<ノー・モア・ナガサキ>実現の筋道を示す「難しいことを易しく、易しいことを深く」書いたエッセー集 -書評 土山秀夫著「核廃絶へのメッセージ」-
- 2011年 7月 16日
- 評論・紹介・意見
- 伊藤力司土山秀夫「核廃絶へのメッセージ」
書評 土山秀夫著「核廃絶へのメッセージ」(平和文庫=日本図書センター発売 1000円+税)
著者の土山秀夫さん(86)は長崎原爆の被爆者、医学者(病理学)、元長崎大学学長、国際会議「核兵器廃絶―地球市民集会ナガサキ」を4回開催したNGOの委員長を務めるなどの平和活動家、世界平和アピール七人委員会委員、長崎市名誉市民など、多彩な経歴の持ち主である。その土山さんが広島、長崎の原爆の惨禍を記録する「平和文庫」シリーズの一冊として本書を出版された。
ヒロシマ、ナガサキの悲劇から66年を経て「核兵器のない世界」はまだ実現していない。
原子爆弾を浴びるという人類史上初の大惨事を体験した広島、長崎の市民、そして日本と日本人はこの66年間、核廃絶を願い闘い続けてきたが、その見通しはまだ見えていない。第2次世界大戦後の国際社会の現実は、核廃絶の悲願を妨げ続けてきたからだ。国際社会の現実は複雑で分かりにくい。筆者のように長年国際情勢を研究してきた人間にとっても、核をめぐる問題は難しくなかなか平明に説明できない。
ところが本書は、この難しい問題をエッセー形式で分かり易く書いている。昨年4月に亡くなった井上ひさしさんは、文章を書く心得として「むずかしいことをやさしく やさしいことをふかく ふかいことをおもしろく ふかいことを おもしろく おもしろいことをまじめに まじめなことをゆかいに ゆかいなことは あくまでゆかいに」という座右の銘を遺された。
井上さんも世界平和アピール七人委員会の委員だったから、土山さんが井上さと席を共にされたことは何度もある。お二人がこの「座右の銘」について話し合われたことがあったかどうか。ともかく本書を読んで感じた筆者の第一印象は「難しいことを易しく、易しいことを深く」書かれた本だということである。
本書の構成は、反核運動の「ピースデポ」が発行する『核兵器・核実験モニター』誌に2005年から6年間にわたって連載された土山さんのエッセー「被爆地の一角から」(全50回)が中心になっている。おかげで本書を読めば、2005年から2010年までの核をめぐる国際情勢の基本的な問題点を学ぶことができる。
一例を挙げよう。「オバマ構想に欠けているもの」という一文がある。オバマ米大統領が2009年4月5日にプラハで行った演説で「核兵器のない世界」を目指す理念を打ち出し、同年のノーベル平和賞を受賞するきっかけになった構想へのコメントだ。土山さんは、オバマ構想と09年9月の国連安保理首脳会合での「核兵器のない世界を実現させる」との全会一致決議採択、米露新核軍縮条約の調印(10年12月米国上院批准)を高く評価すべきものとしながら「公表されている限りのオバマ構想では、残念ながら核兵器廃絶の実現は達成できない、との疑念をぬぐい切れない」としている。
その理由は第1に、オバマ氏がNPT(核拡散防止条約)の強化を繰り返し訴えてきたが、核保有国になったインド、パキスタン、イスラエルがNPTに加わる見通しが全くないのに、「オバマ構想がこの点に全く触れないのは、多分にイスラエルへの配慮が働いているためではないか」と指摘。さらに第2の理由として、オバマ氏が核兵器のない世界を目指した動機は、国家でないテロ組織に核兵器が渡るような事態を阻止するには核兵器廃絶以外にないからであるとし、そのような危険性が最も高いのはパキスタンであろうと多くの専門家が一致していると述べている。
「つまり上記二つの理由から導かれる結論は、インド、パキスタンを早急に組み込むために必要なのは、NPTの強化よりむしろ<核兵器禁止条約>の交渉開始を措いてはない…なぜなら一九六六年以来国連総会に提出されている同条約には、インド、パキスタン、そして北朝鮮やイランも一貫して賛成票を投じているからである。」と明快だ。
さらに「オバマ構想のもう一つの問題点は、日本、韓国、豪州、カナダ、NATO諸国などに“核の傘”の提供を維持するとしていることで、これは他の核兵器国に対して核兵器の役割低下を要請しているオバマ理論とは矛盾してはいないか」と詰問している。また「米国は他国の核廃棄を見届けるまでは核兵器を保持する、というのではロシアや中国も同じ主張を行うであろうし、これでは『核兵器のない世界』の実現など遠のくばかりであろう」「筆者がオバマ大統領に望みたいのは、最終的な核兵器の国際管理に委ねる姿勢を明確にした上で『核兵器禁止条約』を早期に採択しようとする英断である」と迫っている。
筆者は世界平和七人委員会の事務局ボランティアをしている関係で、土山さんとは親しく接する機会を得ている。筆者の目に映る土山さんはすこぶる温厚な紳士だが、核兵器廃絶に懸ける熱情は熱く、反核を口にしながら実際には核依存を続ける勢力には手厳しい。その一例を挙げよう。
本書では、1974年の平和賞に佐藤栄作元首相を選んだのは「ノーベル賞委員会が犯した最大の誤りだった。ノーベル賞委員会は日本の陳情にだまされた」(ワシントン・ポスト紙)ことが紹介されている。受賞当時、佐藤元首相は「核抜き本土並み」の沖縄返還を実現させ、日本は核兵器を造らず、持たず、持ち込ませないとの『非核三原則』を唱えた外交的功績に対する受賞と喧伝された。
しかし土山さんは、平和賞選考に当たるノルウェーのノーベル賞委員会の歴史を研究した同国の歴史家3人が2001年に発表した共同著作『ノーベル平和賞 平和への一〇〇年』という書物に当たった。すると、同書は後に公開された数々の米国公文書などから、非核三原則には抜け道があり、実際に核が持ち込まれていたばかりか、佐藤氏自身が日本の非核政策はナンセンスと言っていたことを暴露していたというのだ。
既に述べたように、本書は土山さんが過去に発表されたエッセーなどを主体に編まれたものだが、今回書き下ろされた「はしがき」が極めて現代的な問題-原発-に触れているので、終わりにそのさわりを紹介しておきたい。
核兵器と原子力発電には目的に違いはあっても核分裂物質を用いる点で密接な関係にある。第1に原子力の軍事利用と平和利用とを外部から明確に区別できない。民生利用という名目で原発を動かし、いつしか核兵器開発に転用したインド、パキスタンの例があり、今また欧米はイランに同様な疑いをかけている。第2に放射性廃棄物の処分方法が確立されていないことが問題である。第3に核兵器であれ原発であれ、事故を起こした場合は甚大な災害リスクをもたらすことだ。福島原発の事故は全世界に強烈な衝撃を与えたが、放射性物質の拡散による被害は、事故直後の外部被曝だけでなく、長期にわたる内部被曝の影響も深刻だ。
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