青山森人の東チモールだより…大統領選挙、一回目と二回目の投票のあいまに
- 2022年 4月 5日
- 評論・紹介・意見
- 青山森人
抑え込んでいる感染拡大
大統領選挙がおこなわれていてもいなくても、新型コロナウィルスの災禍はまだ終息しておらず、感染予防対策を怠るわけにはいきません。町ゆく人たち、とくに登下校時の中・高校生のなかでマスクをして歩いている子どもたち・若者たちの数が2月末ごろと比較して増えています。基本的な感染予防対策が浸透している表れであろうと頼もしくおもえます。
わたしもマスクをして外を歩く習慣がすっかり身についてしまいました。炎天下でもマスクをするので、顔にはマスクで隠れる部分とそうでない部分の明暗ができてしまい、おまけにマスクのヒモの跡もうっすらと頬にできてしまい、間抜け面がより間抜けになってしまいました。
3月後半の新型コロナウィルスの一日の新規感染者を見てみます。
【2022年3月】
13日=2, 14日2, 15日=2, 16日=6, 17日=1.
18日=1, 19日=1, 20日=1, 21日=5, 22日=0.
23日=3, 24日=0, 25日=4, 26日=4, 27日=0.
28日=1, 29日=5, 30日=3, 31日=データなし.
このように新規感染者数は0または一桁台を推移しており、感染をよく抑えているといってよいでしょう。ただし死亡者が3月17日に1名でました。これで新型コロナウィルスによる死者数は累計で130人となりました。
改めて、大統領選の第一回戦の結果を
大統領選挙の第一回目の投票結果が予定された4月1日を待たずして3月29日に控訴裁判所から正式に告げられました。控訴裁判所が発表した各候補者の獲得票数と得票率は以下の通りです(丸数字は候補者番号)。
1.⑭ジョゼ=ラモス=オルタ、 30万3477票、46.6%.
2.⑥フランシスコ=グテレス=ルオロ、 14万4282票、22.1%.
3.⑨アルマンダ=ベルタ=ドス=サントス、 5万6690票、8.7%.
4.⑧レレ=アナン=チムール、 4万9314票、7.6%.
5.⑯マリアノ=アサナミ=サビノ=ロペス、 4万7334票、7.3%.
6.⑤アナクレト=ベント=フェレイラ、 1万3205票、2.0%.
7.⑬マルチーニョ=グズマン、 8598票、1.3%.
8.②エルメス=ダ=ロザ=コレイア=バロス、 8030票、1.2%.
9.⑦ミレーナ=ピレス、 5430票、0.8%.
10.①イザベル=フェレイラ、 4219票、0.6%.
11.⑮フェリスベルト=アラウジョ=ドゥアルテ、 2709票、0.4%.
12.⑪コンスタンシオ=ピント、 2520票、0.4%.
13.④ロジェリオ=ロバト、 2050票、0.3%.
14.⑫ビルジリオ=ダ=シルバ=グテレス、 1720票、0.3%.
15.⑩アンテロ=ベンディト=ダ=シルバ、 1562票、0.2%.
16.③アンジェラ=フレイタス、 711票、0.1%.
有権者数85万6613人と投票者数・投票率にもちろん変わりありませんが(前号の東チモールだよりを参照)、有効投票数が65万1859票となっており選挙管理員会による先の発表(64万7172票)より増え、その分、各候補者の獲得票数が増えました。ともかくジョゼ=ラモス=オルタ候補とフランシスコ=グテレス=ルオロ候補の上位二名が決選投票に駒を進めました。
3月30日、控訴裁判所はくじ引きで両候補の候補者番号を決めたところ、ラモス=オルタ候補が1番、ルオロ候補は2番となりました。
3月5日、一回目の投票にむけた選挙運動のなかでラモス=オルタ候補を公認推薦するシャナナ=グズマンCNRT(東チモール再建国民会議)党首はマナトゥト地方で、「今回の大統領選挙は二回目の住民投票だ」、「一回目の住民投票とは1999年に実施されたもので、独立かインドネシアの一部になるか、われわれは選択した。今度の選挙では、民主主義の国家か、愚か者たちが民主主義を台無しにする国家か、われわれは選択するのだ」と演説しました(『ディアリオ』、2022年3月7日)。「愚か者たち」とは、シャナナ=グズマンが主張するところの憲法違反をした現職大統領のルオロ候補陣営を指します。選挙運動の立ち上がりからシャナナ=グズマンにとってその他14名の立候補者は眼中になく、”敵は大統領府にあり”と睨んでいました。ラモス=オルタかルオロか、二者択一となったことでシャナナ=グズマンにとってまさに「二回目の住民投票」がいよいよ実施されることになったわけです。
両陣営による選挙運動は4月2日から16日までおこなわれ、投票日は二日間の冷却期間を経て4月19日となりますが、この時期はカトリック教徒にとって重要な行事である復活祭と一部重なってしまいます。自粛日を含んだ選挙運動になることでしょう。
以下、大統領選挙・第一回戦を振り返って、気にかかかったことを二~三述べてみます。
言語論争に至らなかった討論会ルール
国家選挙委員会(CNE)は立候補者の討論会を設定するのですが、選挙運動が始まる前の2月のこと、その討論会ではポルトガル語で質問に答えなければならないと発表しました。ジョゼ=ベロ当委員長(公共放送局RTTL[東チモールラジオTV]の経営代表もジョゼ=ベロである。違う人物なので混同しないように)がこのとき述べた理由が、大統領ともなると国際社会のなかで仕事する能力がなくてはならないから…と、なんとも情けなくなるような幼稚な理由を述べました。ポルトガル語を話せることと国際社会のなかで活躍する能力とは何の関係もないし、相手国の言語が話せなければ通訳を雇えば良いだけの話です。
(註)東チモールでは選挙を運営する国家選挙委員会(CNE)と選挙を技術面で支える選挙管理技術事務局(STAE)の二つの組織がある。「東チモールだより」で「選挙管理委員会」と単純に記述した場合、これら二組織の総体を意味することとする。
ジョゼ=ベロ当委員長の述べた理由はあまりに稚拙だったせいか相手にされませんでしたが、討論会においてポルトガル語の使用を強いるようなルールは反発を喰らいました。与党KHUNTO(チモール国民統一強化)がまず異議を唱えました。KHUNTOは国会でもポルトガル語を使うCNRTの議員にたいしてポルトガル語で話せば大半の国民は理解できない!とたびたび嚙みついている政党です。国会議長からも、討論会がポルトガル語のテストになるのは好ましくないという意見が出ました。何よりも憲法において東チモールの公用語はテトゥン語とポルトガル語の二語であると定められているので、テトゥン語の使用を認めないような討論会ルールは支持されず、国家選挙委員会はテトゥン語とポルトガル語の使用を認めました。かくして、3月15日、公開討論会が行なわれ、発言者はみんなテトゥン語を使っていました。
KHUNTOがいうようにポルトガル語は大半の国民が理解していないというのが現実です。したがって教育の現場では混乱が続いており、言語問題は教育の足かせになっています。国家選挙委員会が言い出した討論会ルールが実りある言語論争に灯をともして言語による教育問題の解決のきっかけになってほしいとわたしは期待しましたが、この討論会ルールは言語論争を呼び起こすことなくあえなく霧散してしまいした。
『東チモールの声』紙(2022年3月1日)より。
「授業で使う言語を一つに決める必要がある」(タイトル)。
「教師が授業で使う言語の問題について国立教育専門訓練協会の会長は、教育青年スポーツ省は生徒に混乱を与えないために授業では一つの言語を使うように政治的決断をするときがきたと語る」(大文字段落の要約)。
3月22日で憲法制定から20周年迎えることを記念する横断幕。
この憲法によって東チモールの公用語はテトゥン語とポルトガル語の二語と定められた。
国会近くの歩道にて。
2022年3月19日、ⒸAoyama Morito.
アルマンダ=ベルタ候補への〝批判〟への危惧
国家選挙委員会が上記のような討論会ルールを持ち出したとき、KHUNTO党首のアルマンダ=ベルタ=ドス=サントス候補は困ったことになるぞといわれました。なぜなら彼女はポルトガル語をよくしゃべれないと噂されているからです。ポルトガル語の能力だけはなく、アルマンダ=ベルタの大統領候補としての能力を疑問視する意見をわたしはたびたび耳にしました。
アルマンダ=ベルタは社会連帯包括大臣であり、二人いる副首相のうちの一人です。要職にあるアルマンダ=ベルタ副首相に厳しい批判の目が向けられるのはごく自然なことです。
しかし批判の仕方が引っ掛かります。「能力がない」、「よく読み書きができない」という類の〝批判〟だからです。たしかに彼女の演説は原稿をたどたどしく読んでいるようにみえて、うまいとはとてもいえません。だからといってよく読み書きができないのがもし本当だとしても、それが何だというのでしょうか?読み書きができない人で成功を収めた世界的な著名人はたくさんいます。アルマンダ=ベルタは政治家です。政治家にたいして「能力がない」と批判するとき、政策の失敗など具体例を指摘すべきです。
「よく読み書きができない」からという理由で「能力がない」という〝批判〟の仕方は、学習障碍者にたいする差別につながるとわたしは危惧します。
アルマンダ=ベルタの選挙用ポスター。
タウル=マタン=ルアク首相は決選投票の選挙運動に参加するため休暇をとった。4月2日からアルマンダ=ベルタ副首相は臨時の首相を務める。
首都の町角にて。
2022年3月19日、ⒸAoyama Morito.
KHUNTOの勢い
3月、大統領選挙が始まると、アルマン=ダベルタ候補にたいする上述したような〝批判〟と、それにたいする彼女の夫による弁護の記事が多く見うけられました(彼女の夫はKHUNTOの最高実力者ジョゼ=ドス=サントス=ナイモリ=ブカール)。例えばこうです。
「ベルタ、ナイモリの”人形”、大統領になったら、わたしがハンドルを握る」(『テンポチモール』、2022年3月3日)というタイトル記事では、夫のナイモリは自分の妻が大統領になったら自分がハンドルを握って妻を支えると述べたことを伝えました。
「ナイモリ、ベルタの無能を誇りに思う」(『テンポチモール』、2022年3月10日)というタイトル記事では、自分の妻が「無能」と言われていることを逆手に取って、私欲のために能力を発揮する賢い者を選ぶより無能な人を選ぶほうがいい、と3月5日にラウテン地方の集会で夫のナイモリが演説したことを伝えました。
「ナイモリ、助言者が仕事をして、ベルタはそれを読む」(『テンポチモール』、2022年3月14日)というタイトル記事では、「多くの人がアルマンダ=ベルタ大統領候補の能力を心配していることについて、KHUNTOの最高実力者ナイモリは『ベルタが大統領になって何ができるのかと人はいうが、助言者が仕事をして、ベルタはそれを読む』」といい、ベルタの傍らには助言者がいるから心配はないという旨のことを3月11日、リキサ地方の集会で演説したことを伝えました。
このように夫ナイモリは妻ベルタの悪評について直接的に反論をするのではなく、自分を含めて周囲の者たちが支えるから大丈夫、私欲のために能力を発揮する賢い者を選ぶより無能な人を選ぶほうがいいと、まさに「無能を誇りに思う」といって無能といわれる人たちを力づける論法で反論しています。
ここで確認しなければならないのは、KHUNTOとは格闘技集団から政治組織に転身してできた政党であることです。そして東チモールの格闘技集団とはインドネシア軍事占領時代に侵略軍と戦った集団で(いまも多数存在し、たびたび集団同士が衝突をして社会不安を起こしている)、儀式的な集団であることです。ある儀式をすれば敵の弾があたっても死なないと思い込んでしまう危険な思想は戦争中ならば受けいられることは理解できますが、いまなお儀式的な集団が残存しているというのはなかなか理解しがたいものがあります。
KHUNTOに入党するには儀式を通して誓いをたてます。KHUNTOは中西山岳部のアイナロ地方やアイレウ地方を拠点に勢力を拡大している新興勢力です。国会でエリート層の好むポルトガル語使用に異議を唱え、夫ナイモリは妻ベルタが無能であると思ってはいないでしょうが、そういわれていることを逆に利用する手法から推測すれば、KHUNTOは教育水準の低い住民が多い農村部で勢力を広げる技巧を心得ている集団と見てとれます。
KHUNTOが連立政権の一翼を担ってから約4年が経ちました。既得権益を武器にしてますます勢力を拡大しているに違いありません。大統領選挙のニュース映像で見る限りですが、アルマンダ=ベルタ候補陣営の動員力はフレテリン(東チモール独立革命戦線)とCNRTに次ぐ盛り上がり方でした。投票の結果、フレテリンとCNRTの公認候補に次いでアルマンダ=ベルタ候補が第三位になりました。いまやKHUNTOは、フレテリンとCNRTの二大政党の次にくる第三の政党となった観があります。
エリート層への潜在的な反発を巧みに利用して農村大衆から支持を拡大していくKHUNTOは、ある意味、東チモールの暗部を照らしているといえるかもしれません。しかしKHUNTOの善し悪しはわたしはまだわかりません。いかに大衆を導いているのか、そしてどこへ向かうのか、大切なのはそこです。KHUNTOを批判するには、読み書きができるできないではなく、そこをつつかなくてはなりません。
青山森人の東チモールだより 第455号(2022年03月26日)より
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://chikyuza.net/
〔opinion11921:220405〕
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