歓迎!米の増税論 ――他人事ではありません
- 2021年 4月 13日
- 時代をみる
- アメリカ増税法人税田畑光永
米のバイデン政権はさる7日、企業への法人税増税を中心に15年間で約2.5兆ドル(約270兆円)の税収増を見込む増税案を公表した。これに先立つ5日にはイエレン財務長官が講演で、法人税について「グローバルな最低税率を導入すべく、主要20か国で協議している」とのべた。そして7日にオンラインで開かれたG20(主要20か国・地域)蔵相・中央銀行総裁会議の共同声明には、法人税の最低税率実現について「今年半ばまでに解決策にいたるよう取り組む」という文言が加えられた。
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私はこの1年余のコロナ禍の中で、老人らしく「自粛」しながら日々をすごしてきた。その間、じつにさまざまな人々が思わぬ形で死活にかかわるほどの影響を受けていることを知り、世の中はこんなふうに動いているのだなあと驚くことも一再でなかった。
昨年の夏ごろだったか、1人あたり10万円のお金(なんという名目だったか忘れた)が振り込まれた時には、「へー、政府がこういうことをすることもあるのだ」と妙に感じ入った。その後も仕事が出来なくなったり、お客が減ったりした業種にさまざまな名前の給付金が配られたり、さらに少し感染がおさまった時には、今度は困っていない人々に、政府がお金をつけて、「旅に出ろ」、「外食しろ」とけしかけたり(言葉が悪いが)と、なんだかこれまで知っていた日本政府とは違う頼もしい政府が生まれたのでは、と錯覚するような「政策」が打ち出された。
ところが、年が改まって国の財政の昨年の決算を見た時には、今度は私のような一介の庶民でさえ足元の地面の底が抜けるような恐怖にとらわれた。
昨2020年度の国の(一般会計)予算の総額は100兆円強でスタートしたのだが、コロナ禍で前述したような出費がかさんで(3次にわたる補正予算を追加)、結局175,7兆円にまで膨らんだ。だからと言って収入(税収)は急に増えるわけではないから、ほぼ例年なみの55.1兆円。足りない分は国債(借金)を例年の2倍以上の112,6兆円も発行してなんとか辻褄を合わせてある。
日本が世界一の借金大国であることは誰でも知っている。国、地方合わせた借金の総額はGDP(国内総生産)の約250%、1,200~300兆円に上る。国民1人当たりざっと1,000万円である。そしてこのうち60万円ほどが、去年、コロナ禍救済金(3次の補正予算の70兆円)として使われた分である。
日本のお役人は政策は決めても、実施プランを作成してそれを実施する作業そのものは大手の広告代理店に丸投げするのが通例らしいから、この70兆円のうちどれだけが直接困っている人の懐に届いたかは不明なのだが、それはこの際は問わないことにしよう。コロナ禍のためにこれだけの新たな支出が生じたこと自体はやむを得ないのだから。困っている人を財政が苦しいからといって放置することはできない。
しかし、私が不安なのはその先。これだけの急な出費の穴埋めをどうするかの議論が国会でも政府部内でも全く(と私には見えるが)行われなかったということである。今年21年度の当初予算も税収見込み57兆円に対して支出総額は106兆円、足りない分は勿論、国債を発行する。そしていずれ今年も補正予算を組むことになるのだろうが、それも勿論、借金(国債)でとならざるを得ない。
安倍内閣も財政の基礎的収支の改善をたしか公約に掲げていたと思うが、結局、赤字を増やし放題に増やしただけだった。その時から財務大臣のあの人は今でも代わっていない。この人はかの公文書偽造などという前代未聞の不祥事ですら責任のセの字も取らなかったから、財政赤字など役人がなんとかするだろうとでも思って、何一つ考えていないだろう。
でも、ある日、日本国債が信認を失って買い手がいなくなり、流石の日銀も引き受けられなくなって、資金の調達も、償還も出来なくなったら、いったいこの国はどうなるのだろう。
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米のバイデン政権は昨秋の大統領選挙で勝ったばかりの新政権で次の中間選挙までまだ1年半の余裕があるからであろうが、堂々と増税を口にし始めたのは心強い。それも国際競争を口実にこの3~40年引き下げ競争が続いてきた法人税を引き上げようというのだからいよいよ心強い。
もっとも米はトランプ前大統領が就任早々に法人税の大幅引き下げをした後だから、新政権がそれを是正するという意味で法人税引き上げは口にしやすいという事情もあると思われる。
日本も1980年代には法人税は40%を上回っていた。それが企業の国際競争力を弱めるとされ、徐々に引き下げられて現在では23.2%にまで引き下げられた。その間、消費税は5%から8%、そして10%へと引き上げられてきたのはわれわれが身をもって味わってきたところだ。
米の法人税引き上げ案は15年で約2.5兆ドル(約275兆円)の増収を見込み、それでコロナ禍への対策で増えた出費を賄うとしており、ただ政府の増収のためとはしていない。たしかにそういう大義名分があれば企業を説得しやすいだろう。ずるずると、コロナだから必要なものは仕方がないと支出をふやし、それをそのまま過去から積み上げてきた赤字の山の上に放り投げて、後のことは後のことと、口にもしない菅内閣はあまりにも無責任と言わなければならない。
米のイエレン財務長官は国内の増税だけでなく、国際的に法人税の最低税率を決めることを提唱し、前述したようにG20蔵相・中央銀行総裁会議でも「年半ば」までに解決策に至るよう取り組むという共同声明にまでこぎつけた。
「年半ば」といえば、2~3か月以内であり、これはこれでなにがしかの方向が打ち出されれば、現在の世界が直面する問題を解決するうえで大きな前進となるのではないかと期待される。
前世紀の後半以降、技術革新によって、ものの輸送、人の移動のコストが下がり、企業にとって製品の生産地の選択肢が増えた。その結果、企業にとって人件費とならんで法人税のコストに占める比重が相対的に高くなり、また、一方では外資の工場を誘致してそれを足掛かりに自国の産業を育成するという近代化政策が東南アジア、中国などで成功を収めたことで、後発国が法人税の引き下げ競争で外資の誘致を競うようになった。
しかし、これは企業の母国において産業の空洞化を招き、企業が製品コストを下げて大きな利潤を生む一方で、多くの社会問題を引き起こす要因ともなった。
これについてはいずれ改めて論じたいと思うが、法人税の最低税率を国際的に決めることはきわめて望ましいことと思える。さすがの我が国の麻生蔵相も、また自民党の下村政調会長も積極的な反応を示している。
わが国の政治世界では、税金を上げる話はしないが勝ち、いかなる場合も減税を唱えるのが有利、という法則がはびこっている。とくに選挙が近い時はそうである。今年は秋までには衆議院選挙が待ち受けているので、政治家は税金の話、まして増税論は口にしないだろうが、現実はそんなことを言っている暇があるのだろうか。米に引きずられてでもいいから、財政の現状について建設的な議論を交わすべきだと考える。(210410)
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