オリバー・ストーン&ピーター・カズニック:ロシアから見たウクライナ問題(2014年6月)Oliver Stone and Peter Kuznick: The Ukraine issue, from the Russian perspective (June 2014)
- 2022年 3月 8日
- 評論・紹介・意見
- 「ピースフィロソフィー」オリバー・ストーンピーター・カズニック
オリバー・ストーン監督と、ピーター・カズニック教授と、2013年に広島・長崎・東京・沖縄をまわりそのときの講演録と同行記、交流した人たちのコラムなどをまじえて2014年8月に出版したのが『オリバー・ストーンが語る日米史の真実 よし、戦争について話をしよう。戦争の本質について話をしようじゃないか!』(金曜日)であった。この本の巻末に収録した二人の記事「ロシアから見たウクライナ問題」が、いまウクライナで起きていることを理解するのに役立つと思うのでここに紹介する。この記事の内容が全く古くなっていないことが問題の根深さと困難さを象徴している。これを読むだけでも、日本を含む西側諸国での報道やナラティブがいかに American exceptionalism アメリカ例外主義に偏ったものかがわかるだろう。ストーン&カズニックの二人は、その大作 The Untold History of the United States (2012) 「語られないアメリカ史」に大幅に加筆して 2019 年に updated version を出した。近日中にその本からもより新しい関連内容を紹介したいと思う。
以下、『オリバー・ストーンが語る日米史の真実 よし、戦争について話をしよう。戦争の本質について話をしようじゃないか!』(オリバー・ストーン、ピーター・カズニック、乗松聡子共著、2014年 金曜日刊 184-9頁)より
ロシアから見たウクライナ問題(2014年6月)
米国とロシア両国の指導者が生きている世界は、平行線のように互いに交わることがない。彼らは現実を異なったように見ているが、それは歴史の認識が根本的に異なっていることに根ざしている。
ドイツのアンゲラ・メルケル首相は、ロシアのウラジミール・プーチン大統領を妄想癖の人物だと思っている。そのプーチン大統領は、ジョン・ケリー米国務長官を同じように妄想癖だと見なしているに違いない。ケリー長官が「民主主義者」と思う人々を、プーチン大統領は「ファシスト」だと考える。ケリー長官がむき出しの侵略行為だと思っても、プーチン大統領は死活的な安全保障上の防衛と見なす。
現在もたらされている危機は、ウクライナの将来だけに留まるものではない。米国の好戦的指導者らによる「オバマ大統領はプーチン大統領に立ち向かうべきだ」という要求や、共和党の「オバマ大統領がシリアあるいはイランを爆撃するのに失敗したために現在の事態がもたらされている」といった愚かしい主張が、冷戦によって人類の生存に最終的な幕を下ろすような瀬戸際作戦に米国を押しやっている。そして米ロ両国は、数千発もの核弾頭が搭載された数百発のミサイルを即応警戒態勢で相手国に向けており、核戦争の脅威は現実味を帯びている。
私たちが現在必要としているのは、新冷戦だとか「ミュンヘンの宥和」(注1)、ロシアの新帝国主義などといった語をやたらと口にしないような政治家である。そして極右ネオコンの指導者ロバート・ケイガンの妻で、欧州・ユーラシア担当国務次官補でもあるビクトリア・ヌーランドのように、電話で「EUなどくたばれ!」(注2)と叫び、自制心のなさを見せつけながら欧州の人々に応対することはない外交官である。
私たちが必要としているのは、フランクリン・ルーズベルトの副大統領だったヘンリー・ウォーレスのような人物であり、彼は米国の敵側からは世界がどのように見えるかを理解していた。ウォーレスは冷戦と核軍拡競争を防ごうと試みたことから、オバマを再び対決路線に向かわせようとしている現在のネオコンのタカ派や冷戦も厭わないリベラル派と同じような連中から、何十年も憎悪された。
米国では、かつてイラクへの侵略を一団となって喝采した大手メディアが、今度はウクライナに関する政府の作り話を吹聴し、現在のウクライナの状況を理解する上で必要な歴史的背景については、何も触れようとしない。
フルシチョフの勇気
米国だけが唯一例外的に何をやっても許されると思っている連中にとっての歴史は、ロシアのナショナリストたちにとってのそれとは全く異なっている。彼らは知っている。米国とその同盟国がロシア革命を覆そうと数万人の部隊を送り込み、ヒトラーと対決する集団的な自衛権措置を求めたソビエトの呼びかけを拒み、敵ファシストと戦うスペインの共和国防衛に向けたソビエトの努力にも加わろうとしなかったことを。さらには1942年には第二戦線を形成する約束を破り、米英が対峙したドイツ師団は10に留まったのに、ソビエトは引き続きドイツ200個師団と立ち向かわなければならなくなったことを。ソ連の第二次大戦死者数は2700万人であった。米国は40万強である。
米国とソビエトはどちらが冷戦を開始したかでも意見は全く分かれている。ソビエトは直近25年の間に二度侵攻を受けた忌み嫌うべきドイツと自国の間に緩衝地帯を置くことが正当な安全保障的利益をもたらすと見ていた。ソビエトは、すでに負けが明らかだった日本よりも自分たちが米国の原爆の本当の標的とされていたことを意識していた。日本は必死で終戦を模索しており、原爆よりも自分たちの参戦が日本の降伏に、より大きい役割を果たしたことを知っていたからである。
日本への原爆投下は、ソビエトの指導者たちに、もし戦後のヘゲモニー確立に向けた米国の計画に干渉したら、どんな目に遭わされるかを警告するという意図が込められていた。その後もソビエトの指導者たちは、米国が巨大な核兵器の兵器庫を構築し、他国を核兵器で抹殺してやると繰り返し脅す光景を目撃した。1946年に米国は、核弾頭の生産を禁止し、核兵器の競争を阻止しようという国連の有益な努力をさえぎった。キューバ危機の際は、核戦争の脅しに訴えることなく、身を引いたのはフルシチョフであった。彼はそうした決定を下したために結局権力の座から追われたが、人類を滅亡の危機から救ったのだった。
彼はまた、53年に米国と自国の核兵器政策についてブリーフィングを受けた際には、数日間眠ることができなかった。キューバ危機を経て、フルシチョフはすべての軍事同盟解消と、超大国間の新たな紛争を潜在的にもたらしかねない全問題の除去を呼びかけている。そしてすべての核戦争を中止する条約を推進しながら、賢明にも「もし平和が実現できず、核爆弾が投下され始めたら、我々が共産主義者であるとかカトリック信者であるとか、あるいは資本主義肯定派だとか、中国人やロシア人、米国人であるといったことに何の重要性があるのか。誰が何人とか何主義とか見分けるような人間も一人も生き残らないのだ」と問いかけた。
そして86年、アイスランドのレイキャビクで、結果的に破綻したスターウオーズの幻想に頑固にとらわれていた米国のロナルド・レーガン大統領に譲歩に次ぐ譲歩を重ねながら、すべての核兵器除去を納得させる寸前まで持っていったのはソビエトのミハイル・ゴルバチョフ書記長であった。
冷戦の終結については、その開始と同様に論議がある。多くの米国人は、肉体的によろけていた老大統領がその一番の功労者であると信じているが、真摯に歴史を学ぶ者にとってはゴルバチョフ書記長である。レーガン大統領の後継者であるジョージ・ブッシュ大統領は、ゴルバチョフ書記長が、旧ワルシャワ条約機構加盟国がソビエトのブロックから離脱するままにさせた自制心を讃えた。だがその言葉を発した直後に、米国の「安全保障」の利益のためだとパナマやクウェートに侵攻した。コリン・パウエルは、「ソ連がどうしようとも、たとえ東ヨーロッパから撤退したにせよ我々はドアの外に『超大国はここに住む』との看板を掲げなければいけないのだ」と宣言した。
米国の世界支配の欲望
90年2月、ゴルバチョフ書記長は「NATOは親指一本の幅ほども東方へは広げない」という米国と当時の西ドイツの保証を受けて、ドイツ再統一を容認した。だが、ビル・クリントンとジョージ・ブッシュ(息子)はNATOを東方に拡大し、現実にはNATOと米軍の基地で包囲したのだ。冷戦の設計者であったが後に批判に転じたジョージ・ケナンはこれを「戦略における途方もない歴史的失策」と呼んだ。
2009年には、アルバニアとクロアチアがNATOに加盟している。ブッシュ前大統領は、グルジアとウクライナも加盟させるという意図すら公言したが、ロシアの指導者にとっては決して容認できない悪夢のシナリオである。
ボリス・エリツィンは米国の経済学者たちによる「ショック療法」計画を愚かにも遂行し、ソビエト崩壊後のロシア経済をオランダ程度の規模にまで縮小させてしまった。平均寿命は66歳から57歳まで低下した。有名なロシアの小説家アレクサンドル・ソルジェニーツィンは20年に及ぶ亡命生活の末、2000年の状況を指してこう言った。「我々の国家、経済、文化、倫理的生活のすべての部門が破壊され略奪された。我々は文字通り廃墟の中に住んでいるようなものだ・・・偽の改革の数々は・・・人民の過半数を貧困に追いやった」。
プーチン大統領は、米国の宇宙軍事化や東欧におけるミサイル防衛網の構築や核兵器能力の強化、エネルギーが豊富なカスピ海地域への進出、そしてロシア国民の90%が「人道に対する犯罪」と見なしたユーゴスラビアのセルビア人に対する空爆に対し、抗議した。
だが06年にロシアは、新たな衝撃を見舞われた。外交問題評議会が発行する著名な『フォーリン・アフェアーズ』誌でノートルダム大学のケイル・リーパー助教授(当時)とペンシルバニア大学のダリル・ブレス助教授(同)が連名で書いた論文に、米軍がロシアや中国を報復不能にしたままで核の先制第一撃を加える能力を遂に達成したと発表されたのだ。当時『ワシントン・ポスト』紙は、この記事がロシアに対し、スタンリー・キューブリックの映画『博士の異常な愛情』に登場する、核戦争をためらわず遂行させるストレンジラブ博士を想起させて「頭に衝撃をくらわせた」と報じている。元首相代理の経済学者イゴール・ガイダーは、「権威ある米国誌におけるこのような構想の発表は爆弾のような効果をもたらした。通常ならヒステリー的な反応や反米的姿勢を取らないロシアのジャーナリストたちでさえこれを米政権の正式な立場の大枠と見た」と『フィナンシャル・タイムズ』に書いている。
さらにロシアは米国のアフガニスタン、イラク、リビアへの侵攻や、無人機による暗殺作戦、昨年だけで134カ国での特殊部隊配置を目撃した。そしてコソボや南スーダン、エリトリア、東チモールで立証されたように、自分たちの目的にかなうなら主権国家の分割も推し進めるという現実も。
現在焦点となっているウクライナ危機をもたらしたものに、レーガン時代の遺産である全米民主主義基金(NED)(注3)がある。この組織はウクライナで65の「親民主主義」プロジェクトを支援し、親西欧派活動家を計画的に育成している。そうした活動家は、暴力的なネオナチ(その一つであるスポポダは国会で38議席を有している)による抗議活動に動員された。そして一見無害のようなEUのウクライナとの交易も、ウクライナをロシア圏から引き離すための策動の積み重ねなのだ。
『フィナンシャル・タイムズ』紙によると、「ウクライナ新政権にEUの法制度を国内の法体系に組み込むのを求める合意は、多くのEU指導者にとって旧ソビエトブロック内での民主主義的価値のさらなる拡大のための、十数年に及ぶ努力の決定的なステップとして見なされている」とされ、それは「ウクライナを確固として西側につなぎとめる」という目的がある。
ネオナチを支援した欧米
プーチン大統領はウクライナの破綻した財政に対し極度に寛容な対案を提出し、ヤヌコビッチ前大統領の対ロシア経済関係を育成する「三つの委員会」提案を了承した。排他的な取引を要求したのはプーチンではなく西側だ。大多数のウクライナ国民を悲惨な状態に陥らせるある種の緊縮政策を要求したのは、プーチン大統領ではない。西側なのだ。民主的に選出された大統領を解任するには、選挙や憲法に沿った手段が存在するのに、暴力で追放したのはウクライナの親欧米派ではないか。
なぜプーチン大統領が、現在のウクライナを、米国主導のロシア侵略パターンの最新版と見なすかを理解するのは簡単だ。1992年、ネオコンの戦略家であるポール・ウォルフォウィッツは新「国防計画ガイダンス」の作成を手がけた。その文書こそ、米国のヘゲモニーに挑戦を挑むようないかなるライバル国家の出現を阻止するという米国の意図をも鮮明にした、軍事的な侵略計画であった。文書を事前にスクープした『ニューヨーク・タイムズ』紙は、「大言壮語の一極主義だ」と嘆いたものだ。ジョセフ・バイデンは当時上院議員であったが、この「パックス・アメリカーナ」を「米国が世界の警察国家であるという古い概念」と非難した。
このスクープ後、ネオコンたちは後退を強いられた。だが、2001年の「9.11事件」後、米国は実際に世界の警察官になり、あらゆる潜在的にライバルとなりうる国家を打ち負かそうとした。そしてオバマ政権はブッシュ・チェイニー時代の最もひどい戦術のいくつかをやめた一方で、より広範な戦略ビジョンを放棄しなかった。
米国はウクライナをロシアの勢力圏から取り除く努力を是認し、ネオナチ部隊が不気味な役割を果たしているにもかかわらずウクライナ新政権を支援した。自分たちの利害を守るためにロシアを孤立させ、懲罰を加えるために動き、周辺国との一連の軍事・経済分野の合意を通じて中国を封じ込めている。このように米国は、まさにライバル諸国を弱体化させようと努めているのだ。
米国は、ウクライナで危険なゲームに興じている。大多数のウクライナ人は、EUやNATOのどちらにも加盟するのを反対している。96%以上のクリミアの住民もウクライナから離脱してロシアに加わるのを選択したが、大多数のウクライナ人はこうした動きを支持はしていない。ウクライナは、経済的な無能力国であり、政治腐敗が蔓延している。その荒廃した経済と政治問題を解決するためには、ロシアとEU両方の側との友好な関係を必要としている。
状況は依然危機をはらんでいる。最終通告や大げさな言辞、愚かな類推、そして脅しは状況を悪化させるだけだ。ロシアを孤立化させ、懲罰を加え、弱体化させるために西側主導で作られた危機は終わるべきだ。西側は、ロシアの勢力圏からウクライナを引き離すような試みを撤回せねばならない。同時にロシアは、これ以上の軍事行動や併合を自重すべきである。キューバ危機のように、これはゼロサム・ゲームではない。もし緊張が激化すれば、私たちはすべてを失う。ケネディとフルシチョフはそのことを理解し、世界を核戦争の瀬戸際まで追いやった1962年10月の危機後に進路を転換した。一方でオバマもプーチンもそのような英知や政治手腕をまだ発揮していないが、核兵器で徹底的に武装され、うち何千発は即時発射態勢にある現在の世界にあって、それは今こを求められるべきものなのである。
注1:チェコスロバキア・ズデーデン地方のドイツ帰属を求めたのに対し、英仏が1938年9月、ミュンヘンでの協定で「これ以上の領土要求はしない」という約束でヒトラーに前面譲歩。後にこの約束は破られた。
注2:ネオナチを支援・利用してウクライナ前政権の転覆工作を指揮したヌランド次官補が2014年2月、米国の駐ウクライナ大使と会話した記録がインターネット上に流れた。そこで同次官補はウクライナ情勢への対応を巡り、EUを下品な表現でののしっている。
注3:1983年、「民間の非政府活動により、世界中の民主的組織を支援する」という名目で設立。だが資金は政府の全額支出で、米国にとって都合の良い各国の勢力を資金・人材面等で援助する。諜報機関の左派・進歩的政権の転覆工作活動とも一体だ。
(以上)
初出:「ピースフィロソフィー」2022.3.6より許可を得て転載
http://peacephilosophy.blogspot.com/2022/03/oliver-stone-and-peter-kuznick-ukraine.html
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://chikyuza.net/
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