中国はロシアのウクライナ侵攻を予期できなかった
- 2022年 3月 1日
- 評論・紹介・意見
- ウクライナロシア中国阿部治平
――八ヶ岳山麓(362)――
ウクライナ状勢が急を告げている。報道がロシアと欧米に集中している昨今、はたして中国は事態をどうみていたか気になる。少し遡って、中国の動きをたどってみた。
2021年6月
ウクライナは、国連人権理事会第47回会合において、カナダが発起国となった新疆・チベットなどの中国の人権抑圧問題にかんする反中国共同声明への署名を撤回し、事実上中国を支持した。
当時人民日報は「ウクライナ側のこの決定は独立自主と実事求是の精神を体現するもので、国連憲章の趣旨及び国際関係の基本原則と合致しており、中国側はこれを歓迎する」と報じた。
これは習近平主席の「一帯一路」政策の東欧の拠点がウクライナであり、中国の投資がかなり巨額になっていることと関連している。中国とウクライナ両国は、2013年末には友好協力条約を締結し、さらに中国の100億ドル以上の投資計画で合意している。また2014年のロシアによるクリミア併合以降は、中国がロシアに代わってウクライナ最大の貿易相手国となった。
2021年12月~22年1月
21年末プーチン露大統領はNATO不拡大などを迫る条約案を西側に提示した。バイデン米大統領はこの要求を断固拒否した。
これに対して、中国は2022年初頭、ロシアと密接な関係であることをあらためて表明し、(軍事同盟が日程に上ったわけではないが)中露の戦略的協力に聖域はない、唯一無二の関係だといった。
2022年2月16日
中国のロシア問題専門家は、ウクライナでの緊張状態はアメリカが焚き付けているからだと主張した。
「米国はロシアとウクライナの戦争勃発を望んでいるわけではないが、ロシアとのいわゆる戦略的妥協も望んでいない。冷戦終結後、NATOは東へ拡大を続け、ウクライナ地域を中心にロシアの戦略空間を圧迫してきた。これは欧州全体の戦略環境と戦略体制を崩壊させる可能性がある」
彼は、アメリカがロシアを敵視するのは、アメリカが主導・掌握・コントロールする欧州秩序を維持するためであり、また米国の現政権がウクライナ問題を利用して自国民の関心をそらし、中間選挙で得票を伸ばすことを望んでいるためだとした(中国社会科学院ロシア東欧・中央アジア研究所の張弘研究員の主張。人民網<注1>日本語版)
<注1>人民日報電子版のこと。
さらに15日の定例記者会見で、中国外交部(外務省)汪文斌報道官は「戦争の可能性を誇張し、宣伝するのは責任ある行為ではない。中国は各国に対して、対等かつ開かれた姿勢で、対話と交渉を通じて『ミンスク2(ミンスク合意<注2>に同じ)』の的確な実行を後押しして、ウクライナ危機の政治的解決のために条件を整えるよう呼びかける」と発言した。
<注2>ミンスク合意とは、 ウクライナ東部紛争の解決に向け、2015年2月にベラルーシの首都ミンスクで署名された合意。交戦が始まって約半年後(14年9月)、 (1)中央政府による国境管理、(2)ウクライナからの外国部隊撤退、(3)親ロシア派への自治権付与―などが合意された。ウクライナもロシアもこれを守らなかった。
2月17日
16日の定例記者会見で中国外交部の汪文斌報道官は、ウクライナ情勢について、アメリカがでたらめな情報を流して戦争をあおっていると西側を非難した。
「私はロシア側が先日行った『西側はウクライナ問題で情報テロを実行した』との指摘に注意を払っている。2月15日は米国や西側のプロパガンダが失敗した日だ。まさに米国と西側の一部による虚偽情報の煽動と拡散が、元々試練に満ちたこの世界にさらに多くの動揺と不確実性をもたらし、不信と分断を激化させたのだ」(人民網日本語版)
2月18日
張軍中国国連大使は、「ミンスク2は各国が広く認めた、拘束力のある、ウクライナ問題解決のための基礎的な政治文書であり、安保理決議第2202号によって承認されており、関係各国が全面的かつ実効性ある履行をすべきものだ」とウクライナ問題解決のためには、ミンスク合意にもとづいて相互尊重、対等な協議による解決がなされるべきことを主張した。
また同大使はNATO拡大を非難して、「一国の安全保障が他国の安全保障を犠牲にすることがあってはならず、地域の安全が軍事ブロックの強化、さらには拡大によって保障されるようなことがあってはならない」とも発言した(人民網日本語版)。
2月19日
王毅外交部長(外相)は、2月19日夜北京での第58回ミュンヘン安全保障会議の中国セッションにテレビ会議で出席して、NATOの東方拡大を非難しながらも、ウクライナの主権尊重を説き、さらにミンスク合意に立ち返れと訴えた。
また人民日報などメディアがこのニュースを21日に伝えたところを見ると、中国情報当局は21日になってもプーチンのウクライナ侵攻の意図を依然として察知していなかったことがわかる。王毅外交部長の発言要旨は以下の通り。
「各国の主権、独立及び領土的一体性は尊重され、維持されてしかるべきだ。なぜなら、これは国際関係の基本準則であり、国連憲章の趣旨を体現しており、中国が一貫して堅持している原則的立場でもあり、ウクライナも例外ではないからだ」
「中国は、ウクライナ問題においては、ミンスク2という原点に早急に立ち返るべきだと考える。ロシアもEUもミンスク2を支持している。それにもかかわらず、なぜそれができないか?現在各国がすべきは、戦争を宣伝するのではなく、平和のために努力することだ」(人民網日本語版)
2月21日
この日、情勢は大きく動いていた。
プーチンは21日、ウクライナ東部で支援する親ロシア派武装勢力「ドネツク人民共和国」と「ルガンスク人民共和国」について、独立を承認する大統領令に署名し、軍隊の派遣も決定した。プーチンは親露派両地域への支援はロシアと両地域人民共和国との条約に基づくとし、「(ウクライナ軍との)衝突が起きており、必要であれば(両地域支援の)義務を遂行する」と説明した。
この一方でプーチンは「今すぐ部隊が行くとは言っていない」といい、「具体的な筋書きを予測するのは不可能で、現地の状況次第だ」と侵攻意図をあいまいにした。このときプーチンはウクライナに、NATO加盟方針の撤回とウクライナの非軍事化を要求した
バイデンがロシアは近くウクライナに「侵入」するだろうと声明したのに対し、新華社通信は以下のようにこれを宣伝だとして、ロシア側にはウクライナへの武力行使の意図はないと繰り返し強調した。さらに、米政府は危機を煽っていると非難した。
「米側は以前、ロシアは2月16日にもウクライナへの攻撃を始める恐れがあると確かな口ぶりで述べていたが、事実はそうならず、この予測は完全に外れた。米指導者は18日にも、プーチン大統領は開戦を『すでに決定』しており、侵攻は『数日内』にも始まる恐れがあると『確信』していると公言した」とも言っている。
プーチンは役者が一枚上だった。
ドイツのショルツ首相との会談後に、ロシア側に戦争をする意図は全くないと発言した。ロシア国防省は15日、ロシア軍部隊が演習を終えてウクライナとの国境地帯から撤退し、基地へ戻る映像も公開した。フランスのルドリアン外相も、ロシア側が軍事的行動をすぐにとる徴候はなく、緊張の緩和が喫緊の課題だと述べた。
これに対して中国は、依然ウクライナ問題の解決においては、やはりミンスク2という原点に立ち返るべきだと主張しつづけた(人民網日本語版)。
2月22日
プーチンは22日の記者会見ではじめて「ミンスク合意は失効した」と発言した。北京冬季オリンピックの際、プーチン・習近平会談があったが、プーチンはウクライナ侵攻の決意を習近平に伝えていなかった。この間、プーチンは核の脅しをしながら西側をけん制したが、中国の情報機関はこの時点でもなお情勢を正確に把握できなかった。
22日、米欧はプーチンの決定を一斉に非難した。国連安保理は21日、緊急の公開会合を開催。日本を含む先進7カ国(G7)首脳も24日にオンライン会合を開き、対ロ制裁を含む強力な措置をとるとみられたが、結果として無力であった(モスクワ時事2月23日)。
2月24日、ロシアはウクライナに本格的に侵入した
これ以後の動きは周知の事実なので省略する。
中国は、ミンスク合意に基づいた解決、各国の主権、独立及び領土的一体性の尊重など「正論」を主張し続けたが、ロシア軍のウクライナ侵攻によって国家のメンツをかるく蹴飛ばされた。ウクライナとの経済的連携を強めていた中国は、ロシアを支持しながら今後どのような動きをするだろうか。(2022年2月26日)
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