青山森人の東チモールだより…東チモール版のロックダウン、セルカサニタリア
- 2021年 3月 15日
- 評論・紹介・意見
- 青山森人
危機管理統合センターの活動再開
2021年2月1日、タウル=マタン=ルアク首相は危機管理統合センターの活動再開を検討しはじめました。
「危機管理統合センター」とは、去年の3月、迫りくる新型コロナウィルスの脅威に対処するために設置された政府機関です。2020年5月と6月に感染者が出なかったことをうけて非常事態宣言が解除されたことに伴い、同センターは解散されました……とわたしは「東チモールだより 第421号」で書きましたが、「解散」という表現は誤りのようです。なぜなら、「タウル=マタン=ルアク首相は、危機管理統合センターのセンター長であるアルク陸軍准将を呼び、同センターの活動再開の可能性について検討した」と『インデペンデンテ』(電子版、20212年月1日)は報じているので、「解散」ではなく「活動休止」が正しい表現かと思われます。
そして2021年2月2日、タウル=マタン=ルアク首相は危機管理統合センターの活動を再開させました。去年3月での同センターの役割は、学校の一斉休校、公務員の自宅待機、外国人の入国禁止、西チモール(インドネシア)と接する国境管理の強化、東チモール人帰国者の一時隔離、隔離施設の設置などなど、東チモールが初めて直面する事態に対応し、新型コロナウィルスにかんする情報発信を頻繁に行う態勢を整えることでした。去年6月以降、情報発信は保健省に引き継がれています。
さて、陸続きとなっている西チモールと東チモールとの国境を不法に出入国する人たちが依然として続出しています。ということは、インドネシアで新型コロナウィルスに感染した人が検査を受けることなく東チモールの村落を往来しているかもしれません。その可能性があれば、東チモール国内で市中感染あるいは集団感染さえもが発生している可能性も否定できません。このことと、西チモールで新型コロナウィルスの感染状況が深刻になっていることを鑑みて、政府は危機管理統合センターを再稼働させました。したがって今回の危機管理統合センターが重点化するのは、西チモールと国境を接するコバリマ・ボボナロそして飛び地のRAEOA(オイクシ/アンベノ特別行政地域)の三地方です。
増加する感染者
2021年2月と今月3月途中までの登録された新規感染者数とその日付を以下に示します。カッコ内の数字は去年3月からの陽性反応者の累計数です。
【2021年2月】
2日=5人(75)、3日=2人(77)、4日=3人(80)、
9日=6人(86)、11日=14人(100)、13日=1人(101)、
14日=1人(102)、18日=1人(103)、23日=4人(107)、
24日=2人(109)、25日=1人(110)、27日=1人(111)、
28日=2人(113).
【2021年3月】
5日=6人(119)、7日=3人(122)、8日=7人(129)、
9日=13人(142)、10日=3人(145)、11日=14人(159)、
12日=11人(170)、13日=8人(178)、14日=18人(196).
2月5日、コバリマ地方・主都スアイから首都デリ(Dili、ディリ)へ感染者が搬送されました。この人は1月22日に西チモールから東チモールに入った人で、25日に検査をしたところ陰性でしたが、14日間隔離された後、2月4日に再検査をしたところ陽性反応が出ました(『テンポチモール』、2021年2月5日)。この記事にはこの人が不法入国者であるかどうかは明記されていませんが、これは東チモール南部のコバリマ地方で市中感染が発生しても不思議ではないことをうかがわせるに十分な出来事といえます。
西チモールの地方都市アタンブアに近い東チモールのボボナロ地方は首都デリとは比較的近く、首都の医療態勢に連絡しやすい位置関係にありますが、南部のコバリマ地方は首都から遠く、長い山道である陸路の移動はたいへんなことです。その山道を想像しただけでわたしは車酔いしてしまいます。せっかくコバリマ地方の主都スアイに「タシマネ計画」(南部沿岸地域の大規模開発計画)のために空港を建てたのだからこれを利用しない手はないと思うのですが、報道を見るかぎりでは空路は利用されていないようです。何のための巨額の投資だったのかとガックリします。
次に、前号の「東チモールだより」と一部だぶりますが、記録され始めた2020年3月から2021年2月までの陽性反応者の月毎登録数を見てみましょう。
【2020年】
3月=1人
4月=23人
5月=0人
6月=0人
7月=0人
8月=3人
9月=1人
10月=2人
11月=0人
12月=14人
【2021年】
1月=26人
2月=43人
3月=83人(14日現在で)
このように、今年に入ってから感染状況が悪化していることが一瞥できます。2月の新規陽性反応者数の多さが突出していると思いきや、3月半ばで2月の数字をあっさり超えてしまいました。
まずは地方をロックダウン
2月15日、政府閣議は、ボボナロ地方とコバリマ地方をロックダウンし、これら二地方から他の地方への、また他の地方からこれら二地方への人の流れを(必要物資の流れは例外として)原則禁止する決定をし(『テンポチモール』、2021年2月15日)、16日から警察による道路封鎖が始まりました(同、2021年2月17日)。
日本語で「都市封鎖」と訳されるロックダウン。ポルトガル語でcerca sanitária、テトゥン語でserka sanitária、【セルカサニタリア】、直訳すると「医療上の囲い込み」とでもなりましょうか。
セルカサニタリアと同時に保健省は、西チモールに接する三地方で2月15~16日から、新型コロナウィルスの集団検診を始めました(『タトリ』、2021年2月16日)。また教育青年スポーツ省はこの三地方における93校の一斉休校を決定しました(『インデペンデンテ』、2021年2月18日)。
危機管理統合センターのチームはコバリマ地方の国境状況を視察したところ、八つの村落が密出入国のしやすいところであり、不法入国者が西チモールから新型コロナウィルスの感染を持ち込む可能性があることを確認しました(『タトリ』、2021年2月15日)。なお、国境警備にあたっている軍と警察の合同部隊は2月10日から16日の間、西チモールから不法入国した17人(*)を拘束しています。
(*)17名の内訳を『タトリ』(2021年2月16日)では「外国人女性1名、16人の東チモール人学生」と報じているが、『テンポチモール』(2021年2月17日)では17人が東チモール人留学生と報じている。なお、東チモール人留学生たちのインドネシア査証が切れていたと報道されている。査証問題がかれらをして密入国せしめていると思われる。
2月16日、さらに2人の不法入国者が出ました。西チモールの国境の町・アタンブアで母親の葬儀に参加して〝帰国〟したところコバリマ地方の国境警備隊に拘束されたのです。国会の分科会で外交・防衛・治安を担当するB委員会の委員長である与党・フレテリン(東チモール独立革命戦線)のソモツォ議員は、この2人の行動を不謹慎で無責任と非難しました(『テンポチモール』、2021年2月18日)。
軍と警察は24時間態勢で国境の警備にあたっているが不法出入国が新型コロナウィルスの感染を広げる行為であることを住民は真剣にとらえていないと、危機管理統合センターのアルク陸軍准将が語っています(『テンポチモール』、2021年2月21日)。
おそらく東チモールと西チモールとのあいだの不法な往来は、地元住民にとって違法と知りつつも半ば常態化していたのかもしれません。東チモールでは都市部と地方村落との情報格差が大きく、政府はその格差を縮めるべく地方住民に現状を丁寧に説明することが必要です。アルク陸軍准将やソモツォ議員など、かつて東チモール民族解放軍(FALINTIL)の司令官の地位にあった指導者たちは、対新型コロナウィルスの危機管理にあたって、不法入国者たちを一方的に非難するのではなく、かつての解放軍のように住民との対話を重ねる粘り強さが求められているとわたしは思います。
集団検診、そして市中感染の確認
2月18日、タウル=マタン=ルアク首相はルオロ大統領との会談後の記者会見で、ボボナロ地方とコバリマ地方において新型コロナウィルスの集団検診が始まったことについて言及しました。「市中感染があるか、ないかを確かめるため」と首相はハッキリとその目的を述べています(『テンポチモール』、2021年2月18日)。感染が発生したと疑われる場所を封鎖して集団検診を行うという姿勢を日本の政府は見習ってほしいと思うのはわたしだけでしょうか。
集団検診の様子をニュース映像で見ることができます。長い綿棒を鼻・口のなかに入れるPCR検査です。検体は首都に運ばれ検査されます。
コバリマ地方の国境沿いの地域ティロマール(Tilomar)とファトゥメアン(Fatumean)で、2月16日から19日にかけて368人の検体が採取されました(『タトリ』、2021年2月19日)。ファトゥメアンの住民は4286人と報じられていますので、だいたいの母数が推測されます。また翌日の報道では、コバリマ・ボボナロ・RAEOAの三地方全体で1356人の検体が採取され、このうち994検体がすでにデリに送られ、718検体が陰性で、276検体が結果待ちとのこと(同、2021年2月20日)。
また2月23日、ボボナロ地方の主都マリアナで保健省は記者会見を開き、ボボナロ地方で22日まで1292の検体を採取し、1001が陽性と判明、残りは結果待ちであると発表しました。
ロックダウンをし、集団検診を実施して、上記のように市中感染は確認されない朗報が続きました。このままいってほしかったのですが、2月23日、コバリマ地方・ファトゥメアンの村落で4人の市中感染者が確認されました。新型コロナウィルスの感染症状が出ている1人がまず陽性と判明され、その人の家族13人と近所の人たち16人を調べたところ3人に陽性反応が出たのです。2月20日に採取された検体から判明し、不法入国者を介して感染したと思われ、感染経路をつきとめ、検体を分析していくと、危機管理統合センターのルイ=マリア=デ=アラウジョ医師(元首相)は記者会見で述べました(『インデペンデンテ』、2021年2月23日)。
市中感染が確認されたことで、東チモールは新たな段階に突入したといえましょう。
首都圏のセルカサニタリア、感染を封じ込め!
2月24日、コバリマ地方で症状が無い2人の市中感染者が確認されました。不法入国者が感染を持ち込んだと思われる……とルイ=マリア=デ=アラウジョ医師は記者会見で述べました。さらに25日、コバリマ地方でまた1人の感染者が確認されました。
そして28日にコバリマ地方でさらに2人の感染が確認されました。この2人はすでに感染者となったスアイの農業相談員の濃厚接触者であり親戚です(『タトリ』、2021年3月1日)。3月5日、同地方でさらに4人が確認、すでに感染が確認された人の濃厚接触者です(同、2021年3月5日)。
このように市中感染が拡がりをみせているということは、世界的にそうであるように東チモール国内にも無症状の感染者がいると考えてよさそうです。
3月1日、11回目の30日間の非常事態宣言が3月4日に発令される(4月2日まで)ことが国会で可決されました。しかし市中感染の段階に入ったいま、〝通常〟の非常事態宣言では不十分です。3月、首都ディリのタシトゥールで2名の感染者が確認されたのですが、このことは国境を接する地方だけでなく首都とその周辺にたいしても危機管理を重点化する必要があることを示しています。
そこで政府は3月8日、3月9日~15日の7日間、ディリ地方へ入ることはできるが、ディリ地方を出ることを禁止するという東チモール版の都市封鎖・セルカサニタリアを実施して人の流れを止めることを閣議で決めました。
そして3月8日、タウル=マタン=ルアク首相をはじめとする政府閣僚たちが綿棒によるPCR検査を受け、さらに新型コロナウィルスの感染拡大防止に関わっている軍と警察の要員25名も検査を受けました(『テンポチモール』、2021年3月8日)。
来月4月から東チモールでもアストラゼネカ製のワクチン接種が開始されると報じられ、まず初めにタウル=マタン=ルアク首相が接種を受けるといわれています。しかしワクチンの接種が東チモール国内にゆきわたるにはおそらく時間がかかることでしょう。また、過酷なゲリラ戦を闘って病んでいる身体や拷問をうけて痛んだ身体にたいするワクチンの副作用は大丈夫なのか?心配です。
東チモール政府は正規の入国管理においては水際作戦によって感染拡大の防止に成功してきました。しかし不法入国にかんしては管理しきれず市中感染を許してしまいました。今後の課題は、国境管理をより徹底化しつつ、感染経路を追跡し感染を封じ込めることです。重症患者と死者が東チモールで出ないまま、新型コロナウィルスの世界的流行が終息しますように……。
青山森人の東チモールだより 第433号(2021年03月14日)より
青山森人 e-mail: aoyamamorito@yahoo.co
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://chikyuza.net/
〔opinion10647:210315〕
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