ドイツ通信第169号 新型コロナ感染の中でドイツはどう変わるのか(17)
- 2021年 3月 19日
- 評論・紹介・意見
- T・K生
(下記、小見出しは編集部)
2月に入って、やっと接種センターが機能しはじめました。「さあ、これから」と期待が膨らんだ一瞬です。それまでは、12月末から2月中旬にかけてワクチン入荷が遅れていましたから、まず施設在住の高齢者を対象に集中接種が取り組まれていました。
その優先順位80歳以上の第一グループが、“ほぼ”終了し、その後、第一グループの中でも自宅生活者の接種が2月中旬から始まっていました。これによってとりあえず80歳以上の高齢者の安全が確保されたかと思うと、個人的にもホッと一息つけました。
事実、それ以降の死亡者数は、明らかに減少傾向を示しています。
他方で、一時は感染者数の減少が認められながら、3月に入ってからは鈍化し、その後横這いになり、続いて微増から上昇傾向を示すようになってきました。
この現象を要約すれば、ワクチン接種とイギリス変異ウイルスとの競争になってきたということです。接種が多ければ多いほど、早ければ早いほど変異ウイルスの経路を遮断できることになります。
この時期に、私たちの接種活動が始まりました。〈一人でも多くの高齢者に、しかも1日でも早く〉と願わずにはいられません。
2月16日(火)
連れ合いが初めてのワクチン接種勤務に
この日が連れ合いの初めてのワクチン接種勤務になりました。それまで数回、希望していた移動接種のメンバー選抜からキャンセルされた経緯があり、ようやくのこと活動に参加できる喜びと、他方で、どのように運営されるかと不安の入り混じった初日となりました。おまけに前日の寒波が襲来し、夕方には通りが一瞬のうちにアイスバーンになりはて、早朝からの車移動が危ぶまれ、私が車を運転しての初日となりました。。
反コロナ集団の襲撃に備え厳重な警戒態勢下の接種センター
接種センターは、厳重な警戒態勢にあります。オランダでの街頭騒乱、PCRテスト・センターへの襲撃・破壊に見られるようなワクチン反対者、あるいは〈反コロナ規制〉集団の襲撃が十分に予想され、それらから防衛するためです。
この日は、80歳以上の自宅で生活する高齢者への接種です。
仕事を終えセンターの建物から出てきた連れ合いは、「どうだった」と間髪を入れない私の質問に、「楽しかった!」と声を弾ませていました。「80―90歳代の高齢者のなんと元気なこと!」。うれしくて仕方がないようです。なかには、現役時代の記憶から声をかけてくれる人もいたといいます。
この時点での勤務は、午前―午後の2交代制で、それぞれ5時間です。時間の経つのを忘れていたようです。
3月2日
接種センターにヘルパーとして入る
その後、3月2日に私の出番となりました。接種センターで活動している人たちは、そう言ってよければ災害救助活動のプロです。「その人たちに混じって」と考えると、それだけで神経が参りそうになりましたが、連れ合いとチームを組んでもらえましたから、緊張した初日は無事、何事もなく楽しく終えることができました。その日の朝は起きた時、さすがに緊張のためか左足が硬直して動かなかったほどです。こんなことは、生涯で初めてです。
3人で一チームを組みます。医者がワクチン接種に関する医学的な説明を行い同意書を取り、続いて専門の医療従事者が接種を行い、ヘルパーが身辺の消毒と接種を受けた人をその後15分間観察をします。
高齢の父に伴ってきた一人の男性が、私に「ベースボール?」と声をかけてくるので、「そうだよ」と答えると、彼が名前をいい、誰だかすぐにのみ込めました。クラブの元仲間でした。「マスクをしているのに、よく分かるね」という私に、彼は「すぐ分るよ」と。それを見ながら彼の父は、〈そうだったのか〉とばかりに顔をほころばせていました。こんな出会いもあります。
高齢者は、驚くほどに話す言葉も話し内容もシャキッとされています。「お大事に」と言えば、「また次回(第2接種―筆者注)に会いたいですよ」といわれ、こんなさりげない会話の中から緊張感も取れていきます。実際、第2接種で再会できれば、高齢者と簡単な冗談を言って楽しめるのになと考えますが、勤務日程がいつになるかは、自分では決められません。
日常生活には厳格なコロナ規制が布かれている
接種センターを離れて日常生活に戻れば、厳格なコロナ規制が布かれています。しかしセンター内は、警備、管理運営、医療関係者、ヘルパーの人たちが行き来し、それに接種希望者の出入りが加わり、あたかも通常の社会生活が営まれているようで、この対照が際立っています。
連れ合いは、「社会学的、また社会心理学的に非常に興味がある」といっています。それに加えて、コロナ禍の〈民衆の声〉を実際に聞ける、最良の現場となり、ここから何がしかのコロナ対策への議論参加の道も開かれてくるのではないかと思っています。
確かに議論はされています。しかし、〈民意〉を置き去りにしていることが、市民を接種キャンペーンに動員できないドイツの最大の欠陥だと私たちは考えています。
2人ともすでに数回の勤務を経験しています。高齢者の笑顔に感動しながら、冷静に状況を振り返ってみたとき、移民家族、外国人居住者、そして難民の人たちに接したことは、私はこれまでゼロ、連れ合いは高々数人でした。
私の町の人口に占める外国人生活者の割合は、約10%前後だと思います。そのうち、大多数を占めるのがトルコ系移民家族で、郊外で生活している率はかなり高いはずです。1960年以降のドイツへの移住ですから、3世代の家族構成です。そう考えると、70―80歳以上の祖父母の世代が多数生活されているはずです。この件についてメディアで報道されることは、私の知る限りでありません。集団感染が発生した時は、大々的に取り上げられこそすれ、移民家族の高齢者を守ることについては、皆無といっていいでしょう。
確かに言葉の問題があるでしょう。しかし、それだけではないはずです。この点で連れ合いは、市の運営責任者に問題点を指摘しましたが、はたして改善がなされるのか。
接種センター内は、先に示したように、〈通常の社会生活〉が営まれているようです。それを、言葉が適切ではないかもしれませんが、「白人の世界」と彼女は表現しました。人口の10分の1が、百数十ヵ国からの外国出身者で構成されているわけですから、接種に際してもっともっと多様で、カラフルな世界が出現しても、と考えてしまうのです。
そういう社会のダイナミズムが感じられないのは寂しく、また重要な問題を投げかけているといえるでしょう。
ヘルパーを経験して見えるもの
接種後15分の副作用の有無を観察する時間が定められてあります。私の仕事の一つです。この時が、個人的な話のできる唯一の機会です。高齢者は話し好きで、好奇心旺盛です。私のような存在が珍しいのでしょう。話しかけてきます。その機会を捉えて、〈民衆の声〉に聞き耳を立てています。例えば84歳の高齢者との会話。
「予約を取るのは、どうでしたか」――「大変でした」
「何時間ぐらいかかりましたか」――「何時間というよりは、丸2日間」
「電話ですか」――「通じないので、最後は、オンラインで予約しました」
「一人でできましたか」――「自分でできないから、みんな息子がしてくれました」
「とにかく今日の第1接種が終わって、ご苦労様。お元気で」――「ありがとう。また、来るよ」
と笑顔を見せてくれました。
ここに構造的な問題が顕著に表れています。それも、数か月前からすでに指摘されていたにもかかわらず。接種予約を取るにあたって、彼の場合は子どもが手伝ってくれました。しかし、自宅に人手のない高齢者は、と考えると、政治家の方からは高齢者を守るために「接種、接種、接種!」と威勢のいい掛け声だけは聞かれますが、内実はといえば完全に空洞化している状態です。
ドイツの公式の接種開始は、2020年12月27日に設定されていました。しかしワクチン入手が遅れ、まずは老人ホーム、介護・養護センターを戦略的重点とした移動集中接種が取り組まれ、2月に入ってから、センターでの80歳以上の自宅生活者への接種が始まりました。
この時、ヘッセン州の経験が忘れられません。予約センターに電話を入れても、一日中話し中でつながりません。オンラインで追求するも、受付時間の直後にサーバーがパンクしてしまい、その修理に丸一日費やしていました。
こうした経験は、その後も、今日まであちこちから伝えられています。置き去りにされ一人取り残された高齢者の途方に暮れた姿が目に浮かび上がってきます。それが現実ですから、そんな状況のなかで「移民家族は!?」と、どうしても考えてしまうのです。
他の町でも大差はないはずですが、私の町では大学のスポーツホール、元の難民キャンプ等を改造して接種センターおよび多方面からの組織化とネットワークが立ち上げられてきました。そして、ここが他国からいかにもドイツ的と表現されるのですが――それによって実際には身動きできず、融通の利かない、経費の嵩張る巨大な官僚的なシステムが出現することになりました。
しかも他方で、ワクチン入手が遅れイギリス、アメリカ、イスラエルの手っ取り早い接種率と比べて、変異ウイルスの拡大を直前にしたドイツの遅々たるテンポに、「何をしているのか」という不安と怒りの声も市民の中で日毎に大きくなりつつあります。
いうまでもなく、その国の文化、メンタリティーの違いが、それぞれ異なる接種体制とシステムをつくり上げることには異論がないでしょう。
そうは言いながらも、なぜ、ドイツが今必要な〈接種キャンペーン〉に市民を動員できないのかという問題は残り、その解決には他の諸国からコミュニケーションと情報活動のあり方を学ぶべきではないかと思っています。〈民衆の声〉は、その必要性を訴えています。
先日、こんな話をDDR(旧東ドイツ)出身の女医と話していたら、「旧東ドイツにあったようなものがね」と興味ある反応をしていました。何が失われ、何が欠落しているのかへの予断のない観察が必要だということでしょう。
ワクチン製造会社の動向
他方で〈接種キャンペーン〉への逆流のあることも事実です。その阻害要因は、ワクチン製造会社の動向です。以下、この間明らかになった諸点を、日本でもすでに報道されているはずですが、再度整理して記録しておきます。
第二四半期でのワクチン入手に期待がかけられ、〈さあ、これから〉というときに、3月からそれゆえに研修を兼ねてヘルパー動員も活発になってきましたが、アストラ・ゼネカ社は、またまた契約上の本数を供給できない旨の通達を出してきました。
・それに反応したのがイタリアで、3月4日(木)、25万本のアストラ・ゼネカ製ワクチンのオーストラリアへのEUからの輸出禁止策がとられました。EU外への持ち出し禁止です。この件についてオーストラリアは、理解を示しているようです。
ワクチン製造会社の代表(Pascal Sorio)とEU議員(キリスト教民主主義派 Esther de Lange)の事情聴衆と会談がおこなわれます。EUからの追求は、〈なぜ、EUへの供給がカットされ、他の諸国、例えばイギリスおよびオーストラリアへではないのか?〉と。当然の疑問ですが、代表はノラリクラリと明言を避け、明確な理由説明ができなかったといいます。その翌日、報告を受けたイタリア新首相( Mario Draghi)は怒り心頭で、持ち出し禁止を決めたというのがこの間の経過です。フランスは、イタリアの決定を「当然の対応」と認識しています。(注)
(注)HNA Samstag, 6.Maerz 2021 “Denkzettel fuer Astrazeneca“ von Detlef Drewes
この記事には書かれていませんが、アメリカのワクチン買い占めは周知の事実です。契約に際してアメリカ優先の言質を取り、バイデン新大統領はワクチン確保に1950年の連邦法(Defense Produktion Act)を再び持ち出し、ホワイトハウスが、各企業に自国優先で生産するよう規制しているといいます(注)。年代からして朝鮮戦争時代の連邦法で、現在アメリカは、戦争体制でコロナ対策に当たっているということです。
(注) Der Spiegel Nr.8/22.2.2021 “Ein Stueck Freiheit“ von Anna Clauss
今後、4つ目のワクチン――ジョンソン&ジョンソン製が許認可されれば、工場がドイツ、オランダそしてベルギーにあることから同じ問題が発生することが予想されます。
何が問われているのか? ワクチンを盾にした国際通商関係と政治ヘゲモニーの再確立です。イギリスとアメリカが先陣を切り、それにロシア、中国、インドも含めて勢力圏の凌ぎあいが陰然、公然と進められ、他方で世界の人民はコロナ禍で飢餓、感染、死亡を日々強制されることになります。
コロナ感染とともにこの政治経路も、どこかで断ち切らなければなりません。
・これを書いている3月16日(火)、デンマーク、ノルウェー、アイスランドに続いて、ドイツ、イタリア、フランス、オーストリアが、アストラ・ゼネカ製ワクチンの副作用を再検査する必要性から、一時使用を取りやめたというニュースが入っています。
市民の中には、バイオン・ファイザー製をメルセデスにたとえ、アストラ・ゼネカ製のフォルクスヴァーゲンより希望率が高いことから、接種に向けた動きがさらに鈍ることが考えられます。それは今後、接種センターで確認できるでしょう。3月初めころから、私たちのところでは、夜間勤務が加わり3交代制になっています。センターが、ガラガラにならないことを願うばかりです。入り口に行列のできる風景を見たいです。
ドイツのいくつかの町では、しかし今週、接種センターがワクチン不足で一時閉鎖されました。
・バイオン・ファイザー社とEUの交渉過程に関する追跡調査が、NDR(北ドイツ放送局)、WDR(西ドイツ放送局)そしてSZ(南ドイツ新聞)のジャーナリストによって行われ、その結果が2月19日に公表されました。
バイオン・ファイザー社からワクチンのオファーがあったのは、昨年の7月です。会社は、5億瓶で一瓶54.08ユーロの提案を出してきます。この価格は競争相手―アストラ・ゼネカ社の20倍に相当するといいます。EU との交渉を進めたのはファイザー社だといわれ、その年の11月、最終的には1瓶15.50ユーロで契約が成立することになりました(注)。
しかし、契約価格への公式な確認は、いつものようにありません。
バイオン社の代表(Ugur Sahin)は、1月の「Spiegel」誌のインタヴューで、EUとの交渉は他の諸国のように迅速、まっしぐらに進んでいないことを批判していました。彼は、また、EUの対応から受ける印象を次のようにも語っています。「われわれ(EU―筆者注) は、十分に入手できる。すべてそんなに悪くはならないだろう。コントロールできている。こういう(EUの)態度に驚かされた!」と。
こんな交渉の裏の裏を知るにつけ、市民は政治とワクチンの間でどう理解していいのかわからず、接種キャンペーンへの反応も停滞していくように感じられてなりません。
(注)ARD 20時の定時ニュース Tages Thema
Der Spiegel 電子版 19.02.21
Frankfurter Rundschau 20./21. 2021
・最後に西アフリカ―ウガンダのケースを簡単に書いておきます。インド血清研究所の算定では、
ウガンダは、アストラ・ゼネカ社のワクチンを1瓶7USドルで購入したといいます。これはEUの購入価格の3倍以上に相当します。これに運送、保管、管理、接種等の費用が上積みみされれば、ウガンダ市民1人の接種にかかる費用は、約17USドルになると見積もられています(注)。
(注) Frankfurter Rundschau Dienstag, 9. Februal 2021
“Nutzlose Gebete und überteuerte Heilmittel“ von Johannes Dieterich
以上、アフリカ、東南アジア、南アメリカ、中東の貧しい国々は、ワクチンが入手・確保できないということだけではなく、ワクチンによって国自体が略奪されようとしている姿が見えてきます。
・それを受けEU内にも亀裂が生じ始めています。オーストリア、デンマークそしてイスラエルを先頭に、ワクチン製造と供給経路を確保するための新しいワクチン同盟建設の動きです。チェコ、ノルウェー、クロアチア、ギリシャがそれに合流しようとしています。EUの理念と現実の格差をここにまざまざと見せつけられた思いがします。 (つづく)
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://chikyuza.net/
〔opinion10659:210319〕
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