中国はNATOへ傾くヨーロッパ中立国をどう見ているか
- 2022年 4月 14日
- 評論・紹介・意見
- 阿部治平
――八ヶ岳山麓から(370)――
ロシアによるウクライナへの侵攻を受けて、ヨーロッパの中立国も対ロシア制裁に加わった。とくにフィンランドとスウェーデンではNATO加盟を支持する声がいよいよ高まって、政府が軍事支援に動いている。
2月、フィンランドのマリン首相は「ウクライナにライフルや対戦車兵器を供与する」と発表して、フィンランドは「紛争国に兵器を供与しない」という長年の軍事的中立原則を破った。
フィンランドで2月に行われた世論調査では「NATO加盟支持」が53%であったが、3月初旬には62%に達した。フィンランドのNATO加盟は、ロシアにとって「緩衝地帯」を失うことを意味する。これに対してロシア外務省は、「フィンランドがNATOに加盟すれば報復措置が必要になる」と警告している。
またスウェーデンは、2月下旬にウクライナにスウェーデン製の携行対戦車弾AT4・ヘルメット・防護服などを供与すると発表した。軍事的中立の原則からスウェーデンは従来交戦国に対する兵器供与をしなかった。アンデション首相は、交戦国への兵器供与は1939年のソ連によるフィンランド侵攻時以来のことだと述べた。
当然のことながら、中立国がNATO寄りになるのを中国は重大な関心を持ってみている。前にも述べたが、ウクライナは中国にとって「一対一路」政策のヨーロッパ拠点であり、2020年には中国のウクライナへの直接投資額は2,106万ドルとなっていた(JETRO,新華社2022・01・14)。それに農園も経営し、ロシアの侵略前は6000余の中国人がウクライナで働いていた。
というわけで、ウクライナ戦争は中国にとっては大きな迷惑であることは間違いない。
4月6日の中国共産党の国際紙「環球時報」は、王義〇(木偏に危)・段憫農両氏の「ロシア・ウクライナ衝突の中の中立国」(2022・04・06)という評論を掲載した。王義〇氏は中国人民大学の習近平新時代中国特色社会主義思想研究院副院長であり、段憫農氏は同大学国際関係学院院生である。王氏は国際事務研究所所長でもあり、元EU駐在の外交官である。
同評論は、「ロシア・ウクライナの衝突(以下ウクライナ戦争という)」の経過を述べ、ドイツが「交戦地域には武器を輸送しない」という先例を改め、ウクライナに対して軍事援助を行ったと述べたのち、ウクライナ戦争はいま中立国に深刻な影響をもたらしているという。
ヨーロッパの主な中立国は、スイスのほか、オーストリア・フィンランド・スウェーデン・アイルランドなどである。著者らによれば、これらヨーロッパの中立国にとって中立は自己保全の手段であった。ところが、「スイスは1815年のウイーン会議以来の中立的立場をやぶって対ロシア制裁に加わると宣言し、スウェーデンとフィンランドはNATOに加盟する意志を明確にした」
そして、中立に至る経過を次のように述べている。
「中立国には中立への自願と強制の二種の経過がある。前者の代表はスウェーデンとスイスで、1809年スウェーデン王国はフィンランドをロシア帝国に割譲してから、中立を保って今日に至っている。スイスは前述のように、1815年ウイーン会議後中立の身分を選択した。
後者の代表はオーストリアとフィンランドで、オーストリアは第二次大戦終結時にアメリカ・ソ連・イギリス・フランスに占領され、ソ連はオーストリアの『永世中立』を条件に撤退した。これ以後1955年オーストリア憲法に『中立』が書き入れられた」
フィンランドは1917年のロシア革命の際、ロシア帝国の支配を脱して独立し、以来中立独立の地位を維持している。とくに注目すべきは、著者らが「フィンランドの中立はほとんどソ連の圧力の結果であり、それは第二次大戦時点では選択の余地のないものであった」と述べていることである。スターリンが軍事侵攻によってフィンランド東部を強奪し、中立を強要した事実を認めているのである。
そして今日、中立国が前例のない動揺をきたしている理由として、冷戦終結後、国家間の力のバランスがだんだんに崩れて、中立を保つための歴史的な条件が不安定になったことを挙げ、次のように言う。
「冷戦後のロシアの力は、フィンランドを恐れさせ反感を持たせるには足りていた。だがソ連式の(対外)政策を遂行するにはあまりにも弱体化してしまった。さらには(不安定化の要因としては)NATOがヨーロッパの主導権を握ったことである」
さらに「ウクライナ戦争のなかで、フィンランドとスウェーデンの反応が比較的大きいのも、隣国ロシアへの安全に対する懸念が原因となっている」と指摘している。
ウクライナ戦争のさなか、ヨーロッパの中立国はどちらを選ぶのか?ロシアかウクライナか。著者らは、ウクライナに対する支援と、スウェーデン・フィンランド両国がもつ歴史的記憶および国家安全の現実に対する憂慮とは切り離すことができないと主張する。
両国のほかの中立国であるスイス、リヒテンシュタイン、アイルランドは、ウクライナ支援を表明したものの、ロシアに対する経済制裁にとどめて軍事援助を避けた。オーストリアは対露制裁に関する議論を拒絶して、現在も将来も中立を保持するとしている。
著者らの論理からすれば、中立国のうち、ウクライナ支援に軍事援助を含める国と、それを経済制裁ないしは経済支援にとどめる国との違いは、ソ連時代から続くロシアに対する脅威と警戒の程度に関連しているといえる。
これは、今日中立国を反ロシアすなわちNATO側に導いたのは、ロシアだといっているに等しい。その半面、中立国の動揺を論じるにあたって「NATOのやみくもな東方拡大がロシアの安全を脅かした」という中共中央の通例となった主張には一言も触れていない。
最後に著者らは、「中立国の中立放棄」は大勢とはなっていないといい、「大部分の中立国はロシアにたいする制裁ないしは立場を明らかにすることについて比較的慎重な態度をとっている」と述べ、「しかし、一部の中立国が中立の立場を放棄することは、あるいは矛盾を激化させる可能性があることも軽視してはならない」と主張している。だが、この部分は、中共中央の主張との明確な違いを表明する危険を避けたものと思われる。
歴史を回顧しつつソ連時代からのロシアの脅威を論じる評論が政府のシンクタンクの一員と思しき人物の名において、しかも中共機関紙「人民日報」国際版の「環球時報」に登場してきた。このことは習近平指導部がウクライナ戦争の動向を見つつプーチンとの距離を計っていることの反映であると思われてならない。
(2022・04・09)
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