台湾有事をどう考えるべきか
- 2021年 6月 12日
- 評論・紹介・意見
- 中国台湾日米同盟阿部治平
――八ヶ岳山麓から(336)――
5月3日、憲法記念日の「九条の会」の声明には次のような文言があった。
「……とりわけ重大なのは、(日米共同)声明が台湾有事に際しての米軍の軍事行動に対し武力行使を含めた日本の加担を約束したことです」
「(日米共同)声明は、こうした軍事同盟の強化を、中国による東シナ海や南シナ海での覇権行動の抑止を理由にしています。しかしこれに、日米軍事同盟の強化で対抗することは、米中の軍事的緊張を高め、日本を巻き込んだ戦争の危険を呼び込むものです。憲法9条の精神のもと、国際法に基づく道理を尽くした平和的な外交交渉で問題打開の道を開くべきです」
この「九条の会声明」にたいして私が疑問に思ったのは、①中国の覇権主義の抑止を口実にした日米同盟強化への批判と、②軍事的な対立ではなく外交交渉で米中対立を打開せよという主張である。
いま米軍と自衛隊が日本周辺での共同軍事演習を繰り返し、英・仏・独・オランダなどが東アジアに戦艦を派遣するという事態になっている。いずれも中国へ軍事的圧力を加えるためである。
もとはといえば、中国が「第一列島線」「第二列島線」なるものを引き、南シナ海に軍事基地を設け、尖閣で日本に圧力を加え、さらに台湾を「一週間で武力解放できる」などと威嚇して、緊張を高めているからである(下図参照)。
去年から台湾の防空識別圏への中国軍機の進入はほぼ毎日で、台湾空軍は負担に耐えかね、今年3月からスクランブルによる対応を取りやめたというニュースがあった。
また中国は、2018年には海警局を中央軍事委員会系統に組み込み、21年には海警法を施行して、武器の使用や防衛任務も遂行できるようにした。これは日本で海上保安庁を防衛省に組み入れるのとほぼ同じ意味である。
2020年10月、中国軍制服組トップの許其亮氏は中国軍が積極的に戦争に関与していく方針であると言明した。また習近平国家主席も機会あるごと、「戦争準備」を強調してきた。
私は、台湾が存亡の危機にあると感じるが、中国の「武力解放」は杞憂だという見方がある。台湾が現状維持を望むのは当然だが、中国も安定した中台関係をよしとしているというものである。重要な検討事項だが、ひとまず措くことにする。
今年3月アメリカのデービッドソン前インド太平洋軍司令官は、議会で「台湾への脅威は6年以内に明らかになる」と証言した。
習近平氏が来年の中国共産党大会で3期目も引き続いて総書記をやることが決まれば、その任期が終わるのが今から6年後だ。それに2027年は人民解放軍建軍100周年である。この間に習氏の手で台湾の「武力解放」に成功すれば、中国では毛沢東に並ぶ英雄である。立場が違えば殺戮者だ。
「九条の会声明」がいうように、日米両国の指導者は、たしかに中国に対する軍事力を強化しようとしている。それは、中国に壊滅的打撃を与える戦力がこちら側にあるとわからせることが抑止力となる、と考えているからである。またそれによって中国を話し合いのテーブルに引っ張り出せると期待しているのである。
ところが台湾をめぐる戦力バランスは、量的には中国軍が断然米軍を凌駕している。たとえば中距離ミサイルだけでも中国は1250発以上もっているが、これは、台湾はもちろん、南西諸島やグアムの軍事基地を破壊するのに十分な量である。アメリカはゼロ。
しかも近年中国の電子・ミサイル技術の進歩は著しく、サイバー攻撃や電磁波攻撃、相手国の軍事衛星の破壊も可能である。いまや米軍の質的優位も疑わしいものになっているのである。
そこで米軍は、ミサイル攻撃から海兵隊を守るために分散配置を計画し、2022会計年度から6年間に「第1列島線に沿った精密打撃ネットワーク」を構築するとして、射程500キロ以上の地上配備型中距離ミサイルの配備をするための予算を要求している。日本も南西諸島の自衛隊を強化しているが、このミサイルも配備されるに違いない。
私も、抑止力の強化による勢力均衡は、軍備増強の無限ループをもたらし、行き着く先はほぼ開戦の道だと思うが、この場合、時 がたてばたつほど、中国の軍事的優位は失われる。習近平氏にしてみれば、当然優勢のうちに「武力解放」を「決断」するのが上策である。
デービッドソン氏の「6年以内」という判断を、予算欲しさのほらだとか、脅迫だとかとすることはできない。
ここで中国による「武力解放」はどのようなときに「決断」し強行されるかを考えると――
最も可能性が高いのは、習近平氏が、米軍は台湾周辺での作戦を容易に展開できないと判断したとき。すなわち中国軍が素早く台湾を占領すれば、米軍は(本国から遠いから)反撃に出るまでに時間がかかると習氏が「確信した」とき。
第二は、中国最高指導層に激しい勢力争いが起こり、政治危機が生まれたとき、軍を掌握した人物が矛盾を転嫁して事態を収拾するために台湾侵攻を行う場合など。
第三は、台湾の世論が二分され、大陸統一派が中国に支援を要請するという中国のシナリオが実現するとき。この手は、かつてアメリカやソ連がしばしばやったことである。
いま台湾人は、中国の香港にたいする専制支配を見ているから、国民党など野党勢力もおおっぴらには大陸との統一をとなえられない。だからロシアのクリミア併合のようにはいかないが、民進党政権に失政があれば、その時はどうなるかわからない。
いずれの場合も、いまのままの軍事力バランスだと、台湾軍ばかりか米軍も自衛隊も宇宙戦・サイバー戦で瞬時に混乱、麻痺させられる。そうすれば中国軍は台湾本島に海空から一斉に侵攻できる。
中国の攻勢に対して「九条の会声明」は、日米軍事同盟の強化で中国に対抗することは日本が戦争に巻き込まれることだと危惧し、米中の軍事対立を外交交渉で打開せよという。
誰でも平和的解決が望ましいと考える。しかし、いうのは簡単だが、台湾問題を外交交渉のテーブルに乗せるのは難しい。中国は、台湾は国土の一部であり「核心的利益」である、台湾問題は内政問題であるから外国の干渉は受けない、と強く主張してきた。しかも中国と国交のある国はいずれも「一つの中国」のみを認め、公式には台湾を独立国家として認めない立場をとってきたから、その限りで台湾の帰趨はやはり内政に属している。
本来なら、日本は戦火を避けるために、米中の仲介をすべき位置にあるが、外交・国防いずれにおいても世界有数の対米従属国であるから、中国がはなから日本を相手にしないのは目に見えている。
そこで日米両国首脳は、中国を壊滅させることのできる軍事力を誇示することで、習近平氏の「決断」を阻止し、交渉の道をこじ開けようとしようとしているのである。
日米共同声明には、冒頭「……自由、民主主義、人権、法の支配、国際法、多国間主義、自由で公正な経済秩序を含む普遍的価値及び共通の原則に対するコミットメントが両国を結び付けている」とある。
「九条の会声明」は、これにたいする有効な反論となっていないのではないかと疑う。なぜなら、東アジアの緊張は専制国家が民主主義のもとにある地域(国家)を併呑・圧殺しようとしているところから起こっているという、だれでも知っている現実を無視しているからである。当然、台湾に同情的な多くの日本人の感情にもそぐわない。
また「九条の会声明」は、日米軍事同盟の強化、すなわち軍備増強に反対しているが、これを強調しすぎると、中国の軍事的優位を維持するのに手をかし、習近平氏に「武力解放」を「決断」する時間を与えることになるのではないか。
同声明は台湾有事の際の自衛隊参戦にも反対している。しかし中国の「武力解放」が強行されれば、同時に南西諸島の日米両国軍基地へのミサイル攻撃があり、中国は尖閣を占領するだろう。自衛隊はいやおうなしに防衛出動しなければならないが、それもいけないことだろうか。
同じことだが、声明は論理の必然として、台湾有事の際の軍事的中立を主張していると言えるが、そうなれば「武力解放」に手を貸し、民主主義を見殺しにすることになりかねない。これはわが護憲精神とは矛盾するが、それでよいのだろうか。
以上が私の疑問である。林の中の一人暮らしのため、自分の考えをただす相手がいない。ご教示を得たい。
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〔opinion11002:210612〕
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