「ロックダウンは憲法違反だ」
- 2022年 5月 17日
- 評論・紹介・意見
- ロックダウン中国新型コロナウィルス阿部治平
――八ヶ岳山麓から(375)――
5月5日中国の習近平指導部は、徹底して「ゼロコロナ」政策維持を確認し、これを徹底するよう指示を出した。上海では新型コロナウイルスの感染拡大を防ぐための厳しい外出制限が続くなか、9日北京市も規制を一段と強化し、外出を制限あるいは禁止する地域を拡大した。
このためか日本では、中国の官僚や警察の乱暴なやり方や、市民が不満を激しく訴える映像が何回か報道されて我々を驚かせた。
ところが、5月8日、中国SNSの交流サイト「微博(ウェイポ)」に、「上海の封鎖政策は憲法違反だ」とする意見書が現れた。著者は華東政法大学教授童之偉氏、憲法学者で上海住民である。
童氏は、上海の「緊急事態宣言」が中国現行憲法による法手続きをふんでいないことを指摘し、人を拘束・隔離し住宅へ侵入して消毒をするのは、人権を侵害するものと厳しく糾弾している。
これは習近平政権に対する真っ向からの異議申し立てである。お上を恐れぬ発言というほかない。わたしはこれを一読して、高校教員時代の日本国憲法の授業を思い出し、次いで中国でなんども経験した役人の横柄で乱暴な態度を思い出した。
だが、それよりも強い感動を覚えたのは、中国共産党中央の強硬な指示があったにもかかわらず、憲法をたてに人身の自由と権利を説く学者が中国に存在する事実だった。
「ゼロコロナ」政策による都市住民の不満はもとより、経済活動の鈍化は否めず、企業の操業率は落ち、EU資本の中には中国から脱出するものもある。だが、習近平指導部はこれをやめることはできない。やめれば「ゼロコロナ」政策が間違いだったことになり権威が揺らぐばかりか、異例の党総書記3期目への道が危なくなるからである。
童之偉意見書は、さまざまな異なった表題でSNS上のサイトに転載され拡大したが、みな削除された。氏は厳重な「審査」下におかれ、「微博」のアカウントは封鎖された。
以下童之偉意見書を要約して紹介する。
「上海の新型コロナウイルス感染防止対策に対する法律上の問題に関する意見(要約)」
童 之偉
上海の新型コロナウイルス対策をめぐる行政当局と市民のやりとりの様子は、テレビなどですでに明らかである。防疫政策に対する市民の反応は強烈であり、法的災害を引き起こす可能性がある。以下に法律家として意見を示すので、関係方面はことを処理する際の参考にしてほしい。
「緊急事態」宣言は、憲法の規定によらなくてはならない
上海のある居住区では係官が感染者の出たマンションの市民を(未感染者も含めて)すべて隔離しようとして、従わないものを怒鳴りつけ、強制的に隔離した。
またある官僚は、「これは全市統一の政策だ。強制措置は『治安管理処罰法』第50条第1項の規定によるものだ」と発言した。これは法の誤解か、さもなくば故意の曲解である。
「治安管理処罰法」の規定だけで、「緊急事態」下の強制執行をすることはできない。なぜなら、「緊急事態」は法律上のひとつの状態を指し、必ず憲法に従った宣言によるべきものであって、いかなる機関いかなる人物といえども勝手に認定できるものではない。
「憲法」第67条第21款の規定では、「緊急事態」は全国人民代表大会常務委員会(全人大常委会)が決定するものである。そして「憲法」第89条第16款によって国務院が省・自治区・直轄市のどこが「緊急事態」に入るかを決定するのである。
現在、上海市やそのどの地域も、憲法の規定による手続きによって「緊急事態」に入ってはいない。(全人代常委会の決定なしには)国務院も上海市の各レベルの行政機関も、緊急事態下の決定・命令を発布することは不可能だからである。
「伝染病防治法」第39条の規定を考慮したとしても、関係機関には強制手段で市民を隔離施設などに送る権限はない。この第1款は、「医療機関が甲類伝染病を発見したときは、即時以下の措置を取るべきである」として以下のように規定している。
1,患者・病原保持者は、隔離治療し隔離期限は医学検査の結果によって確定する。
2,疑似患者は検査前に指定場所で単独隔離し治療する。
3,医療機関内の患者・病原保持者・疑似患者は指定場所で医学観察をすすめ、
その他の必要な予防措置をとる。
この条文の第2款では、「隔離治療を拒絶し、あるいは隔離期間未満のものが隔離治療を勝手に離脱したときは、公安機関が医療機関を援助し、強制治療措置をとることができる」としている。
第2款の強制措置は強制隔離治療措置を指すもので、前款第1項と第2項の患者・病原保持者・疑似患者だけを対象とするものであることは明らかで、第3項は、指定する以外の一般市民を包括してはいない。
人身の自由は保障されなければならない
憲法に従えば、現状では上海のいかなる機関・官僚であっても、上海市あるいは市内のある地域の「緊急事態」を決定し、それを発言することにはまったく法的根拠はなく、虚偽である。
だから強制手段をもって市民を隔離施設に送るといった(官僚の)発言や行政執行は、すべて非合法であり無効である。上海市の機関や官僚が患者、病原保持者・疑似患者以外の、いかなる市民をも強制手段をもって隔離するのは、人身(自由の)権利に対する不法侵犯を構成するものであって、相応する法律上の責任を問われるべきものである。
したがって上海市各級各種の公共機関幹部は、市民の強制隔離を制止し、市民の合法的な人身の自由と権利を保証する義務と責任がある。
人身の自由と権利を無視して威嚇された市民は、強制命令を執行する担当者に対し人民政府が公式に発行した決定・命令の書面または国家機関のネット上の文面を提示するよう要求する権利がある。
すでに人身の権利を侵犯された市民は、人民法院(裁判所)に訴訟を起し、法律上の保護と援助を得る権利がある。
結 論
上海のいかなる機関も市民に住宅のカギの提出を要求し、市民の住宅に侵入して「消毒」をする権利はない。虹口区の担当官僚は飛虹路の市民に、大声で住宅のカギを提出させ家を離れるよう強制し、家に入り込んで消毒をしたが、その態度は非常に乱暴だった。
この状態は上海では、おそらく個別的なものではなく一般的になっている。
わが「憲法」第39条は、「中華人民共和国公民の住宅は侵犯されない。非法な捜査あるいは非法な侵入は禁止する」と規定している。いかなる法律も、いかなる機関と個人にも市民に住宅のカギを提出させて家から出るよう要求し、新型コロナウイルスの消毒をする権限を与えてはいない。
最近の新型コロナウイルス(オミクロン株を指すか?)の毒性は弱くなっており、危険は小さいのだから、行き過ぎた防疫対策はやめなければならない。
新型コロナウイルスの防疫は、市民の権利と自由を保証するよう考慮し、各レベルの国家機関と官僚は厳格に法律に基づいて仕事をしなければならない。そうしなかったら法治の原則は侵害され、法制は破壊されることになる。 以上
(2022・05・13)
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