韓国大法院判決の主柱である「不法な植民支配」という判断に一言も触れず、「論点のすり替え」をした安倍首相 (戸塚悦朗弁護士の寄稿転載)The Core of the Korean Supreme Court Ruling on the Forced Labour Lawsuit Was the ILLEGALITY of the Japanese Colonial Rule of Korea: Etsuro Totsuka
- 2021年 5月 25日
- 評論・紹介・意見
- 「ピースフィロソフィー」戸塚悦朗
日本軍「慰安婦」問題、「徴用工」問題など、日本による朝鮮の植民地支配が生み出した犯罪の本質を突く発信、活動を続けてきた戸塚悦朗弁護士が、「東アジア平和センター・福岡」による「東アジア平和ブックレット第3巻『正義なくして平和なし ー韓国人強制徴用の歴史と今日の課題ー』(2021年3月1日発行)に寄稿した文を、許可を得て転載します。
この冊子は、他にも吉澤文寿「2018年韓国大法院『10・30判決』の歴史的意義」、崔鳳泰「旧日本帝国による被害者問題の解決策を考える」、山本晴太「大法院判決と日韓請求権協定を人権の視点から考える」など、植民地支配・戦後補償問題を考える上で不可欠な論考が掲載されています。
一般の書店にはないかもしれないので、入手希望の人のために巻末にあった発行所の連絡先を記しておきます: 東アジア平和センター・福岡/810ー0027 福岡市中央区御所ヶ谷5ー39 TEL 092-521-7122
隠された日韓関係の危機の真因 ー「徴用工問題」と論点のすりかえ
2018年韓国大法院判決が問う植民地支配責任
弁護士 戸塚悦朗 (元龍谷大学法科大学院教授)
2020年9月菅義偉政権が誕生したので、日韓関係の好転への期待が生まれました。11月3日の米国大統領選挙の結果、国際協調主義を唱える民主党のバイデン元副大統領が当選したことも日韓関係に好ましい変化をもたらす可能性があります。韓国からは、次々と要人が日本に派遣されていて、日韓関係の立て直しのために、日韓の高官協議が繰り返されているだけでなく、11月14日のテレビ会議方式で行われた東南アジア諸国連合(ASEAN)と日中韓の首脳会談で、韓国の文在寅大統領は菅氏だけ名前をあげて呼びかけたということです[1]。これらが日韓関係の急速な改善という成果を上げることができれば、それが望ましいと考えます。
しかし、安倍晋三政権の政策を継承するとして首相の座を射止めた菅義偉新首相の対韓政策は、前政権時代からの負の遺産をも継承しているのです。私は、以下のような問題点[2]を考慮しておく必要があるとも考えます。
1.隠された日韓関係の危機の真因
日韓関係の危機は、韓国人戦時強制動員被害者による日本企業に対する慰謝料請求を認容した韓国大法院判決(2018年10月30日)が日本に衝撃を与えたことに端を発しました。これは民間人と民間企業の間の民事事件ですから、本来政府が出る幕はないのです。ところが、安倍政権が1965年請求権協定による解決済み論を盾にとって、あえて経済制裁まで加えて韓国に対抗したことから、国家間の紛争になってしまいました。
しかし、視点を変えてこの危機の本質を掘り下げて考察すると、もっと深い問題が見えてきます。大法院判決は、日本に何を問いかけているのでしょうか?その核心について十分な理解が日本に不足していることに注目すべきです。そのような理解不足が、なぜ起きているのか?という難題を解く鍵が見つからないことこそが危機の真因だと考えます。
日本の国会では質問に正面から答弁しない「論点のすり替え」論法が全盛を極めています。問題の本質をすり替えられてしまうと、核心が隠されてしまいます。大法院判決への対応でもこの手法によって問題の本質(植民地支配責任)が隠されてしまったのです。
2.2018年大法院判決が問う植民地支配責任
2018年大法院判決の主柱は、「日本政府の韓半島に対する不法な植民支配(判決の表現)」とする規範的判断なのです。これは韓国憲法(国内法)の解釈から導かれました。筆者は、その論旨を国際法の視点から考察し、『「徴用工問題」とは何か?――韓国大法院判決が問うもの』(明石書店、2019年)を出版しました。判決文を熟読すれば、大法院がこの「不法な植民支配」という判断[3]を大前提としてほとんどすべての重要な判断を導き出していることがわかります。
注目すべき最大の論点は、大法院判決の主柱である植民地支配の不法性判断なのです。判決は、それを基礎にして、なぜ被告企業に責任があるのかを詳しく説明しています。判決は、「不法な植民支配」下で、侵略戦争と密接にかかわる強制動員の被害者が被った人道に反する不法行為を認定し、その責任を引き受けるべきだ、と日本企業に問いかけているのです。ですから、この「不法な植民支配」という主柱を除いてしまっては、大法院の判断の本質を理解できなくなってしまいます。大法院判決が植民地支配責任の履行をこそ求めていることに注目すべきなのです。
ところが、日本では、大韓帝国は、1910年8月の韓国併合条約によって大日本帝国に合法的に併合され、植民地となったとされてきました。佐藤栄作首相(当時)は、日韓基本条約(1965年)等に関する国会審議の際、併合条約について「対等の立場で、また自由意思でこの条約が締結された、かように思っております」と答弁しました(衆議院特別委員会1965年11月5日)。日本政府のこの法的な立場は、日韓交渉の間も同じでしたし、それ以後も今日まで変更されていません。
しかし、大法院判決の判断は、佐藤首相答弁と矛盾しているのです。これに何の反論もしなければ、「不法な植民支配」とする判決の判断について日本政府が(黙示の)承認をしたと解釈されかねません。それにもかかわらず、なぜ安倍政権は、大法院判決が問いかけている「不法な植民支配」とする判断に沈黙し続けているのでしょうか。
3.論点のすり替え
安倍首相は、原告側が被告企業の資産を差し押さえたことに対して、「極めて遺憾。政府として深刻に受けとめている」と語り、判決を「国際法に照らして、ありえない判決」と批判し(朝日新聞デジタル2019年1月6日)、韓国側が1965年請求権協定によって解決済みの問題を蒸し返していることが国際法違反だと示唆しました。この論理によると、韓国の国際法違反によって日本が被害を受けている、と韓国を非難したことになります。
しかし、大法院判決が問いかけている被害加害関係は、逆なのです。判決によれば、被害者は、日本による「不法な植民支配」の下で日本加害企業による強制動員によって重大な人身被害を加えられた韓国人であり、「不法な植民支配」による被害については日本が日韓交渉に際して否認し協議に応じなかったので、1965年協定では解決していない、と判断しています。
ところが、安倍首相は、判決の主柱である「不法な植民支配」という判断に一言も触れず、「論点のすり替え」によって、1965年日韓請求権協定だけに衆人の注目を集める対応をしました。この高度のPR作戦によって、植民地支配責任の問題は巧妙に隠蔽されてしまったのです。その結果、被害加害関係が逆転するというパラダイムシフトが起きました。日本は、国際法違反の被害者としてふるまい、韓国を加害者に仕立て上げて非難するという離れ業に成功したのです。結局、日本が不法な植民地支配の加害者であって、韓国の強制動員被害者のヒューマンライツ侵害こそが問題の核心なのだという、ことの真相が隠蔽されてしまったのです。
4.国際法学からも植民地支配は不法
「不法な植民支配」という結論を導いた大法院による憲法解釈は、韓国の国内法の問題です。しかし、日韓の国際関係が紛争の場になった場合は、国際法上の解釈が問題となり、法の平面が異なってしまいます。そこで、国際法上も日本による韓国の植民地支配は不法だったのかという問題を検討する必要があるのです。
筆者は、『歴史認識と日韓の「和解」への道』(日本評論社、2019年)を出版して、1905年11月17日付の「日韓協約」とされている条約は実際には「存在しない」こと[4]を論証しました。
この発見は、どのような派生効果を生むでしょうか。読者には衝撃的かも知れませんが、論理的には以下の2点が言えると、筆者は考えています。
① 不存在の「日韓協約」を根拠として、大韓帝国が「自由意思」に基づいて合法的に日本による保護国(実質的な植民地)となったとされてきたのですが、この「日韓協約」が存在しない以上、大韓帝国の条約締結権者の「自由意思」によらない保護国化であり、不法な支配(武力による強制的占領)と評価されます。
② 不存在の「日韓協約」により創設された「統監」は、不法な存在でした。その不法な統監(寺内)が大日本帝国を代表して署名し、且つ大韓帝国政府を指揮して署名させた1910年併合条約は、双方代理により制定されたのです。そればかりか、大韓帝国側の批准もなかったのです。結局、併合条約は無効だったと評価されるべきです。そうすると、大法院判決による「不法な植民支配」との憲法判断は、国際法学の立場からも裏付けられたことになるのです。
5.記憶(記録)の削除
細川政権以来日本の歴代政権は、植民地支配に関する歴史認識を着実に進め、1995年8月戦後50年の村山首相談話が特に注目されました。併合条約100年に際して出された菅直人首相談話(2010年8月10日)は、「当時の韓国の人々は、その意に反して行われた植民地支配によって、国と文化を奪われ・・・」と述べ、併合条約についての法的立場を変更する一歩手前まで歴史認識を深化させたのです。
ところが、2015年戦後70周年安倍首相談話は、韓国併合条約による植民地支配について沈黙しました。安倍政権は、論点をすり替えて大法院判決を非難し日韓の国家間紛争を激化させた直後である2019年2月、菅直人首相談話を首相官邸のHPから静かに削除してしまったのです[5]。しかし、このことはほとんど知られていません。歴史の忘却の時代が始まったのです。
菅直人首相談話の削除は、菅義偉首相が官房長官だった時代に起きました。安重根記念館の設置を計画した中国政府を批判し、菅義偉官房長官(当時)は、義軍参謀中将として大韓帝国の独立を守る自衛戦争を戦った安重根を「テロリスト」[6]と切り捨てました。
大法院判決問題を「記憶・責任・未来」財団が象徴するドイツモデルに学んで解決しようとする有力な声もあります。しかし、安倍政権の承継を旗印に、過去を直視することを拒否し、歴史認識の記録をも削除する政治家には、過去の記憶と責任を未来に継承しようとするドイツの思想から学ぶことは、きわめて困難ではないでしょうか。
6.過去の記憶と責任を未来に継承しよう
日本の政府と社会、つまり私たちは、どのような心構えを持てば、日韓の関係を友好的なものとすることができるでしょうか。まず、第1に、過去とりわけ植民地支配の歴史的な事実を直視すること。第2に、「徴用工問題」のような植民地支配の責任を引き受けること。そして、第3に、その過去の記憶と責任を未来に継承すること。そのような心構えを持つことが求められているのではないでしょうか。
まず、日本社会は、このような心構えを広く共有することから再出発しないと、性急な「解決」を急いでもまた躓いてしまいます。2015年12月の日韓外相合意が「慰安婦」問題の解決を実現できずに、結局失敗してしまったことを想起すべきでしょう。この合意では、日本政府は、過去に直面するのではなく、(秘密合意のなかでですが)「慰安婦」問題が「性奴隷」の問題であるとする国際的な評価を否定することに執着しました。また、過去を記憶するどころか、逆に「少女像」の撤去を韓国側に要求し、歴史の忘却をこそ自己目的化してしまったのです。その結果、この外相合意は、これを拒否する一部の被害者と被害者支援団体によって受け入れられず、被害者側全体との和解を実現することに失敗してしまったのです[7]。
日本は、この「和解」の失敗を教訓としてかみしめ、過去の記憶と責任を未来に継承しようとするドイツの思想を誠実に学びなおす契機とすることによって、真の日韓友好を実現するために再出発してはどうでしょうか[8]。
[1] 朝日新聞2020年11月22日(朝刊14版)「韓国、対日関係立て直し バイデン政権にらみ南北対話戦略 元徴用工問題なお壁」。
[2] この発表は、2020年11月に立命館大学(東アジア平和協力研究センター)に提出したエッセイ「2018年韓国大法院判決が問う植民地支配責任――論点のすり替えによって隠された本質―」をもとに若干の修正を加えたものである。
[3] 以下は、前掲拙著『「徴用工問題」とは何か?――韓国大法院判決が問うもの』(明石書店、2019年)からの引用(139-140頁)です。大法院判決が、日本の植民支配は不法だったと判断したことについて、以下のように説明しています。
「結論から言いますと、大法院判決は、日本の植民支配は不法だったというのです。それは韓国の憲法の解釈から導きだされています。
大法院判決は、上告理由第1点についての判断の中で、「本件日本判決が日本の韓半島と韓国人に対する植民支配が合法的であるという規範的認識を前提に日帝の「国家総動員法」と「国民徴用令」を韓半島と亡訴外人と原告2に適用することが有効であると評価した」と判断し、そのような判決理由が含まれる「本件日本判決をそのまま承認するのは大韓民国の善良な風俗やその他の社会秩序に違反する」と言っています。
これを言い換えてみますと、大法院判決は、日本の韓半島と韓国人に対する植民地支配が不法であると判断していることになります。
さらに、上告理由第3点の判断の中では、大法院判決は、「本件で問題となる原告らの損害賠償請求権は日本政府の韓半島に対する不法な植民支配および侵略戦争の遂行と直結した日本企業の反人道的な不法行為を前提とする強制動員被害者の日本企業に対する慰謝料請求権(以下「強制動員慰謝料請求権」という)である」と言っています。ここでも、「日本政府の韓半島に対する不法な植民支配」と言っているのです。
これらを見ますと、大法院判決が、日本の韓半島と韓国人に対する植民地支配が不法であると判断していることは間違いありません。そして、この点こそが、大法院判決の結論を導く決定的な理由になっていると考えられます。実は、前掲の筆者による説明で述べた通り、2018年大法院判決が植民地支配を不法だと判断したのは、2012年大法院判決(差し戻し判決)が採用した韓国の憲法解釈から導いた国内法を法的根拠とする判断なのです。」
[4] 2019年5月以降いくつかの講演等により報告してきた。①ウェブでは、戸塚悦朗「1905年11月17日付の「日韓協約」は存在しない」コリアネット【コラム】、2020年3月26日https://japanese.korea.net/NewsFocus/Column/view?articleId=183574&pageIndex=2 2020年12月13日閲覧。②その他の講演等については、戸塚悦朗「歴史認識と日韓の「和解」への道(その8)――2018年韓国大法院判決の衝撃と「植民支配」の不法性判断への対応――」龍谷法学第53巻第1号、223-272頁に報告した。③最近では、戸塚悦朗講演「1905年11月17日付の「日韓協約」は存在しない」「乙巳条約協定締結115周年記念特別研究会」(Zoom)、立命館大学にて2020年11月18日に開催。
[5] 前掲戸塚悦朗「歴史認識と日韓の「和解」への道(その8)」で報告した。
[6] しかし、安重根は、「テロリスト」とは言えない。不存在の1905年11月17日付「日韓協約」を裁判管轄権の根拠として、日本国内法(刑法)による死刑判決を下した安重根義軍参謀中将に対する裁判(1910年2月14日)は、裁判管轄権を欠き、不法だった。安重根は、自国の独立のために義軍参謀中将として自衛戦争を戦ったのだから、法廷で彼が主張したとおり、捕虜としての処遇を受ける権利があり、且つ処罰しようとするなら戦争犯罪を侵したか否かについて国際法による裁判を受ける権利があった。
[7] ①2019同年12月26日ソウル高等法院=「慰安婦」被害者(原告)と韓国政府(被告)の間で継続中だった「慰安婦合意」国家賠償請求事件において「調停に代わる決定」が出された:「被告は 2015年12月28日、韓日外交長官会談合意(以下「慰安婦合意」という)が歴史問題解決において確立された国際社会の普遍的原則に違背し被害者中心主義原則に反するものであり、上記合意により原告らが精神的苦痛を被った点を謙虚に認める。被告は慰安婦合意が日本軍慰安婦被害者問題の真正な解決になりえないことを明らかにして、今後被害者らの尊厳と名誉を回復するため対内外的努力を継続する。」
②2019年12月27日韓国憲法裁判所決定=前記外相合意にもかかわらず「慰安婦」被害者の権利も韓国政府の外交保護権も失われていないことを明らかにした:「本件合意は日本軍「慰安婦」被害者問題の解決のための外交的協議の過程での政治的合意であり、過去事問題の解決と韓日両国間の協力関係の継続のための外交政策的判断であって、これに対する様々な評価は政治の領域に属する。本件合意の手続と形式においても、実質において具体的権利・義務の創設が認められず、本件合意を通じて日本軍「慰安婦」被害者らの権利が処分されたとか、大韓民国政府の外交的保護権が消滅したとは言えない以上、本件合意により日本軍「慰安婦」被害者らの法的地位が影響を受けるとは言えない。」
[8] 筆者は、未来をひらくために、歴史認識の原則を以下のように整理した。①”KI MURI KI MUA”「未来のために、過去に目を向ける」(マオリの言葉)。②「前事不忘 後事之師」(周恩来中華人民共和国元首相)。③「過去を忘れる者は、現在にも盲目となる」(ワイゼッカー・西ドイツ元大統領)。④「私たちは、日本と朝鮮半島の21世紀を信頼と希望の世紀として創造するために、『世界人権宣言』および『日本国憲法』の理念に基づいて、各自「同胞の精神」をもって行動したいと考えます」(「韓国併合」100年「反省と和解のための市民宣言」)。
戸塚悦朗(とつか・えつろう)
弁護士(第2東京弁護士会)。日中親善教育文化ビジネスサポートセンター顧問。龍谷大学社会科学研究所付属安重根東洋平和研究センター客員研究員。元龍谷大学法科大学院教授。ヒューマンライツを保障する国際法の実践・研究を専攻。主著に『「徴用工問題」とは何か?ー韓国大法院判決が問うもの』明石書店、『歴史認識と日韓の「和解」への道』日本評論社など。
初出:「ピースフィロソフィー」2021.5,4より許可を得て転載
http://peacephilosophy.blogspot.com/2021/05/core-of-korean-supreme-court-ruling-on.html
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://chikyuza.net/
〔opinion10921:210525〕
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