死を余儀なくされた、万余のロシア兵士の母の涙を思う。
- 2022年 3月 26日
- 評論・紹介・意見
- 戦争と平和澤藤統一郎
(2022年3月25日・連続更新満9年まであと6回)
ロシアのウクライナ侵攻1か月目に当たる昨日(3月24日)の毎日新聞夕刊トップに「露軍 死傷・捕虜4万人」「侵攻1カ月 NATO推計」という大見出し。
リードは、「ウクライナに侵攻したロシア軍の死傷者や捕虜などの人的損失は3万~4万人に達するとの推計をNATO軍当局者が23日、明らかにした」「露軍の侵攻開始から24日で1カ月。ウクライナ軍の激しい抵抗を前に露軍の被害は増大している。都市部への遠距離攻撃が増え、民間人の被害が拡大している」というもの。
もちろん、ロシア軍の被害の正確性はよく分からない。が、あらためて戦争とは人を殺し合う野蛮なもので、業の深いものと思わざるをえない。侵略側のロシア軍の軍事作戦が順調であってはならない。その思いは強いが、さりとて、ロシア軍兵士の死傷者の増大を歓迎する気持ちにもなれない。
私の父も関東軍の兵士として、ソ満国境の守備隊に駐屯していた。紛れもない侵略軍の一員である。しかも、終戦まで「五族協和」などという皇軍のプロパガンダを信じ込んでいたという。定めし、今のプーチンが、当時の裕仁の役どころ。プーチンやらヒロヒトの妄言を信じ込んだ罪の代償が戦死であり、その母の涙というのはあまりにも切ない。
私が愛読する米原万里の著書の中に、「ロシアは今日も荒れ模様」がある。その一節に、ソ連崩壊直前の1990年夏時点での、「兵士の母の会」会長のモノローグが掲載されている。
ナタリア・シェルジェコア(「兵士の母の会」会長):4年前一人息子を徴兵されてから軍隊生活の恐るべき非人間性に改めて驚かされる。兵舎内のリンチ事件や事故で息子を奪われたソ連各地の母親と連絡を取り合い、89年4月に兵舎内の人権確立を求めて軍を外側から監視する市民組織「兵士の母の会」を結成。今息子はすでに兵役を終えて大学生になっているが、母親の方は徴兵制が廃止されるまで兵士の母を続けるそうだ。本職は経済研究所の研究員。
「9年余も続いたアフガン戦争で、ソ連軍は15000人の戦死者を出している。けれど、ペレストロイカ以降のたった4年間で、戦場ではなく兵舎内で同じ数の兵士が命を奪われているの。その原因は古参兵による新兵いじめ、異民族出身者間のリンチ、土木工事に動員されての事故死。ソ連の軍隊がどれほど非人間的なところか分かるでしょう
中国でも東欧でも学生たちは改革運動の先頭に立っているというのに、ソ連の学生は天安門事件の時も知らん顔。大学入学前の3年間の兵役中に、想像力も思考力も奪われた従順な家畜の群れに改造されてしまうからよ。新兵いじめはその格好な手段。だから死人が出るほど悲惨なこの悪習を軍当局は温存しているのね。
しかも軍隊は上官の命令が絶対的な世界だから、18歳から21歳までの青年たちを不当に使役している。危険な土木工事や、チェルノブイリの除染作業に、労働安全規定など完全に無視して動員しているわ。その強制労働の代償が月70ルーブルよ。それに許せないのは将軍たちの別荘作りにまで兵士たちを動員していること。
今年90年6月1日には、モスクワのゴーリキー公園で「兵士の母の会」主催の大集会を開いたのよ。軍に息子の命を奪われたり身障者にされた母親たちが全国から馳せ参じてくれた。息子達の遺影を抱えた母親たちが一斉に壇上に上がって訴えたの。
1.憲法も国際協定も禁じている軍隊内強制労働を直ちになくすこと
2.国会議員と親の代表に兵舎内立入検査を認めさせること
3.戦時平時の別なく軍勤務中に落命した将兵の母親を全て対等に扱い、一人当たり5万ルーブル以上の賠償金を支払うこと
どれも当たり前のことでしょう。」
ロシア兵の母親による抗議は、30年後の今も起きている。英国紙テレグラフやラジオ局「スバボーダ」などによると、ロシア南部のケメロボ州で、兵士の母親たちがツィヴィリョフ州知事と面会し、次のような厳しいやりとりを交わしたという。(岡野直報告)
母親 みんな騙された。
知事 誰もだましていません。
母親 大砲の餌食になるため送られた。ベラルーシで演習なんてやらなかったのでは。準備もできていなかったのに、なんで若者が送られたんですか。みんな20歳ですよ。
知事 これは特別な作戦で、誰もコメントはしないんです。それは正しい。彼ら(若者)を使ったのは…
母親 「使った」って!私たちの子供を「使った」のですか。
知事 彼らは、特別な任務を与えられて、そのため努力しているのです。
母親 彼らは自分の任務を知りません。
知事 叫ぶことや、誰かを批判したりすることはできますが、今行われているのは軍事作戦です。結論めいたことを言ったり、批判したりしてはいけません。作戦はまもなく終了します。
母親 その時には、みな死んでいる。
息子たちの遺影を抱いた、万を超えるロシア軍「兵士の母」の涙を思わずにはおられない。その涙は、ウクライナ兵士の母のものと変わるところはないのだ。罪深いのは戦争であり、責めを負うべきはプーチンである。
初出:「澤藤統一郎の憲法日記」2022.3.25より許可を得て転載
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〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://chikyuza.net/
〔opinion11887:220326〕
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