「台湾有事」批判論への批判
- 2021年 10月 9日
- 評論・紹介・意見
- 中国台湾有事日米同盟阿部治平
――八ヶ岳山麓から(345)――
2019年1月、習近平主席は包括的な台湾政策を示した。
「我々は武力行使の放棄を約束はしない。(台湾解放に)必要な措置一切を講じる選択肢を残しているが、対象としているのは外部勢力の干渉とごく少数の『台湾独立』分裂分子およびその分裂活動であり、決して台湾同胞を対象としているのではない」
「台湾同胞を対象としているのではない」といっても、この演説以来、台湾では反中国感情が一層高まり、日本でもメディア・保守派の政治家・自衛隊の退役幹部などによって「台湾有事」説が広く行われるようになった。だが少数ながら「台湾有事はない」と主張する言説がある。ここではジャーナリストの岡田充氏と高野孟氏の説を検討したい。
まず共同通信の岡田充氏の主張(Business Insider Japan 2021・08・16)。
氏は、習近平政権にとって台湾統一は「核心的利益」ではあるが、それが第一(主要矛盾)ではない、だから内外の「台湾有事」切迫論を虚構だという。
「虚構」論の根拠として、米軍ミリー統合参謀本部議長の「(台湾有事が)近い将来に起きる可能性は低い」との議会証言(6月17日)、外交専門誌『フォーリン・アフェアーズ』(2021年9・10月号)の「中国軍には台湾本島への侵攻能力も、海空域封鎖や離島攻撃をする能力もない」という記事を引く。
そこで氏は、日本のメディアや識者のとなえる「台湾有事」論の背景について、日米両国当局者による意図を挙げる。
① 日本が台湾問題で主体的な役割を担う枠組みを構築する 。
② 自衛隊の南西シフトを加速させ、将来の米軍中距離ミサイル配備に向けた地ならしを進める。
③ 北京を挑発し「(武力行使の)レッドライン」を探る。
このうち①については、バイデン政権の誕生以来、菅政権が(3月と4月の)日米外務・防衛担当閣僚会合と日米首脳会談の共同声明に「台湾の平和と安定の重要性」を盛り込み、日米安保の性格を「対中同盟」に変え、同時に自衛隊の軍事力強化をうたったこと。またアメリカの研究者による、日本の後方支援と在日米軍の自由なアクセスがなければ、台湾侵攻を阻止する米軍は中国軍に敗れるという説を根拠として挙げる。
②については、南西諸島への陸上自衛隊の駐屯などで、私などまったくの素人でも明らかである。第一列島線への中距離ミサイル配備は数年内に行われるだろう。
③の「レッドライン」については 、中国は、2005年3月成立の「反国家分裂法」に、台湾独立宣言など台湾を中国から切り離そうとする事態が生まれたら「非平和的手段」をとると明らかにしている。だが、いま台湾が独立を宣言する可能性はゼロに近い。だから法の趣旨からすれば「武力解放」はありえない。
だが岡田氏のいうには、日米は中国の「(実際上の)レッドライン」がどこにあるのか読めていない。そこで「台湾有事」の危機感をあおり、中国側の反応を引き出そうとする。これについて氏は、2021年4月にアメリカの陸軍顧問団が台湾陸軍合同訓練センターに一時駐屯したことや、米軍輸送機の2度にわたる台北空港着陸は「レッドライン」を探るための「挑発」だと考えるのである。
ひるがえって岡田氏は、中国が台湾への武力行使をしない理由を3つ挙げる。
第1、軍艦の数では中国はアメリカを上回るが、総合的軍事力では依然として大きな開きがある。だから「台湾有事」は回避しなければならない。
第2、台湾人の「統一支持」はわずか3%。台湾を武力で抑え込んだとしても、「分裂勢力」を抱えるだけで、統一の「果実」など得られない。
第3、武力行使に対する国際的な反発は、香港問題の比ではなく、「一帯一路」など経済発展のブレーキになる。習近平の「新発展段階」が行き詰まれば、一党支配自体が揺らぐ恐れが出てくる。
高野孟氏も、中国の台湾侵攻が切迫しているという説に反論する(the Journal 2021・07・12)。
氏の議論は岡田氏とかさなるが、そのさわりは少し変わっている。
「(中国の武力侵攻がないのは)当たり前でしょう、米国との全面戦争など誰がやりたいと思いますか。だから米国は、いざという時に台湾を助けるとは明言しない『あいまい戦略』を続け、台湾は名目的に『独立する』とは口が裂けても言わずギリギリの事実上の独立状態を保ち、中国はそれを是として自分のほうからいきなり武力侵攻することはないと米国に密約している──というのが、台湾海峡をめぐる伝統的なセンシティビティーズ(敏感な部分)であり、それを突き崩そうとするのは百害あって一利もない馬鹿げた行いである」
さらに高野氏は、米中の軍事力を比較して、岡田氏同様、米外交問題の専門家の言説を引く。「中国が台湾全体を掌握する軍事作戦を遂行するだけの本当の能力を持つまでには、まだ道のりは長く、中国による台湾の武力統一が近い将来、起きる可能性は低い。中国には現時点で(武力統一するという)意図も動機もほとんどないし、理由もない。ただし台湾は中国の国家的な利益の核心部分であることは間違いない……」
高野氏は、米軍部とりわけ海軍と海兵隊に「台湾有事」待望論が強いのは、軍事予算獲得キャンペーンであって、こんなものを真に受けてはいけないという。
また中国の軍拡について、「いざとなれば武力で台湾解放という国是を掲げ続けるにはその裏付けとなる軍事力を持たなければお話にならないじゃないかというところに中国側の動機がある」という。
私は「台湾有事」が今明日に迫っていると煽るのは、日米当局の軍備増強、日米共同行動の強化といった意図があるという両氏の見解に賛成だし、また虚構に基づく軍事・外交が極めて危険なことは、アメリカのこの20年で明らかだと思う。日本は、中国を敵視するよりも、台湾海峡の緊張状態を緩和するために働くべきである。
しかし、今日の台湾海峡の危機状態は日米台湾が捏造したもの、まったくの虚構といえるだろうか。中国は、2019年の習近平演説以後も、軍高級幹部に「台湾侵攻」の切迫をたびたび発言させ、軍用機や戦艦による挑発活動を強化してきた。
岡田氏は21年3月に習近平が「武力行使」切迫を否定するシグナルを発したと解釈しているが、10月に入ってからも多数の中国軍機が何回も台湾の防空識別圏に侵入している。
高野氏は上記のような証明不可能な米中間の「密約」を「台湾有事」論を否定する根拠にしている。中国に「武力解放」の意図がないならば、なぜ外交手段でなく、台湾に軍事的圧力をかけ威嚇し続けるのか。岡田・高野両氏は、このもっとも肝心なところの検討を避けている。
また、両氏とも米軍高官などの言を引いて、中国の戦力は台湾侵攻には十分でないという。だが、それとは対照的に中国の高級将校らは、台湾は1週間で制圧できるなどと挑発的発言をくりかえしている。
これについていうと、米軍はイラクやアフガニスタン、またロシア軍はウクライナ・ジョージア・オセチアで戦ったから、その戦い方ぶりを考察できるが、中国軍の実力は実戦で全く証明されていないうえに、通常戦力レベルでも急速に現代化されている。
中国の戦力評価の際は、艦船や飛行機・ミサイル・核弾頭の数・動員力が第一列島線までか否かといった通常の目安のほか、今日では宇宙・サイバー分野まで視野に入れる必要がある。ところが、それは高度に秘匿されている一方、事実上通常戦力の一部となっている現実があって、素人では答は出せない。
私も総合力ではアメリカ優位を否定できないが、中国の軍事力の正確な評価は難しい。米軍高官らも「かりにこうならば……」との限定的条件下で話をしていることに留意しなければならない。
自民党政府の安全・防衛政策に批判的な人々のなかには、台湾海峡の緊張状態に「日米軍事同盟の強化で対抗することは、米中の軍事的緊張を高め、日本を巻き込んだ戦争の危険を呼び込む」などと、日米当局だけに批判の矛先を向け、中国の軍事行動をほとんど勘定に入れない傾向がある。
平和団体や革新政党の言説はその典型だが、これでは現実を踏まえたことにならず、国民多数の理解が得て政治を動かす力になれない。岡田・高野両氏の主張には肯定できる部分はあるが、私は彼らもまたその轍を踏んでいるのは否めないと思うのである。
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