少子化時代の高校入試 ここでも進む格差の拡大
- 2022年 5月 26日
- 評論・紹介・意見
- 入試小川 洋教育格差
かつての高校入試は、全県一斉・共通問題で実施されるものだった。それが大きく変わったのは1993年春、文部省(当時)が、進路指導から偏差値を追放せよ、と躍起になって旗を振った時からだった。多くの府県で推薦入試の拡大、入試の複数回実施など、受験競争の緩和策が採用され、また個性を尊重するという観点から面接や作文あるいは集団討論を課すなど、選考の多様化も進んだ。しかしここ10年余りは、推薦入試の縮小・廃止また入試回数を一回に戻すなど、全国的に学力回帰の傾向が強まりつつあ
る。さらに学力試験の多層化ともいうべき変化もみられる。
15歳人口の急増・急減と通学区の撤廃
80年代後半から90年代初め、第二次ベビーブーム世代が高校に進学し、どこの府県も増える生徒の受け入れ対策に追われた。それが受験競争の過熱化の原因でもあったのだが、90年代、15歳人口は一転して急減期に入った。全国の教育委員会は、入試改革の一方で統廃合を含む高校の再配置計画を始めたのである。
2000年代に入ると、多くの府県で通学区制の見直しが進められた。戦後長らく普通高校を中心として通学区が設定されてきたが、規制緩和の流れもあり、通学区を再編ないし全廃する府県が相次いだ。22年段階では25都府県で通学区が全廃されている。他の道府県でも隣接学区の受験機会の拡大など、通学区制限を緩める動きが続いている。公式的な政策目的は、生徒たちの選択の幅を広げるというものだが、制限の緩和は必然的に人気のある高校(都市部の進学校など)と不人気な高校との二極化をもたらし、教育委員会にとっては統廃合の候補を絞りやすい環境が生まれる。地理的・歴史的に多様な地域社会を抱えた府県ならば、通学区の廃止が受験生の学校選択にそれほど大きな影響を与えないが、交通網の発達した大都市圏で学区制限がなくなれば、受験可能な学校数は大幅に増え、受験生の流れは大きく変化する。
典型例として14年度に通学区が全面撤廃された大阪府がある。府では3年連続して定員を割った公立高校を原則として廃校とすることが、12年の条例改正によって決まっていた。今年度は人口5万を超える府最南部の阪南市にある府立高校が、3年にわたって定員を割ったとして廃校が決定された。前年度の入学者数は定員に1名足りなかっただけであり、入学者数の変動にあわせてクラス数を調整するという対策をとる余地もあったはずだ。大都市圏にありながら、市内に高校が一校もないという全国的にも異例な事態が生まれようとしている。
関東圏では東京都が03年、埼玉県は04年、神奈川県は05年と、通学区が相次いで廃止され、大阪府も含め、いずれの府県でも偏差値に基づいた受験校選びの傾向が強まりつつある。かつて偏差値追放の火の手をあげた埼玉県でも、中学校の現場では偏差値を利用した進路指導が復活するなど、偏差値依存が顕著になっている。
「難関校」向けの入試問題
しかし通学区の廃止は、選抜する側にも困難な問題をもたらした。応募者の学力水準は学校単位でいっそう均質化する。殊にいわゆるトップ校には、より広い地域から学力の最上位層が集中し、一般的な入試問題では受験生の得点が満点近くに集中して選考自体が困難になる。そこに登場するのが、自校作成や難易度の異なる入試問題である。学習指導要領の範囲から逸脱した難問は出せないから、難関校向けでは、単純に問題量を増やす、また思考力や創造力を問うとして、問題中の情報を複雑化するなどして、受験者間の得点差が開くようにするのである。
例えば英語の場合、会話体の文章題では、一般試験では2人の会話だが難関校向けでは3~4人の会話にして、正解を見極めるには強い集中力や分析力が必要となるようにする。また長文読解問題では、難関校向けには文章の長さを一般入試の数倍にするほか、多少複雑な構文を加えるなどである。要するに大量の複雑な情報を如何に効率的に処理できるかが試される。
自校作成は2001年に東京都で始まった。初めに日比谷高校、その後、実施校を増やし14年からは15校を3つのグループに分け、共同して作成する体制に変更された。しかし、18年には再び自校作成が復活し、22年入試では11校(内1校は英語のみ)で実施されることになっている。岡山県の場合は一校のみの実施で事情は多少特殊である。岡山市と倉敷市では人口増加に応じて新設校が相次いで開設されたが、それぞれ全体で合格者を決めたうえで、機械的に各校に振り分ける方式が採用されていた。しかしそのなかで岡山朝日高校は、江戸時代の藩校から旧制一中の系譜につながり、有力な政治家や実業家を輩出してきた伝統校として特別視され続けていた。99年に岡山市内の5校は単独選抜となったが、朝日高校に学力最上位層が集中したこともあり、04年から自校作成問題が使われるようになった。
神奈川県では13年まで、いわゆる難関校に自校作成が認められていたが、その後、見直しが進められた。22年は「学力向上進学重点校」など、県の指定する18校で共通学力検査の他、教育委員会が「筆記型特色検査」として用意する英語と国語の2題と、5つの教科横断型問題から学校の選ぶ2題が課される。千葉県でも22年に、共通学力テストの他に、県立千葉高校のみで県教委の用意する「思考力を問う問題」が初めて採用される。昨年秋に示された問題例は、共通試験より難度の高い数・英・国3科目を60分で解くものであった。
埼玉県では17年から一般問題の他に、数学と英語に「学校選択問題」が用意されるようになり、22年入試では進学校と目される22校が採用している。また大阪府の公立高校では、16年に入試制度が大幅に変更され、一般入試では、国語・数学・英語の問題が難易度別にA(基礎的問題)、B(標準的問題)、C(発展的問題)の3種類が用意され、各高校が選択することになっている。22年度入試では進学校と目される普通高校27校がC試験を選択し、Aを選択しているのは職業系の専門学校が中心となっている。
今後の課題
この30年ほど、公立高校入試方法は頻繁に変更され、その都度、教員や中学生は振り回されてきた。最近の学力回帰の傾向は自然な流れといえる。また少子化にともなう高校の再配置も避けて通ることのできないものであり、通学区制限の緩和も一つの選択肢である。ただし統廃合を進めるに際し、居住地に関係なくすべての中学生に高校教育へアクセスする権利を保障する制度設計は必要だ。
また大都市圏の最上位校では受験生の均質化によって選抜が難しくなるという問題が生じている。その解決のために難度の高い問題を用意することには合理性がある。今のところ教育委員会が用意するものと個別の学校に委ねられる方式に分かれているが、自校作成には秘密保持の問題もあり、また作成に当たる教員の負担も無視できない。さらに受験生からすれば、塾などを利用した特別な対策が必要となり、経済的余裕のある家庭でないと受験準備も難しい。複数の問題を作成する場合、入試の公正さを保つ意味でも教育委員会が用意することを原則とするべきではないか。
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