「分離主義」 フランス上院でイスラム分離主義封じ込め法案がほぼ可決
- 2021年 4月 15日
- 評論・紹介・意見
- 村上良太
私のブログで何度か触れてきましたフランスに存在するかどうかも怪しい<イスラム急進主義=左翼急進主義>とレッテルを張られた人々への魔女狩りにも似た排除の空気の中で、フランス上院で昨年来、与党が進めてきたイスラム分離主義封じ込め法案がほぼ可決となりました。議決では2:1くらいの割合です。このあと、下院と条文の解釈や文言を一致させる作業を経て最終的に法制化されることになります。これはリベラシオン紙が報じています。ここで「分離主義」とあるのは、イスラム急進主義あるいはイスラム教原理主義が、フランス共和国のライシテ(政教分離、世俗主義)という理念と対立していることがあります。
大きなインパクトは前にも触れましたように大学の中の<イスラム急進主義=左翼急進主義>を摘発して排除せよ、という声を高等教育担当大臣が発したことです。イスラム急進主義を進めているのは一部の左翼学者だ、と決めつけて、上院では新法案でも大学の「中立化」措置などが盛り込まれているようです。批判の対象となっている「左翼」学者は~ネットなどでは様々な人がやり玉に挙がっていますが~学問領域ではアメリカ発のポストコロニアル研究など、植民地主義への反省に立った学問領域が対象とされています。これはまったくの言いがかりだと私はとらえています。
フランスはかつて大きな帝国としてアフリカや中東、アジアなど各地に植民地を持っていましたから、植民地主義の反省に立った学問領域を法制化で委縮させるとしたら、自由の大きな後退ですし、これまでシラク大統領たちが行ってきた歴史上の歩みを後退させることになるかもしれません。上院で進めている新法案では大学でのスカーフの着用も禁止されているそうです。上院は右派議員が多く、下院の法案よりも厳しい措置が盛り込まれているのです。
ただ、このイスラム分離主義封じ込め法案というものは、私見では、報道を読むと必ずしも全部を批判するのは難しい、という気もします。たとえばイスラム教の一夫多妻をフランスでは禁止する、というような条文はフランス憲法および法体系的にも批判しがたいものがあります。あるいは信仰の自由を封じる宗教原理主義の拡大運動を抑制すること自体は憲法と矛盾しないでしょう。ただ、だからと言ってモスクの活動にどこまで国が介入するかは難しいテーマでもあろうと思います。結婚前に女性が処女かどうかを身体検査するのも禁止することを盛り込んでいるようです。これは下院でもすでに法制化の方針が決まったとのこと。
法制化の過程で、それが左翼学者への恫喝に結びついて、大学に<イスラム急進主義を助長するな>というような、言いがかり的な形で干渉しているところに病態を感じます。多くの人は「イスラム教原理主義者」に対して脅威を感じているのは事実だろうと思いますし、それは政治的な右と左で異なるわけではないと思います。ネトウヨから敵視されているような「左翼」学者の人々もそれ自体については違いはないと思います。すでにフランスでは何百年も前からキリスト教原理主義者と戦ってきたわけですから。前回、紹介しましたイスラム急進主義を助長しているとしてネットにUPされた600人の研究者のリストに「21世紀の資本」の著者で経済学者のトマ・ピケティのような人まで載せられているので、それがどのような言いがかりかわかろうものです。
このような法制化が常に難しいのは、イスラム教原理主義者と一般のイスラム教徒の間で、法制度上、一線を画すことの難しさがあるからだと思います。右派の勢力が上院より少ない下院では相当、法案がかなり修正をほどこされている模様です。
初出:「ニュースの三角測量」2021.4.14より許可を得て転載
https://seven-ate-nine.hatenablog.com/entry/2021/04/14/161431
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://chikyuza.net/
〔opinion10735:210415〕
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