緊急出版 『プーチン3.0』のご紹介
- 2022年 4月 19日
- 評論・紹介・意見
- ウクライナネオコンプーチン塩原 俊彦
4月25日ころ、『プーチン3.0』が社会評論社から刊行されます。まず、電子書籍版として、5月下旬には実物版として、上梓される運びとなっています。
2014年に『ウクライナ・ゲート:「ネオコン」の情報操作と野望』、2015年に『ウクライナ2.0:地政学・通貨・ロビイスト』(いずれも社会評論社刊)を出版した者として、ロシアによるウクライナへの全面的な軍事侵攻をどうみているかを語ったものです。
総分量は400字換算、700枚程度でしょうか。過去に「論座」などに寄稿した記事を活用しながら、以下のような章立ての内容としました。
目次紹介
第一章 ウクライナ危機の主要因は西側(欧米)にある
1.ミアシャイマーの主張
2.2014年のウクライナ危機
3.NATOの東方拡大
4.ネオコンの怖さ
5.プーチンだけが悪人ではない
第二章 プーチンを解剖する
1.殺し屋プーチン
2.プーチンの権力構造
3.プーチンは神になれるか
第三章 核抑止論という詭弁
1.核兵器が変えた戦争
2.核抑止論とは
3.「核の同等性」(nuclear parity)
第四章 地経学からみた制裁
1.覇権国の傲慢
2.制裁の歴史
3.今回の対ロ制裁
4.制裁は「もろ刃の剣」
5.「キャンセル文化」の浅はかさ
第五章 経済はごまかせない
1.カネの行方
2.反危機措置パッケージ
3.暗号通貨の限界
4.供給不足という脅威
5.スタグフレーションの到来
第六章 中国との関係
1.中ロ関係の変遷
2.中ロ貿易の現状
3.軍事と北極圏の協力関係
4.ユーラシア経済連合の分断:中央アジアはどうなるか
5.アジアの安全保障体制と台湾問題
第七章 修正迫られる近代制度
1. 主権国家を前提とする近代制度
2.民主主義の虚妄
3.ブレトンウッズⅢ
4.地球が泣いている
5.新しいグローバル・ガバナンスに向けて
本書の内容
本書では、第一章において、「ウクライナ危機の主要因は西側(欧米)にある」という主張について分析するところからはじめています。欧米のマスメディアによる情報に「毒されている」読者には目新しい視角が得られるかもしれません。とにかく、距離を置いて、冷静にながめてみるというアプローチで書かれたものです。
第二章では、「プーチンを解剖する」として、プーチンの権力構造について詳細に考察しています。長年、プーチンを研究してきたぼくにとって、この部分は重要なのですが、やや詳しすぎるかもしれません。それでも、一知半解で出鱈目な情報を報道しているマスメディアに騙されないためにも、じっくりと読んでみてほしいと思っています。
第三章は「核抑止論という詭弁」について説明している。『核なき世界論』を書いた者として、北大西洋条約機構(NATO)の背後にある核兵器体制について、最低限知っておいてほしいことを書いておいたものです。
第四章では、「地経学からみた制裁」として、制裁が歴史的に政治利用されてきた事実について解説しています。ウクライナでの戦争を一刻も早く終わらせるために、たしかに厳しい制裁は必要です。同時に、その制裁が米国一国の世界支配のための道具となっていることについて、より多くの人々がもっと知るべきでしょう。
第五章では、「経済はごまかせない」として、ロシア経済の制裁対策を中心に、ロシア経済が受けている打撃などについて詳細に分析しています。経済に関心のある読者にとっては十分に読み応えのある内容となっていると自負しています。
第六章は、「中国との関係」について論じています。今後の中ロ関係は、ロシアの将来を決定づける重要なテーマだ。中ロ関係の現状と将来展望について、これまでの蓄積をフルに活用して書いたものです。ここでも、多くの読者に新しい知見を示すことができていると思っています。
第七章では、「修正迫られる近代制度」について考察しています。今回のウクライナ戦争が提起した問題のいくつかについて率直に論じたものです。ウクライナ戦争は、主権国家の嘘や主権国家と共謀関係にあるマスメディアの嘘といった、日頃気づきにくい「現実」を教えてくれています。それを知ったうえで、どう行動するかがいま問われているのです。
マスメディアから距離を置いて
本書は、日頃、多くの読者が目にしているようなマスメディアの報道とできるだけ距離を置いて、冷静な議論を展開するように心がけたものです。おおざっぱに言えば、21世紀のいま、地球全体が主権国家なる近代化とともに生まれた制度の歪みに直面しているようにみえます。
プーチンは主権国家ロシア連邦を「強国ロシア」にしようとしています。18世紀、19世紀型の古い統治に凝り固まっているのです。他方で、覇権国アメリカを中心に政治家は法的根拠の怪しい制裁をふりかざしながら、民主主義を標榜するという矛盾を平然と冒しています。欧米諸国はウクライナに武器を含む支援を行うことで、ロシアとウクライナとの和平交渉を長引かせているようにもみえます。
こうした主権国家の暴走に対して、マスメディアは疑問を投げかけようとしているでしょうか。ぼくには、マスメディアが主権国家と共謀して、主権国家にとって都合のいい情報を流しているように感じられます。少なくとも、マスメディアは意図的にこの両者にとって都合の悪い情報を隠蔽しているように思われます。あるいは、不勉強であるために、ウクライナ戦争の本質にまったく気づいていないのかもしれません。ただただ、感情に訴えかけるだけで、じっくりと本質に迫る姿勢に欠けるようにみえるのです。
戦争忌避問題
たとえば、ウクライナの国境警備隊は2022年2月24日遅く、18歳から60歳までのすべてのウクライナ人男性の出国を禁止すると発表しました。ゼレンスキー大統領が全土に戒厳令を宣言したことで、こうした措置がとられたらしい。その結果、ウクライナからの避難民の映像には、子どもや女性の姿があるばかりです。
こうした状況について、違和感をもつほうが自然ではないでしょうか。他人を殺すかもしれないだけでなく、自分の命を落とすかもしれない状況にとどまることを、国家が男性にだけ強要するという事態は正当化されるのでしょうか。
そうした疑問に対して、真摯に向き合って、主権国家と国民との関係について考えてみるいい機会であるにもかかわらず、多くのマスメディアはこうした問いかけをしない。むしろ、主権国家の維持のためには、あくまで武力で戦うことが必要不可欠であるような報道だけが流されているという印象をもちます。
本当は、丸谷才一が書いた『笹まくら』くらいをしっかりと読んでもらって、戦争忌避という価値観についても考えてほしいと思うのです。
民主主義の虚妄
ジョー・バイデンは自らが民主主義者のように振る舞っています。しかし、政治判断で行われている制裁は恣意的なものにすぎません。とくに問題なのは、米国政府の対ロ制裁を第三国にも適用させる、いわゆる「二次制裁」という脅しをかけることで、露骨な覇権国としての米国の利益を追求する姿勢があからさまな点です。欧州諸国によるロシアからの天然ガス輸入を停止させる圧力を高めることで、米国産シェールガスを液化天然ガス(LNG)として欧州に販売し、ロシアのもつ天然ガスのシェアを横取りしようという米国政府のやり方には、疑問符をいだかざるをえません。
和平協議を長引かせることで、結果として、ウクライナやロシアの穀物の海外輸出を妨害し、多くの第三国の人々が食糧不足や食糧の価格高騰に苦しんでいる事実についても、胸が痛みます。
政治的な制裁決定のどこに民主主義があるのでしょうか。本来であれば、制裁ごとに制裁期間や内容を明示し、その解除の条件まで明確化し、制裁に伴う反作用としての自国経済への影響まで俎上に載せたうえで、制裁決定をするべきだと思います。停戦への圧力として、緊急制裁を実施することはあってもいいと思いますが、制裁が中期・長期におよぶ場合には、自国の国民にその制裁の是非を問うという民主主義的手続きがあるべきではないでしょうか。既得権を握っている現政権が制裁を恣意的に科しているという現実は、民主主義を冒涜しているようにみえます。
プーチン政権が崩壊しないかぎり、対ロ制裁の全面解除はありえないでしょう。そうなると、ロシアの国力が衰退するのは確実です。それでも、ロシアの一人一人の人間は自らを切磋琢磨して自分らしい人生を切り拓いてもらいたいと思います。それは、ウクライナからの避難民も同じです。主権国家は、その国民への人権保障義務を果たしてはじめて主権たりうるものです。人権保障義務を果たせない国家は主権国家であってはならないのです。
しかし、現実には、権威主義的国家の多くは人権保障義務を果たさぬままに主権国家の特権を維持しています。こうした近代化が生み出した仕組みそのものがおかしいことがいま、はっきりしているように思われます。
懸念される「キャンセル文化」
心配なのは、「キャンセル文化」の隆盛です。第四章第五節で、「「キャンセル文化」の浅はかさ」を設けました。世界中に、「個人や組織、思想などのある一側面や一要素だけを取り上げて問題視し、その存在すべてを否定するかのように非難すること」を意味する「キャンセル文化」が広がっています。この傾向は、ロシア人の否定やロシア文化への攻撃といったかたちになって表出しています。
その昔、ドイツの貴族、ジギスムント・フォン・ヘルベルシュタイン男爵(1486-1566)はロシアへの二度の外交使節団について記した『モスクワ事情』(Rerum Moscoviticarum Commentarii)を1549年に刊行しました。スタンフォード大学のリマ・グリンフィルはつぎのように指摘しています(https://www.ucd.ie/readingeast/essay7.html)。
「ヘルベルシュタインは、ロシア商人に対する悪評を、ロシア人一般に対する敵対的な観察にまで発展させた。そのなかには、大酒飲み、泥棒、モラルのなさ、そしてとくに人を欺くこと、狡猾であることなどが含まれていた。これらはすべて、後にイギリスをはじめとする外国の使節が繰り返し述べることになる特徴である。」
こんな一方的な偏見が1558年から1583年のリヴォニア戦争(イワン4世のもとで、ロシア、スウェーデン、デンマーク、リトアニア、ポーランドとの間で起きた戦争)を経て、西ヨーロッパに広がったのです。
同じようなことが繰り返されるのでしょうか。21世紀を生きる人々は、「地球人」として、もっと広い視野から考えられる人であってほしいと願っています。そのためには、よく学ぶことが必須です。本書は、そうした人々のために書かれた一冊であると考えています。
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://chikyuza.net/
〔opinion11959:220419〕
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