ウサマ・ビン・ラディン裁判の欠如――素朴な疑問――
- 2021年 8月 26日
- 評論・紹介・意見
- 岩田昌征
米軍がアフガニスタンから撤退し、タリバン支配が復活しつつあると言う。
かつて、2001年、ウサマ・ビン・ラディン一党が9.11事件を惹き起こし、アフガニスタンに逃げ込み、タリバンに保護されたことがあった。アフガンの武士達は、窮鳥をかくまった。米国は、当然彼等の身柄引き渡しを求めた。私=岩田の記憶ではタリバンは、断固拒否して、そのかわりに、イスラム諸国のどこかで公正なイスラム法廷が開かれるのであれば、ビン・ラディン一党の国外出国を認めると提案した。米国は断固拒否した。
私=岩田は、千葉大学法経学部の同僚達とこの問題で論じ合った時、タリバン提案を受け容れた方が良いと主張した。しかし、大部分の者は、被害者アメリカ国民の心情に共鳴して、「とんでもない。」であった。
私の考えは以下の如くであった。ビン・ラディンがイスラム法廷に立って、どんな裁きを受けるにせよ、ともかくも彼の居場所が明確になるのだ。その後は、FBIなり、CIAなり、イスラエルの秘密機関なりが跡切れ無く追跡できる。そして、ある時、ある所、ある位相の下で身柄を確保する。そして、米国法の下で裁く。その裁判の論理と結論は、イスラム法廷のそれと異なる。欧米法学者とイスラム法学者がそれ以降論争を続ければ良い。
現実はそんなに甘くない、あるいは理知よりも国民感情と政治的損益の方が強い。かくてアフガン戦争が始まり、NATO諸国を巻き込み、今日の結末を迎えた。
ウサマ・ビン・ラディンはどの法廷に立つこともなかった。ニュールンベルグ裁判にせよ、東京裁判にせよ、ハーグ旧ユーゴスラビア国際刑事法廷にせよ、あれほど法と正義の建前を重んじるアメリカ合衆国がウサマ・ビン・ラディンとアルカイダについては、殺害処理しただけであって、国際刑事法廷の開設を全く語っていなかったようだ。何故なんだろう?第二次大戦直後のチャーチルの思想にもどったのか? 実は、英米の正義概念では、裁判形式をとるか、殺害処理形式をとるかは、政治的判断次第であると言うことか?!
令和3年8月24日(火)
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://chikyuza.net/
〔opinion11237:210826〕
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