ドイツ通信第183号 信号連立政権とオミクロン感染対策――何が新しくて、何が問題か
- 2021年 12月 25日
- 評論・紹介・意見
- T・K生
ドイツ―ヨーロッパは、オミクロン変異株に見舞われています。それをメディアでは、【「TUMAMI」= 津波】と表現するほどです。イギリスの現状はドイツの3週間後の姿だといわれ、加えてクリスマス休暇、年末年始にかけて感染率の急上昇することが現状分析から確実視されています。
なぜこうなってしまっているのか、誰の責任か、こんなことを議論すればきりがありません。問題は、新政権の下でこの機に何がなされ、何が可能かという現実的で実践的な対策です。
この点で「信号連立政権」がどう舵を切っていくのか、いくつか気づく点を少し整理してみます。
メルケル前政権の“密室”から「専門家評議会」(Expertenrat)
連れ合いが「これに目を通すように」といって、3ページ弱の文章を差し出してきました。先週の日曜日12月19日、「専門家評議会」(Expertenrat)が行なった現状分析と政治への提言が記されたものです。
要点を箇条書きにしておきます。先ず現状分析ですが
1.オミクロン変異の驚異的な感染爆発のスピードは、これまでにないもの
2.接種を受けた者、受けていない者を問わない感染性
3.社会のエッセンシャルなインフラ、例えば警察、消防署、医療機関が崩壊し、加えて流通・通運ルートが切断される可能性
と、以上を一言でいえば、イギリス、オランダ、オーストリア、ルクセンブルク、ノルウェー、デンマークが既に示しているように〈ドラスチックなカタストローフへのシナリオ〉が描かれたことになります。ドイツは、国境を接する周辺国からオミクロン変異感染に包囲された格好になりました。それゆえに危機状況が訴えられ、「1日として遅れてはならない」緊急な対策が求められることになります。
そして、提言が以下のように続きます。
4.コンタクト規制の強化
5.早急な対策
6.ブースター及び接種キャンペーン
7.社会、各機関のコミュニケーションの確立
ここから読み取れるのは、クリスマス直前の即時のロックダウンの必要性ですが、この点をめぐって意見の違いがあったのでしょう、この用語には直接触れられていません。しかし、そう読み取れる提言です。
最終的な判断は、政治に委ねられたことになります。
ここで、評議会の性格に関して少しふれておく必要があります。
前メルケル政権の決定は総理府の密室で、メンバーが公表されない専門家によって行なわれていました。また政府に批判的なウイルス学者等は排除されているという不満と批判が医学者グループからあったことはすでに報じてきたところです。さらに、狭い分野に限られ社会の意見を反映していないというコミュニケーションの問題も指摘されてきました。
新政権はこうした問題を解決しようとするかのように、「専門家評議会」が組織され、医学・医療各分野、倫理、物理、郡長等々、多岐にわたる領域から参加する全部で19人のメンバーで構成され、名前も公表されています。
もう一つ、今後のコミュニケーションという点で重要な役割を果たすだろうと思われるメンバー構成です。ウイルス学者の中では過去2年間、極端化すれば〈ロックダウン〉か〈緩やかな規制〉かと、議論が相反する2つの極に分れることが顕著になり、一時は関係者の間でさえ個人的な気まずい関係が成り立つほどでした。それは意識するしないにかかわらず、社会内の意見対立に反映し、影響を与えたことは間違いないだろうと考えています。どちらの見解を受け入れるかで、究極的には二者択一に陥り、そして各自の正当性を主張して止まないからです。
現在、反コロナ規制運動が極右派化し、暴力、テロの脅威が現実化してきているなかで、新政府内には分裂した社会をどうつなぎとめていくのかという配慮が働いたのには確実で、それが見解の相反する2人のウイルス学者を評議会に取り入れた一番の背景だと思われます。
あるいは、現在の感染状況がウイルス学者の両極の異なる意見を許さなくなってきているのではないかとも考えられるのです。
「専門家評議会」の文章の最後には、「19人参加者の19人が同意した」と記されてあります。
「選択肢のない」議論ではなく、見解の異なる議論ができ、共同合意が取れるようになったといえます。専門家の意思形成過程が公表されたことにより、議論の公開性と透明性が感じられるようになったといえば、単なる私の思い過ごしというものでしょうか。自分の議論がしやすくなったことは事実です。それを受けて市民をどう議論に引き入れ、具体的な対策を決定していくのかは政治の役割になり、そこで新政権の真価が問われることになります。
「専門家評議会」と「コロナ危機本部」を両輪に
11月中旬からクリスマスまでの「3000万ブースター・キャンペーン」が始まりました。それに応じて連れ合いが連日接種センター勤務に就くことになり、毎回80-100人近い接種を済ませています。
私も時間の空きを見つけて、これまで数回彼女と一緒にセンターで仕事をしてきました。11回などは、私は1人で2つのチームを担当するハメになり、6時間近く走り回っていました。センターでは感染の不安を吹き飛ばしてくれます。クリスマス休み期間中は、また集中した勤務が可能になります。
12月23日現在、すでに2,800万人がブースターを受けたと報告されていますから、当初の目的は果たされたことになります。
この陣頭指揮を執っているのが「コロナ危機本部」(Corona -Kriesenstab)で、トップに連邦軍の兵站総監が就いています。
キャンペーンが始まった直後、前保健大臣(CDU)はバイオン製ワクチン在庫の不足していることがわかり、そこで大量に残っていた保存期限切れが迫るモデルナ製ワクチンを使用することに決定しました。予定していた希望するバイオンが配給されない各医院では、大きな混乱が起きたといわれています。
その言い訳にこの大臣は、「バイオンがメルセデスとすれば、モデルナはロールスロイスだ」と、定例記者会見でぶち上げていましたが、今では、そんな議論は聞かれなくなりました。2022年1月からはまた、引き続き「3000万ブースター・キャンペーン」が計画されています。
「専門家評議会」と「コロナ危機本部」を両輪に、ドイツのオミクロン対策が実働していくことになりました。危機管理の体制的な輪郭の見通せることが、私には何よりのバック・アップ、後方支援といえます。
センターでの仕事明けに、疲れ切ってレストラン等で簡単に夕食を済ませることがよくあります。あるいは「町の声」というか「市民の声」を知りたくて外食するときもあります。そんな折に拾った「市民の声」を集めながら、個人的にコロナ対策を考えるときの一つの身近な素材としています。
レストランの給仕さんたちは、「また、ロックダウンにならないか」と不安気に話しかけてきます。夜間の客足が落ち、「労働時間がカットされるのでしばらく会えなくなる」というのを聞けば、こちらも寂しくなってしまいます。
その一方で、数組のグループが集うテーブルでは、大声で話しまくり歓声を上げ、アルコールで気勢が上がっています。コロナなど、ここにはあたかもないかのように。客の素振りから教養のある富裕層であるのがそれとなく見てとれるのですが、しかも60-70歳代の年配者たちです。私たちは食事を早めに済ませ、そそくさと席を立ちました。
こうした状況は、どこでもあまり変わりはないように思われます。こういう人たちを見ていると、〈きっと、土壇場になっても事態が理解できないだろうな〉と考えてしまうのです。
連れ合いは、「しかし、お上が指令をだせば、難なく従うのもこうした年齢層の特徴だよ」といいます。
今年のカッセルのクリスマス市の売り上げは、コロナ前の年の高々3分の1でしかなかったが、しかし、「接種パス」の提示とチェックにもかかわらず訪問者は規則を遵守し、チップも通常より多く渡してくれ、それがクリスマス市主催者の慰めになったといいます。
社会のほんの一部といえ、いろいろな断面です。このジレンマを抱えた政治決定です。次に、その決定にジレンマがどのような影響を与えているのかというのが問題です。
ローベルト・コッホ研究所が「ロックダウンの必要性」を訴える緊急文章を公表
12月21日(火)、中央―州のコロナ対策会議が開催される前に、「専門家評議会」のメンバーでもあるRKI(ローベルト・コッホ研究所)が「ロックダウンの必要性」を訴える緊急文章を公表しました。
州には規制強化に向けた独自の権限が与えられながらも、中央に統一した規制権限の必要性が訴えられます。
「評議会」の警告と提言には具体的な対策に関しては言及されていません。他方で新政府の決定では、クリスマス明けの12月28日からのロックダウンも排除しない規制強化が確認されていますから、RKIの焦りと危機感は、〈それでは遅すぎる!〉という判断に立ち、中央―州会議への規制強化に向けた議論誘導を目的としたものであることは一目瞭然です。そこに政治的意図があるのではないかとも詮索されていますが、確定的なものは指摘されていません。
他方で、「19人の合意」を反故にするような抜け駆け的な行為は、スタートしたばかりの新政府と「専門家評議会」の権威および信用を落としかねません。
新政府の決定への判断基準は、
1.ブースター及び接種キャンペーンが進んでいる(昨年との一番の違い)
2.家族で迎えるクリスマスの伝統的な祝祭を禁止したくない
3.オミクロン感染拡大に対しては28日以前の繰り上げ規制強化の可能性を残す
4.クリスマス期間中は各営業が休業になっている
を指摘できますが、この背後に読み取れる問題は、
1.これまで使用されてきたワクチン(バイオン、ジョンソン・ジョンソン、モデルナ)の新型ウイルスに対する効用性です。この点では、まだはっきりとした研究・分析結果が出されていないように思われ、様々な意見が聞かれ、それが「ブースター・フィーバー」のような現象を引き起こし、一方では、市民の中に不安をかきたてることになっていると思われます。
2.他方で、新型ウイルスに関しても同じような現状で、驚異的な感染爆発のスピードは認められていながらも、患者の感染症状に関しては「軽症に進んでいる」こともイギリス、南アフリカの統計を基に専門学者から説明されます。
つまり政府決定は、すべての結果が出るまで時間を待つことはできないが、結果の予測が立てられない段階での規制強化――ロックダウンには踏み込めないという時点でのジレンマを体現したものだといえるでしょうか。
そこで、このジレンマを長期的な展望で解決する道が「接種義務」に求められ、議論され始めました。70-80%のドイツ市民が賛成の意志を示しているというアンケート調査が出されています。
現在のところ26%近くになる「接種拒否者」への義務付けによって、コロナ感染を終焉・絶滅させる解決案ですが、私はこの問題に関してはっきりした意見を、今のところ持ち合わせていません。しかし、別の角度から同じ問題を考えています。
100%の接種率がはたしてウイルスの絶滅を可能にするのかどうかという問題と同時に、変異ウイルスがなぜ、どこから発生するのかという問題です。
EUを例に取り上げれば、デルタにしてもオミクロンにしても、一つのウイルス感染が低下し、沈静に向かった時点で発生してきています。
それは、ウイルスが完全に世界から根絶されていなく、温床の地を求めて生き延びようとするからだと思うのです。
ワクチンの豊富な地は感染が減少し、ワクチンのない、不足する地は、ウイルスの「温床地」になってきます。
これが表現するものは、世界の経済的な不平等、社会的な不公正が温存される限り、ウイルスの「温床の地」は残り、そこを土壌にしていつでも変異ウイルスが発生してくるということです。
現状のままではワクチン製造は「資本の蓄積」を象徴しながら、変異ウイルスを再生産しているということにはならないかと、大きな疑問として残ります。
「接種義務」の危険性 コロナ規制反対派の極右派化とテロ・暴力を促進
「接種義務」の危険性は、コロナ規制反対派の極右派化とテロ・暴力を促進していくことは間違いありません。すでにその兆候が現れ始めています。政治家への殺害予告、ナチを連想させる自宅前での松明デモ等々、ほぼ連日デモが続けられています。「デモ」といってもコロナ規制を遵守しないことを理由に禁止されていますから、「散歩」と称していますが、その数は数千人の規模になり、TVニュースの画像を見ながら、一即触発の危機感を感じずにはおれません。
ここで、新しく内務大臣に就任した女性議員(SPD)のアピールを引用しておきます。何が問われているのかが一点の曇りなく明瞭に言い尽くされていると思います。
残念なことにデモに参加する市民が、未だにこうした人々(極右派化するグループ―筆者)から一線を画そうとしない。社会の繋がりを獲得するために努力することは重要で、それによって社会を分裂させようとする反民主主義勢力に打ち勝つことができる。
極右派、ファシスト勢力との闘争は、彼らを批判しながら、彼らと闘うことです。それが民主主義的な共同社会を築き上げ、強化する道であることを教えていると思います。その責任が、実は各市民に課されているということです。
接種が社会の結びつきを強めるのであれば、そのために私にできることは何かと考えて、連れ合いと2人で元気にセンター勤務を続けています。
ただ一つの願いは、センターがホット・スポットにならないことです。
(つづく)
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座http://www.chikyuza.net/
〔opinion11606:211225〕
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