「乗り切り策かそれとも自滅か―不可解な菅首相人事」
- 2011年 6月 28日
- 時代をみる
- 瀬戸栄一
いったん退陣表明したはずの菅直人首相が27日、3法案の成立が辞任の条件であることを明言する一方、与党が国会を乗り切るうえで明らかに不利とみられる人事を断行した。ただでさえ心理的に離反している民主党執行部は菅首相に対する忠誠心を一層冷却させ、28日の民主党両院議員総会では一人の自民党参院議員を引き抜き総務政務次官に充てた人事に対する批判が集中した。
菅首相の味方は首相特別補佐官を引き受けた亀井静香国民新党党首ただひとりという異様な姿となり、8月末までの2か月間延長した通常国会は民主党執行部と同党参院幹部、さらに自民党など野党と、菅首相プラス亀井氏とが対立したまま推移するという、前例のない力関係の中で展望なき政局が展開されそうだ。
菅首相は2011年度第2次補正予算案、再生エネルギー買い取り法案、公債特例法案の3法案の「成立」が自らの退陣の条件であることを明言した。自民党など野党が修正を条件に3法成立で妥協すれば、8月末を待たずに菅首相の退陣を実現できる、と言わんばかりの「条件」である。
ところが同時並行的に菅首相は、自民党を離党した浜田和幸参院議員を一本釣りし、復旧担当の総務政務官に充てるという「禁じ手」に踏み切った。亀井静香氏がかねて進めていた手法を敢えて採用したもので、自民党は硬化し国会運営が行き詰まることは誰の目にも明らかだった。
▽側近の離反続出
6月2日の民主党代議士会で菅首相は「(災害復旧に)一定のメドがつけば若手に責任を譲りたい」との微妙な表現で退陣を表明した。これが退陣決意の表明であることをにおわせて、その直後の衆院本会議での菅内閣不信任決議案を大差で否決させたものの、一定のメドが具体的に何を指すのか、退陣時期はいつごろを想定しているのか、肝心のポイントをはっきりさせず岡田幹事長はじめ執行部や首相周辺をやきもきさせた。
何よりも自民党など野党側の不信を増幅させ、国会を乗り切ろうとする民主党執行部からの信頼感も失った。岡田幹事長、安住国対委員長、さらには枝野官房長官、玄葉政調会長、仙谷首相補佐官らかねてから菅首相を支えてきたはずの側近たちの気持ちを次々と離反させた。
こうした側近の忠誠心の離反は最高権力者にとって痛手である。内閣支持率も低目の投球が続く菅首相はついに、退陣条件が3重要法案の成立であることを明言せざるを得なかった。
▽不可思議な副総理固辞
ところが「ころんでもただでは起きない」のが、市民運動家出身の菅首相の「得意技」である。それが、27日にさみだれ式に表面化した人事だ。最も「まとも」なのが39歳の若手ホープである細野豪志・首相補佐官の原発担当閣僚への抜擢である。3・11の福島第一原発事故発生から3か月あまり、細野氏が政府側の原発事故対応で貢献したことは事実だ。
ところが、閣僚17人という「定員」の枠からはみ出したのが、内閣のスター閣僚と見られてきた蓮舫・行政刷新担当相だったことは、菅首相の真意への疑問を呼んだ。菅内閣への人気を吸収するはずの蓮舫氏への軽視が意外な印象を内外に与えた。
亀井静香氏には副総理就任を打診。固辞されるとあっさり首相特別補佐官として側に引き留めた。だが、菅首相の延命を恥も外聞もなく煽り立てる割には「副総理固辞」は不可思議だった。
▽ガラ悪い亀井戦術
それはともかく、民主党が過半数を失っている参院で複数の野党―特に自民党参院議員の離党を誘導し、与党の味方にすることによって参院での不利な力関係を逆転させたい、といういかにもガラの悪い戦術を菅首相に吹き込んだのが亀井氏である。
ガラの悪さが災いして、菅―亀井路線に乗って自民党に三下り半をつきつけたのが浜田和幸参院議員ただひとりに止まった。その浜田氏を復旧担当の総務政務官に充てた結果、自民党を怒らせて国会正常化を難しくさせたうえ、民主党執行部を出し抜く結果となり、味方の不信感を増幅させた。
予想通り、28日の両院議員総会では「浜田人事」への批判が噴出した。党首である菅首相が連立相手の亀井氏と内々に進めた人事がマイナスに作用している。岡田幹事長は早期の国会正常化を約束してその場を取り繕ったが、岡田氏自身が騙された側なので、うまく機能するかどうか、不透明だ。
▽エネルギー解散を口に
こうしてみると、菅首相の人事対応はもはや正常な政治判断を失った指導者の愚策と決めつけることもできる。
しかし、両院議員総会での同僚議員からの人事批判に対し、菅首相は脅しめいた発言をさりげなく口にして、なお自分が最高権力者であることを誇示した。自ら退陣条件に持ち出した再生エネルギー買い取り法案が「次の総選挙の争点になるだろう」と述べたのである。
民主党の内外には、菅首相が再生エネルギー法案を否決された場合、それを口実に解散・総選挙に打って出るのではないか、との憶測が消えない。それを承知の上で菅首相は400人を超える衆参民主党議員を相手に再生エネルギーを争点にした解散の可能性を意図的に口にした。
政治を多面的・歴史的に観察する立場からは、既に退陣表明した菅首相による解散は「笑止」であろうが、異常なほど粘りに粘る菅首相を見ていると、エネルギー解散も「ありえなくはない」という思いが残る。だが、この状況下での解散・総選挙は2万数千人の死者・行方不明者への冒涜であり、日本の議会制民主主義の「死」を意味することになろう。(了)
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://www.chikyuza.net/
〔eye1487:110628〕
「ちきゅう座」に掲載された記事を転載される場合は、「ちきゅう座」からの転載であること、および著者名を必ず明記して下さい。