ウクライナ戦争と護憲運動のありかたについて
- 2022年 3月 30日
- 評論・紹介・意見
- 阿部治平
――八ヶ岳山麓から(366)――
ウクライナ戦争のもたらしたもの――9条擁護のさらなる困難
右も左もウクライナ支援を叫んでいる。このなかで友人は街頭で憲法9条の大切さを説いたが、見向きもされなかったという。夏の参院選で憲法改正が争点になれば、たぶん改憲派が圧倒的な勝利を収めるだろう。そして改憲への具体的な動きが始まるだろう。
2021年秋の総選挙では、自民党は議席をやや減らしたものの、維新の会や国民民主党が大幅に議席を伸ばした。いまのところ、憲法9条の改定に反対する国会議員は、共産党と立憲の一部だけだ。なにしろ立憲民主党そのものが護憲派ではない。党元代表の枝野幸男氏も改憲について論文を書いているし、現代表の泉健太氏は改憲を明確に主張している。
ウクライナ戦争と保守派の「9条では国を守れない」という主張によって、改憲を支持する人が増えるのは目に見えている。一歩進めて「核共有(日本にアメリカの核を持ち込み運用する)」の主張も支持を広げるだろう。
ウクライナ戦争の悲惨をみたひと人のほとんどが、もしウクライナが戦力を保持していなかったら、キエフはもっと簡単に占領された、だから日本が非武装状態であったなら、尖閣諸島は簡単に中国の手に落ちただろうと考えるのは自然だ。
これからプーチンはチェチェン戦争やシリア内戦介入の時にやったように、非武装のウクライナ人を大量に殺害するだろう。そうなるとウクライナへの同情はいっそう高まる。そのぶん護憲派と日本人の多くの感情との距離は開く。
憲法9条下でも戦争当事国であった日本
ロシアのウクライナ侵略に際して、9条があったからいままで日本は戦争に巻き込まれなかったとか、9条があるからプーチンみたいな指導者が出ても日本は戦争ができないのだといった発言をした革新政党指導者がいた。無知というほかない。
1975年に終わったベトナム戦争では、アメリカ軍は沖縄の基地から出動し、各種軍備を日本から調達し、傷病兵が日本各地の米軍病院で治療を受けていた。私の村でもベトナム特需のセロリーを生産した。
日本なくしてアメリカのベトナム侵略はなかった。沖縄で米軍機が墜落したとき、ベトナムでは侵略に反対する日本人民が撃墜したと喜んだという。ベトナムは日本をまさしく戦争当事者とみていたのである。
イラク戦争の時は、激しい反対運動を押して、戦闘には加わらないという制限のもと自衛隊が派遣された。
国連総会が1974年に採択した「侵略の定義」は、決議第3条(侵略行為) (f)において、「他国の使用に供した領域(沖縄をはじめとする在日米軍基地)を、当該他国(すなわちアメリカ)が第三国(ベトナム・イラク)に対する侵略行為を行うために使用することを許容する国家(日本)の行為」をその1つとして掲げている(wikipedia、括弧内は筆者)
国連決議など引かなくても、1960年代70年代、日本が侵略の片棒を担いでいるという認識は常識だった。憲法9条があっても日本は侵略国であった。日本は直接の殺戮と破壊に参加しなかったというだけで、立派に侵略国であったのである。
人道的支援がものの役に立つか
岸田政権のウクライナへの援助物資に防弾チョッキがあったのを、戦備品だからダメだと反対した革新政党があった。憲法9条をまったくの丸腰、非武装を規定するものと解釈し、法の定めるところを機械的に適用すればこの通りである。
非武装の原則に従い、ただ人道支援のみ認めるという人がいるのは承知している。個人ならば非武装・中立といった政治信念を主張しつづけることも、スタンディングという街頭運動でこれを叫ぶのも自由である。
だが、この原則をつらぬけば、ウクライナ支援のカンパはできない。現地に送られたカネは食料や医療物資だけでなく、兵器の購入に使われる。援助物資は非武装の市民だけでなく、ウクライナ軍にも回される。また、そうしなかったら支援の意味はない。
戦争が現に始まれば、軍事支援と人道支援の違いはつけがたい。9条を守って防弾チョッキを着ずに殺されるのを待つのかという批判は当然生まれる。これにどう反論できるだろうか。
革新・リベラル派の批判対象はだれか
この20年の間にアメリカは衰え日本は停滞したが、中国は強大となり、南シナ海を制圧し、東シナ海の支配を目指して尖閣諸島に圧力をかけている。しかも習近平政権以来たびたび台湾の「武力解放」を呼号するようになった。多くの日本人は、尖閣海域や台湾海峡の緊張から安全保障上の脅威を中国(北朝鮮も)とみている。
こんにちウクライナ戦争を口実にした日米同盟の軍備増強批判に力を入れるのは、人々の感覚とはかけ離れているし、護憲運動としても主要打撃の方向を取り違えているというほかない。
日本がアメリカの目下の同盟者であるばかりか、国家主権の一部をアメリカに譲り渡している事実は、一部の左翼にしか自覚されていないから、革新勢力がアメリカを批判し、自衛隊のやみくもな軍備増強を批判するのは意味のあることかもしれない。
だが、今日ウクライナを侵略しているものは、まちがいなくロシアである。尖閣海域で圧力をかけているのは中国である。プーチンは、核抑止部隊に待機を命じて「核兵器使用」をちらつかせながらウクライナで破壊と殺戮を拡大している。わが隣国中国は、中立を装っているがロシアの肩を持っている。
核の脅しと台湾の「武力解放」
プーチンの核の脅しに怖気づいたのか、戦火を第三次世界大戦に拡大するのを恐れてか、アメリカもNATOもロシア軍の侵略にたいして、ここまでやれば直接介入するぞという、超えてはならない一線を設けない。
アメリカはオバマ時代からクリミア併合にせよ、シリア戦争の化学兵器使用にせよ、ロシアに対しては妥協的だった。バイデン大統領はロシアのウクライナ侵攻のまえに「ウクライナに軍事介入はしない」と、事実上ロシアの侵略を容認するような発言をした。
今日、核の脅しをともなったロシアの侵略と、NATOとりわけアメリカの軍事不介入とをみた中国が、核を背景に尖閣制圧や台湾統一を強行する可能性を考え、警戒心を一層高めた日本人は多いと思う。
だが、一方で中国は国際的孤立を恐れている。貿易ひとつ取り上げても、対ロシア貿易は3%前後なのに対し、アメリカ・日本・EU を合わせると30%強になる。台湾への武力侵攻を敢行してこの国際関係を失えば中国経済は後退し、政権が不安定になるのは目に見えている。中国共産党支配の正統性は、いまや経済成長、民生の向上によってしか保証されないからである。
ウクライナ戦争から中国は何を学ぶか。この秋の中共党大会までには明確になるだろう。
護憲のための闘い方
まえにも書いたことがあるが、護憲・平和運動は基本路線を日本人の安全保障に対する感覚にある程度沿ったところへもっていくべきであると、ここでもう一度主張したい。
世論調査の結果は、国民の圧倒的多数は日米安保条約の破棄も自衛隊の廃止も望んでいないことを示していた。これを無視した主張を繰り返すなら、護憲運動は、いまウクライナ人の悲惨を目の当たりにした人々の共感を次第に失うことになるだろう
おもえば護憲運動の「外交による平和の維持」「日米安保体制は戦争の根源」「自衛隊の増強反対」という主張と一般の人々の感覚との間には、もともとかなりの開きがあった。ウクライナ戦争はそれをもっと広げ、あからさまにした。
そこでわたしは、日米安保条約の廃棄は隣国が安全保障上の脅威でなくなるまで、非武装は世界が地球規模の軍縮に向かうまで待つことにしてはどうかと考える。とりあえずは、日米安保体制と自衛隊を(もちあげなくてもよいから)容認するのを基本とし、「核抜きの専守防衛」を原則として「9条で国を守ろう」と訴えて改憲勢力を分断し、これと対決する、という方針に転換するのはいかがかであろうか。
ぐずぐずしていればウクライナ戦争が悲惨の度を深め、日本人は護憲運動からますます遠ざかり、参院選は革新勢力の惨敗が目に見えている。みなさんのご批判をおまちします。
(2022・03・23)
初出:「リベラル21」より許可を得て転載http://lib21.blog96.fc2.com/
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座http://www.chikyuza.net/
〔opinion11900:220330〕
「ちきゅう座」に掲載された記事を転載される場合は、「ちきゅう座」からの転載であること、および著者名を必ず明記して下さい。