ドイツ通信第180号 連邦議会選挙に見られる世代間の課題
- 2021年 10月 12日
- 評論・紹介・意見
- T・K生
連立をめぐる交渉ではっきりしているのは、過去に典型的であった左派と右派の権力闘争という構造だけではなく、それに集約できない若い世代の政治と生活文化への要求が前面に登場することによって、政権樹立に大きな基盤を築き始めてきているということだと思われます。この部分は行動力と組織力を持ち、テーマによって政党を選択していくことから、各政党が連立に向けた共通の合意と方針を決める際に、一方では大きなプレッシャーになると同時に、他方では政治議論と活動の活性化にとって計り知れない原動力になることは間違いないでしょう。また、それを個人的に期待しています。
若い世代が連立政権の内外に政治の足場を持ったのが、今回の選挙でした。これは統計的にも明らかですが、その意味するところは、世代間の課題を浮き上がらせたことになります。典型的には、少子化の進む中で社会・健康(保険)の財源を若い世代に負担させてはならないし、同様に、環境破壊によって現在の若い世代の将来に禍根を残してはならないのです。
他方で、若い世代が、高齢者社会にどう貢献していくことができるのかを問いつけたのも、今回の選挙でした。コロナ禍でも、同じ問題があります。
世代間に横たわるこうした課題に対して、どのような社会的な解決の可能性があるのかを模索するための連立交渉になっていくだろうと考えます。
興味あるのは、18歳で選挙権を取得した若い世代の各政党への投票分布です。(注)
FDP 23% (2017年比11ポイント増)
緑の党 23%(同8ポイント増)
SPD 15%(同3ポイント減)
CDU /CSU (同14ポイント減)
左翼党 (同3ポイント減)
AfD (同2ポイント減)
(注)Infratest dimap fuer ARD-Wahlberichterstattung, Der Spiegel Nr.40/2.10.2021
私にはFDPのこの世代の得票率に驚かされました。これを、CDU/CSUの選挙敗北から検討してみれば、より分かりやすいのではないかと思われます。
CDU/CSU の本来の組織基盤といわれるのは、キリスト教派、保守派、そしてリベラル派であり、それを総してブルジョア派と自称してきました。政治的には「法と秩序と安定」の市民社会の護民官を名乗り、経済的には家族、中小企業、手工業者そして農・工業への援助です。
確かにメルケル政権16年間で、特にEUの金融危機によって当時崖縁に立たされていた銀行、自動車産業が財政援助から経営を持ち直し、その後莫大な利益を確保してきたのは実感できるところですが、しかし他の分野、テクノジー化とエコ化の進む中小、手工業、農産業には、世代を見通して確固とした対策が立てられず、適切な援助もなかったどころか、規制が強化されてきたのがこれまでの経過ではなかったかと思われます。
この分野で若い世代の後継者と起業家が、CDU/CSUを見放しFDPと緑の党に将来の期待を託すことになったというのが、投票分布の示すところです。
SPDに関して言えば、家族、社会保障の面からの援助を強調しながらも、テクノロジーそしてエコ・自然環境保護を基軸に据えた産業構造の転換には完全に立ち遅れ、若い世代に先を越されたというところでしょう。
以上が、選挙によって明らかになった世代間の政治分岐ですが、最後にこれを再度、CDU/CSUからの他政党への得票流失から跡付けてみます。(注)
(注) Infratest dimap Stand 28.09.2021, msm.com
CDU/CSUから
SPDへ153万票、(注)
緑の党へ92万票、
FDPへ49万票
(注) この数字には他の資料との誤差がありますが、ここでは問いません。
それだけではありません。若い世代で注目されるのは、移民の背景を持つ候補者が、今回、多数選ばれていることです。
全部で735議員が新たに選出され、その内、83議員が移民出身で、これは全体の11.3%となります。前回2017年時には8.2%でしたから、今後、この傾向は続きこそすれ、後戻りすることは考えられないでしょう。しかも、すべては30歳前後の若い年齢層です。ドイツの全人口で、外国籍を背景にする市民の割合は26%ですから、これからが楽しみです。
難民援助の弁護士として活動していた女性で、エリトリアかエチオピア出身のどちらかだったと思いますが、カッセルの近くの町の選挙区から緑の党で立候補し、初めての黒人女性として連邦議会に議席を獲得しました。
同じような選挙結果は全ドイツの至る所で、連邦議会といわず、地方議会でも見ることができるはずです。
反対に、ノルトライン・ヴェストファーレンのある選挙区では、緑の党の確かトップにリストされた移民候補者は、周囲からの外国人排斥主義と脅迫にあい候補を取り下げるという、なんとも許しがたい事例もありました。
以下に、統計から各政党の議員数に占める移民の割合を記録しておきます。(注)
SPD 171議員(非移民) ― 35議員(移民)
CDU/CSU 187 ― 9
緑の党 102 ― 16
FDP 87 ― 5
AfD 77 ― 6
左翼党 28 ― 11
(注) Mediendienst Integration, Frankfurter Rundschau Donnerstag 30.September 2021
ここに読み取れるのは、2015年難民問題へのドイツ市民の自主的な取り組みが、外国人の社会編入と政治への参加を促したことが一目瞭然で、それが政党間の違いとなって現われてきていることです。最後は、メルケル―CDU/CSUの無方針な難民対策によってこの市民運動は収束させられていきましたが、選挙結果に見られる統計は、難民援助で人と人を結び付けた連帯、生活・社会援助、将来への展望、寛容、共存共生等々の理念と精神が、着実に社会に根を張っていることの証左になりました。
逆にそれを排除した結果が、政党の移民獲得議席に反映しているというべきでしょう。
この点に関して一つ強調しておきたいのは、移民議員の誕生の背景には、自主的な市民の支援ネット・ワークがあることです。名称を、「Brand New Bundestag」(略BNB)といい、〈若い、新鮮な政治家を国会に!〉をモットーにする市民グループで、選挙活動だけでではなく、スピーチ、言葉の選択、政治家としての振る舞い、対応等のコーチングも行っているといわれ、ここからSPDで2人、緑の党で1人の議員が生まれています。
元々は、2018年アメリカ民主党左派の人格を代表するアレクサンドリア・オカシオ・コルテスを支援した「Brand New Congress」(略BNC )から学んだものといわれますが、BNBはBNC以上の成果を第一回の選挙で獲得したことになります。
こうしたところにも政治の多様化と多彩化が認められる、今回の選挙でした。
(つづく)
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://chikyuza.net/
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