがいない。プロマネの必要性を理解し得ない、あるいはしようとしない人たちにプロマネの仕事などできるわけがない。圧延ラインを使うのと作るのでは必要とされる知識の種類が違うことぐらい十分分かっているだろうが、面倒な実作業は他人に押し付ければいいという吝嗇文化がそれを遥かに上回っていた。要らぬお節介だが、その他人にという文化、社内における他人にもあるんじゃないかと怖くなる。
ジェコインスキーとメールで押し問答をしたが要を得ない。プロジェクトの進行状況をいくら聞いても話がみえない。自分に都合のいい勝手なゴタクにしか聞こえない。進捗などほとんどないのだろう、まともなことは何も言ってこない。
聞いている限りでは、誰も彼もが遅れの責任を他のベンダーに押しつけて、自己保全のごまかしを言っているとしか考えられない。これ以上何を言ったところで出てくるのは、ごまかしとウソだけと見切った。見切ったはいいが、確かな情報もなく、何も分からずにつるし上げをくいに行くのは、よほどの馬鹿かお人よししかいない。ケチなエンドユーザに負けず劣らずの機械ベンダーの海千山千のオヤジ連中と一人でどう渡り合うか。いくら考えたところで妙案などでてきやしない。
機械ベンダーの神戸事業所に行くしかない。社名がケチのKで始まる重機械メーカで、東南アジア向けのセメント工場のプロジェクトでなんども見積りさせられてきた。どこに行っても必ずルクセンブルクのFL Smithに負けてきた。まさかルクセンブルクの会社に日本を代表する大手重機械メーカがかなわないなど、想像したこともなかった。見積もれば、一に値段二に値段、値切りの話ばかりで、技術面の検討なんかありゃしない。引き合いなんかもらっても、見積を出す手間暇がもったいない。
できれば行きたくない。行ったところで、実務を担当している米国の事業部の関係者抜きで何ができる訳でもない。数日の時間はあったが何の準備もしようがない。何もなしで、ぐちゃぐちゃになっているプロエジェクトのミーティングに出席しなければならない。ミーティングにでれば欠席裁判のようなかたちでプロジェクトの遅れの責任を押し付けられて帰ってくることになる。行きたくないが行かない訳にもゆかない。袋叩きにあったところで殺されやしない。なんとでもなる、してやるわと覚悟を決めて出かけた。
守衛所で要件を伝えた。何度来てもここの守衛の態度には慣れない(し慣れたくもない)。防衛関係の仕事をしていることもあるからなのか、映画で観る戦前の公安警察のような「おいこら」口調にうんざりする。
プロジェクトのマネージャーの内線を回して、誰かに会議室だといわれたのだろう。会議室に電話はいいが、なんだその媚びた口のきき方は。まるで相手が目の前にいるかのようにペコペコお辞儀している。いい年したオヤジが普通に話はできないのか。受話器を置いて、別人としか思えないそっくり返った格好で偉そうに言われた。
「ミーティングが開かれている会議室に行ってドアの外で待ってるように、案内の女性がくるから」
ラミネートの傷んだ地図を持ち出して、痴呆老人に説明するかのように、どこの横断歩道を渡らなければならないかまで聞かされた。まるで免許更新のときに安全講習のような話で、聞いているだけで疲れる。初めてじゃないからどこをどう行けば会議室にたどり着けるのぐらい分かるとも言えない。ぐちゃぐちゃ言ってないで、早く終りにしろと思いながら聞いていた。
節電で蛍光灯を間引いた薄暗い埃っぽい廊下を歩いていった。部屋の外で待ってろはいいけど、腰掛ける椅子もない。案内の女性が来るのを待ったが、いつまで経っても来ない。何度ももう帰ってしまおうかと思ったが、神戸くんだりまで来て空手で帰るのも癪に障る。ここまで小馬鹿にされて、もう帰るか……。
ぐずぐずしていたらノー天気な女性がスリッパをパタパタさせて歩いてきた。それはそうだろう、経緯もなにも知らないんだから。どうぞって感じで会議室のドアを開けてくれた。
開いたドアから会議室に入ってドアを閉める間もなく、部屋の一番奥の座長席に座っている大柄なオヤジの怒鳴り声が飛んできた。
「バカヤロー」
一瞬びっくりしたが、いつものことで驚きゃしない。困ったヤツほどよく騒ぐ。問題を解決する能力のないヤツにかぎって、振ったところでどうにもならない権力を笠にして怒鳴る。
アメリカの電炉屋からも来て、総勢三十人くらいのミーティングだった。会ったことのある人は数えるほどしかいない。軽く頭を下げて自己紹介した。本来米国の事業部の責任者が出席させて頂くところを、使いの者で申し訳ないと言い終わる前にまた怒鳴られた。
「何しに来たー」
煩い、この痴れ者が。それだけの元気があるなら仕事でもしてろと思いながら、つとめて涼しい顔でスルッと言った。
「何しに?」
ちょっと間をおいて、言葉をきってゆっくり言った。
「状況把握と今後の作業の確認にきました」
事業部の使いできただけだ。あんたらがアメリカで決めたことで、日本支社はこのプロジェクトに関わっていない。
始めからできっこない日程を立てて、今頃なって、ごちゃごちゃになったからって、誰に向かって言ってんだ。文句があるなら自分に言えと思いながら、呆れた面々をざっと見わたして冷静に大きな声で言った。
「プロジェクトの遅れが問題。遅れの原因はいろいろあるでしょう。原因を追求して問題を解決しなければと思います。でも問題の原因をはっきりしても問題が解決するわけじゃないでしょう。いまさら過ぎたことをああだのこうだのいったところでなにがどうなるわけでもない。あるのは先だけ、ここから苦しい状況を一つでも、二つでも改善するしかないでしょう。愚生に怒鳴っても怒っても殴っても蹴っても、なにも改善しない。状況を改善するために弊社がしなければならないことを整理、確認するために来ました」
怒鳴る元気があるなら、さっさと仕事をしろ。お前みたいな体育会系のつっぱりで仕事をしてるから、日本が良くならないんだ。分かってんのか馬鹿野郎。なにか文句はあるかって、ひと息ついて続けた。
「弊社に用はない、帰れとおっしゃるのであれば結構、帰らせて頂きます。後はあなた方の責任でプロジェクトを継続されればいい。アメリカにはそのように報告しておきますから……」
自分でもよくしゃあしゃあと言ったものだと思う。進捗状況も知らなければ、何の情報もなしで、来なきゃならないから来ただけのミーティング。何か持っているように見せるために見栄を張らなきゃ潰される。だらしない計画が予定通り進まない。あたりまえじゃないか。起きるべきして起きたことが起きてるだけなのに、何をバタバタ騒いでるんだ、痴れ者が。冷めた目でみれば、どいつもこいつも群れているだけで大した能があるようには見えない。
機械屋がいくら偉そうなことをいったところで、制御屋がいなければ、「頭」がなくて、動かない機械構造物という「置物」までしかつくれない。ああだのこうだの能書きたれるんなら、こっちに言ってこないで自分たちで「頭」をつくればいいじゃないか。
会議が再開してちょっとしたら、エンドユーザの役員がそっと席を立ってこっちにきて、無言で廊下に出ようといってきた。なんのことかと廊下にでて、部屋から数メートル離れたところで、丁寧な自己紹介に続いて、なにを言いだすかのと思えば、
「今日は、忙しいところこんな会議で足を運んでいただいて、申し訳ない」
機械ベンダーのプロマネの失礼を詫びたうえで、硬い口調で、
「プロジェクトの遅れの挽回に、どうしても力をお借りしたい」
「これはエンドユーザのプロジェクトの責任者として個人的にもお願いしたい……」
それ以上の話を遮って、
「そのために今日こうして来てる訳で、お願いされるようなことじゃないですよ。お願いされようがされまいが、できる限りのことはさせて頂きます」
「ところで東芝はきてないんですか」
会議室で見た限りでしかないが、制御システムのパートナーである東芝から来ている人がいるようには見えなかった。
えっという顔をして、言いにくそうに、
「東芝アメリカと御社のプロジェクトで東芝本体は関与してないから、会議に行っても何のお役にも立てませんと断られました」
なんだそういうことか、ジェコインスキーになんども東芝はどうなんだと聞いたが、はっきりしたことを言わなかった訳が分かった。ふざけやがって、オレ一人かと呆れたが、誰が来たところでなんの役にもたちゃしない。機械の操業仕様さえはっきりすれば後は時間の問題でしかない。機械構造物を造るのに比べれば、アプリケーション・プログラムの開発にかかる時間は知れている。こっちに進捗をどうこう言ってくる前に、あんたら、制御システムの開発要求をきちんとよこしてるのか?と訊きたくなったが止めた。
下手に話に入っていって足抜けできなくなっても困る。プロマネにからんだが最後、泥沼のプロジェクトに足をとられて、市場開拓どころではなくなる。怒鳴られたって痛くも痒くもない。大人しく時間になるのを待ってればいい。ジェコインスキーに報告するようなこともないだろうし、後はあんたらが勝手にやればいいことで、オレには関係ない。
一年ちょっと経って、めちゃくちゃなプロジェクトもやっと片付いたと思っていたら、今度はタイのコングロマリットとの合弁事業で、またその役員と腹心の課長から応札の前段階から頼まれごとで右往左往するはめになった。散々手は尽くしたがドイツのエンジニアリング会社の力仕事に負けた。受注したかったが、正直負けてよかった。アメリカでのプロジェクトと同じで、プロマネがいない。めちゃくちゃになったアメリカのプロジェクトと同じ考え、体制で似たような泥沼になるのが目に見えていた。それも前回とちがって、合弁相手はタイ。アメリカの時のようにはいかない。
ケチが高じて、何でも他社に押し付ければいいという企業文化で固まっている。問題を作ったのは自分たちなのに、相手が作ったものだと思っている。相手が作った問題だから相手に解決してもらって、それがあたりまえだと思っている。
見た目のコスト削減の誘惑からだろうが、どこでもなんでもかんでも他人に押し付けるビジネス・プラクティスがあたり前になっている。頭の乱視が進んで、見えたまでのコストに右往左往して、稚拙な、あるいはないに等しいプロマネ。見た目がいつまでも続くわけでのあるまいし、いつかは気がつくだろう。
と悠長なことを言ってられることばかりならいいのだが、誰かが作ったぐちゃぐちゃの処理で四苦八苦しているところに、次のぐちゃぐちゃが転がってくる。パチンコじゃないが、どこの穴にも入らないから(誰もとらないから)一番下の穴に落ちてくる。
もらった注文すらまともに処理できないところに次の注文などきやしない。そんなところで新規市場開拓?できれば外野でビールでも飲みながら観戦と行きたいが、キャリア組でもあるまいし、そんなことをしていたら、先々必要とする勉強ができない。泥沼の戦場に行ってみなけりゃわからないことがある。
2016/7/10
Private homepage “My commonsense” (http://mycommonsense.ninja-web.net/)にアップした拙稿に加筆、編集
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://chikyuza.net/
〔opinion10422:201230〕
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