映画『モーリタニアン 黒塗りの記録』(原題:”The Mauritanian”) アメリカの「人権外交」を考える
- 2021年 12月 6日
- 評論・紹介・意見
- アメリカ人権小川 洋民主主義
イギリス人のドキュメンタリー映画作家ケヴィン・マクドナルドが監督を務めたイギリス・アメリカ合作の作品である。アメリカでは今年2月に公開され、日本での公開は10月末であった。原作は、グアンタナモ収容所に14年間拘束された映画の主人公でもあるムハメドウ・スラヒが釈放後に書いた手記であり、2015年に河出書房新社から『グアンタナモ収容所 地獄からの手記』として邦訳も出ている。
主要登場人物は3名で、舞台は半分近い時間が無機質なコンクリートの部屋の中である。上映時間は2時間余。しかし弛緩した場面はなく、逆に畳み込むように場面は進み、観る者はさまざまな感情を掻き立てられる。
主要舞台は、キューバ島にあるアメリカ軍のグアンタナモ収容所である。主人公は、800名近い被収容者の一人、モーリタニア国籍の男性、スラヒである。彼は身柄を拘束されてから3年間、何の容疑で拘束されているのかも知らされず、裁判の予定も知らされていない。許可された外来者と面会する時は、独房から出る際に手錠だけでなく足も鎖に繋がれ、面会室では、その鎖は床に固定される。
彼が拘束された理由は、9.11事件の首謀者とされるビン・ラディンの一族の一人から彼の携帯に着信記録が一回あったことと、ドイツ留学中にアパートにアラブ系の学生を一晩泊めたことだ。この2件から、アメリカ軍はスラヒが、9.11の犯人たちをリクルートし組織するうえで重要な役割を果たしたという疑いをもち、モーリタニア政府に彼の身柄を求めた。2001年11月にモーリタニアの警察によって拘束されアメリカ軍に引き渡された。ちなみにコーランには、「旅人を助けよ」という教えがあるように、スラヒにとって、知り合いでもないアラブの学生に一晩の寝床を提供することは自然なことであったはずだ。
2人目は、アメリカの人権活動家としても知られていた女性弁護士ナンシー・ホランダー。スラヒの両親は初めにフランスの弁護士に息子の所在と弁護を依頼した。モーリタニアの旧宗主国はフランスである。しかしパリの法律事務所は、スラヒがアメリカ軍に拘束されていることから、アメリカの弁護士であり、アメリカ軍の施設に入構する資格のある彼女に弁護を打診した。ナンシーは引き受け、グアンタナモに赴く。
さらに3番目の登場人物は、海兵隊検事(Marine Prosecutor)であるスチュアート・カウチ中佐である。アメリカ政府は、グアンタナモに収容されている「容疑者」は、主権国家間の軍事紛争による捕虜ではなく、戦時国際法上の捕虜としての地位は認められないとして、法的な保護を一切認めていない。カウチ中佐は軍上層部から、スラヒが9.11事件の首謀者の一人であるとして、死刑判決を求めて起訴するよう指示される。
ホランダー弁護士はスラヒと面会し、弁護を引き受けるとともに、経過を記したスラヒの手紙を読みながら、アメリカ軍の作成した「調書」の閲覧を進める。一方のカウチ中佐も、起訴手続きを始めるために「調書」の閲覧を始める。しかし2人とも、当局から提供された「調書」の大部分は黒塗りされ、弁護するにも起訴するにも、その手掛かりさえ得られない。日本語題名の副題「黒塗りの記録」の由来である。
ホランダー弁護士は、調書のなかからスラヒが「犯罪事実」を詳細に語った自白を見つけて衝撃を受ける。弁護士事務所の助手は席を蹴って仕事から外れることを宣言する。不審に思ったホランダー弁護士がスラヒに自白した理由を問い詰めると、「自白」が壮絶な拷問によるものであったことが明らかになる。
カウチ中佐のほうは、職権によって「調書」の原稿にあたるメモの閲覧を執拗に求め、やはりスラヒが受けた想像を絶する拷問や親族への加害の示唆などの事実を確認する。カウチ中佐は収容所を訪問した際、独房の最低設定温度が摂氏12度となっていたことにも思い当たるのである。カウチ中佐は、キリスト教徒としての良心からもスラヒの起訴は不可能と主張して解任される。上層部や部下からは「売国奴(traitor)」と罵られる。
その後の展開は是非、映画を見て確かめてほしい。最後は、解放されたスラヒが故郷の人々の歓待を受ける実際の場面である。
グアンタナモ収容所は、やはり収容者の虐待が明らかになったアブグレイブ刑務所(イラク)と並んで、アメリカ政府の掲げる「人権外交」が、悪い冗談に響くような施設であった。アメリカ政府の掲げる民主主義と人権は、第二次大戦後の国際社会においてそれなりの輝きをもっていた時代があった。しかし、いつしか、それはアメリカの軍事的あるいは経済的国益の追及を隠す「イチジクの葉」に過ぎなくなっていた。今年8月末に発生したアメリカ軍のアフガニスタンからの撤退はそのことを白日の下に晒すことになった。アフガニスタンに「民主主義を根付かせる」として20年間にわたって駐留を続け、その間、アメリカ政府は1兆ドル(110兆円)を費やした。しかし、その大部分はアメリカの軍産複合体に流れ、残りはさまざまなNGOや統治能力のない腐敗したアフガン政府の高官たちの私腹を肥やす仕組みのなかに流れ込んでいた。タリバン勢力が首都を包囲すると、政府幹部たちは現金をトランクに詰めて真っ先に脱出したのである。
オバマ政権下では、グアンタナモ収容所閉鎖の方針が示され、収容者を各出身国に移送するなど、閉鎖に向けての作業が進められた。しかし、トランプは大統領就任前に、その閉鎖に待ったをかけ、彼の任期中は移送作業が中断され、バイデン政権が発足してから再開されている。
トランプ大統領が外交問題で「人権」に言及したのは、中国敵視政策に関連してウィグル問題を扱った際だけである。逆に、自国民に対する深刻な人権侵害が指摘される北朝鮮の金正恩とは無条件で3回も会談の機会をもった。またナチズムや軍国主義を清算し、戦後、民主主義国家としてアメリカと良好な関係を維持してきたはずのドイツや日本に対しては、軍の駐留経費負担や工業製品の対米輸出など、「不公正な関係」を指弾し続けてきたのである。トランプ政権は自らの手でイチジクの葉さえも投げ捨てたというべきだろう。
バイデン政権が発足して世界の多くの国々は暫しの安心を得ただろうが、当のアメリカではトランプのような政治指導者を生み出すマグマは社会のなかに溜まり続けている。どのような人物が次の大統領に就任するにせよ、アメリカ政府の姿勢は、民主主義や人権を掲げる国際協調から、より露骨な自国中心へと変わっていかざるをえない。二言目には「強固な同盟関係」を唱え、思考停止に陥っているかのような日本政府にとって、米軍のグアンタナモ収容所やそのアフガニスタン撤退から学ぶべきことは多いはずだ。
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