モティヴェーションを失った大坂なおみ、全米の敗戦
- 2021年 9月 8日
- 評論・紹介・意見
- 大坂なおみ盛田常夫
テニス全米オープン3回戦の大阪なおみ(女子)とツィツィパス(男子)は、勝ち試合をみすみす逃し敗退した。ともに、新鋭の勢いのある選手が相手だったが、一瞬の気の緩みが敗戦をもたらした。
大坂なおみの戦い
大坂は連勝が止まった春から試合数をこなしていない。全仏は早々と棄権し、ウィンブルドン(全英)ではプレーしなかった。全米オープンの前哨戦には参戦したが、ここも早々と敗退したために、ゲーム感覚が研ぎ澄まされないまま全米オープンに入った。
全米のドロー(組み合わせ)は3回戦まで、ランキング50位以下の下位選手との対戦で、徐々に調子を上げていくには願ってもない状況だった。1回戦の対ボウズコヴァ戦は決して悪いスタートではなかった。ところが、2回戦が不戦勝になって、3回戦で18歳のフェルナンデスとの対戦となった。実戦を積み重ねると言う意味では、大坂にとって不戦勝は必ずしもプラスには働かない。その不安がフェルナンデス戦で露呈された。
失う物が何もないフェルナンデスは全力で向かってきたが、大阪は第1セット、5-5からのフェルナンデスのサーヴィスをラブゲームで取り、自らのサーヴィスゲームで決着をつけた。貫禄の横綱相撲であった。第2セットもまったく同じ展開で、5-5から大坂がフェルナンデスのサーヴィスを破り、次の自らのサーヴィスゲームで、1時間強の試合を終わらせるところまできた。ところがここで大坂はやや集中力を切らした。それまで決まっていたファーストサーヴィスが決まらず、あっという間にブレイクバックを許した。気落ちした大坂はタイブレイクを簡単に落としてしまった。大坂が感情を露わにして、ボールをスタンドに打ちこみ、ラケットを叩きつけたのはこのタイブレイク戦である。
大坂のサーヴィスで始まる第3セットだったが、先にブレイクを許したのは大坂だった。フェルナンデスは、気落ちした大坂のサーヴィスゲームのブレイクチャンスを逃さず序盤にブレイクして、そのままセットを取りきった。第1セットと第2セットに一つずつ相手のサーヴィスゲームをブレイクした大坂だが、第3セットはとくにパワーがあるわけでもないフェルナンデスのサーヴィスを最後までブレイクすることができなかった。
試合を通して、大坂は15本ものサーヴィスエースを打っている。サーヴの調子が悪かったわけではない。しかし、勝負どころでサーヴィスがブレイクされ、勝負が決まった。
大坂の現状
18歳にしてはなかなかのテクニシャンであるフェルナンデスだが、小柄で、パワーがあるわけではない。しかし、コーナーに打ち分けるフェルナンデスのサーヴィスを、大坂はなかなかブレイクすることができなかった。試合後のインタヴューでもなぜブレイクできなかったのか分からないと話している。確かに2019年の全豪で、大坂はフェルナンデスよりはるかにパワーとスピードのある左利きのクヴィトヴァと準決勝を戦い、左利き特有の難しいサーヴィスを切り返して勝利している。しかし、東京五輪以後、3名の左利き選手に連続して負けを喫した。全豪で優勝した時のようなリターンが見られず、サーヴィスのリターンミスが続いたことが、試合を難しくした。
明らかに、実戦感覚が鈍っている。それだけではない。今大会の腹だしコスチュームから見えたように、お腹が出っ張っている。
体重が増えて腹筋が緩んでいるのは確かだ。全米、全豪を連続して勝った時の体型から明らかに変化している。体が絞り切れていないのは、トレーニング量が不足しているからだろう。
もともと、大坂はフットワークがそれほど良い選手ではない。連勝がストップした試合からここまで、明らかに相手の方がフットワークで大坂の動きを上回っている。前後左右のスプリントや足の運びのトレーニングが十分にできていないように思う。だから、パワーがない相手のサーヴィスでも、コーナーに決められると体がついていかない。若手が次々と台頭しているテニス界で、走力とフットワークの向上なしに、上位ランクを維持することは難しい。
大坂選手の魅力は何と言ってもそのパワーにある。そのパワーがうまく発揮できれば敵なしだが、パワーに頼るあまり、「受け」が悪くなるリスクがある。大坂選手はサーヴ・レスィーヴもストローク(フォア・バックともに)もドライヴで強打し、スライスやフラット返球を使うことはほとんどない。この試合でも、ウィナーが37本、アンフォーストエラーが36本である。これだけミスショットが多いと、相手が誰だろうと、簡単には勝てない。サーヴ・レスィーヴや逃げのショットにスライスやフラットの打ち返しができれば、戦法の幅が広がる。ここがバーディとの大きな違いで、ランキング1位のバーディにはバックを両手打ちでも片手のスライスでも打てる器用さがある。最近のバーディはバックハンドにスライスを使い、フォアの強打でチャンスボールを決めるスタイルをとっている。これがバーディの安定した戦いを生んでいる。
もともと、スライスとドライヴを織り交ぜ得るような器用さは大坂にはない。パワーで押し切るというテニスに器用さを求めると、テニスの型が崩れる。そこがコーチングの難しいところだが、もう少しストロークの幅を広げないと、ストロークの安定性が得られないことは確かである。
問題はこれらの弱点を克服して、再び世界の頂点に立ちたいというモティヴェーションがあるかどうかだ。若くして世界の頂点に立ってしまうと、トレーニングのインセンティヴを失ってしまう。果たして、大坂なおみはこれから何を達成したいのか。目標と気持ちの強さガなければ、ハードトレーニングに耐えることができないだろう。
中途でつまずくツィツィパス
常に優勝候補に上げられながら、途中でつまずいてしまったのがツィツィパスである。3回戦の相手はナダルの後継者として将来を嘱望されるスペインの新星、18歳のアルカラスである。ツィツィパスは第1セットを失ったが、第2セットを取り切り、第3セットもダブルブレイクで5-2とリードして、自らのサーヴィスゲームでセットを終わらせるところまできた。しかし、大坂と同様に、自らのサーヴィスゲームを続けて落とし、タイブレイクに持ち込まれてしまった。アラカラスの健闘を称えるべきか、ツィツィパスのふがいなさを嘆くべきか、難しいところだが、このセットを落としたことが、大きく響いた。
第4セットはツィツィパスが簡単に取って、最終セットも押し切るかと思われたが、ここでも大坂と同様に、先にサーヴィスゲームを落としたのがツィツィパスである。試合を通してサーヴィスエースを15本も打ったツィツィパスだが、肝心の最終セットで相手より先にサーヴィスブレイクを許してしまった。大坂の試合とほとんど同じ展開である。サーヴィスの不安定さが最後の最後に勝負を決めた。
これにたいして、アルカラスのスタミナは凄い。フォアのストロークのパワーはツィツィパスを上回っていた。テニス界には次から次へと新星が現れてくる。まだ大坂と同じく23歳でビッグスリーに代わる新世代のホープと見なされているツィツィパスですら、すでに下からの突き上げにあっている。男子も女子も、世界の頂点を争う戦いは厳しい。そのなかで、戦うインセンティヴをもち、厳しいトレーニングを続けられる者だけが、世界の頂点に立てる。凡人には計り知れない厳しい世界である。
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