政治の圧力と介入から教科書を守れ 映画『教育と愛国』に拍手を送る
- 2022年 5月 28日
- 評論・紹介・意見
- 『教育と愛国』岩垂 弘教科書文科省
力作である。『教育と愛国』と題するドキュメンタリー映画だ。107分。製作委員会製作。監督は斉加尚代(さいか・ひさよ)さん。毎日放送のディレクターである。ぜひ観賞をお勧めしたい。
この映画の基になっているのは、毎日放送が2017年7月に放送したテレビ番組『教育と愛国~教科書でいま何が起きているのか』である。この作品は、その年のギャラクシー賞テレビ部門大賞や、「地方の時代」映像祭の優秀賞などを受賞した。それに追加取材し、再構成したのが、今回のドキュメンタリー映画だ。
製作委員会がつくったブレス資料「教育と愛国」は、冒頭でこの作品について「ひとりの記者が見続けた“教育現場”に迫る危機 教科書で“いま”何が起きているのか?」と述べ、さらに「いま、政治と教育の距離がどんどん近くなっている。軍国主義へと流れた戦前の反省から、戦後の教育は政治と常に一線を画してきたか、昨今この流れは大きく変わりつつある」「本作では、毎日放送で20年以上にわたって教育現場を取材してきたと斉加尚代ディレクターが『教育と政治』の関係を見つめながら最新の教育事情を記録した」と続けている。こうした記述に、この作品をつくった狙いが端的に示されていると言える。
ブレス資料「教育と愛国」に載っている斉加さんの文章によれば、戦後日本の教育の理念は、旧教育基本法(1947年施行)にうたわれていた。その前文にはこうあった。「われらは、さきに日本国憲法を確定し、民主的で文化的な国家を建設して、世界の平和と人類の福祉に貢献しようとする決意を示した。この理想の実現は、根本において教育の力にまつべきものである」
要するに、教育の目的は「人格の完成をめざし、平和的な国家及び社会の形成者として、真理と正義を愛し、個人の価値をたつとび、勤労と責任を重んじ、自主的精神に充ちた心身ともに健康な国民の育成を期して行われなければならない」(旧教育基本法第1条)とされたのだった。
ところが、2000年代以降、教科書の記述が政治の力で変えられてきたという。なかでも、2006年に第1次安倍晋三内閣によって教育基本法が改正され、教育の目標に「伝統と文化を尊重し、それらをはぐくんできた我が国と郷土を愛するとともに、他国を尊重し、国際社会の平和と発展に寄与する態度を養うこと」が付け加えられたことが、教科書の記述に決定的な変化をもたらした。つまり、新しい教育基本法に「愛国心を養う」ことが教育の目標の一つと規定されたことが、いまに至る教科書記述問題を引き起こしたという。
斉加さんによれば、それまでの教科書には、第2次世界大戦で日本人が受けた被害と、日本軍による加害の両面が記述されていたが、新しい教育基本法に「愛国心」条項が盛り込まれてからは、南京事件や日本軍の慰安婦問題、そして沖縄戦における住民の集団自殺などの戦争加害を記述した教科書に対し右派勢力から攻撃が行われるようになったという。
映画には、教科書に戦争加害を記述したのをきっかけに倒産に追い込まれた教科書出版社の元編集者や、授業で慰安婦を取り上げたために右派勢力からバッシングされた中学校教員、研究内容をめぐって「反日学者」と中傷された大学教授らが登場する。慰安婦問題や沖縄戦を記述する教科書を採択した学校には、抗議のハガキが殺到する……
極めつけは、教科書から「従軍慰安婦」と「強制連行」という表現がなくなったことだろう。
中学社会や高校の地理歴史、公民の教科書にあった「従軍慰安婦」と「強制連行」の記述について、教科書会社7社が昨年秋、相次いで訂正申請を文部科学相に出し、承認された。これは、安倍内閣を継承した菅義偉内閣が、昨年4月に慰安婦問題と強制連行をめぐる答弁書を閣議決定したのに伴い、その決定に従ったからだった。
その答弁書は、「『従軍慰安婦』または『いわゆる従軍慰安婦』ではなく、単に『慰安婦』という用語を用いることが適切」としていた。また、朝鮮半島から日本に連れてこられた人々については「朝鮮半島から内地に移入した人々の移入の経緯は様々であり、『強制連行された』もしくは『強制的に連行された』または『連行された』」とひとくくりに表現することは適切ではない」としていた。
これに対し、教科書会社側は、教科書の記述を単に「慰安婦」、「動員」などと訂正すると文科相に申請し、教科用図書検定調査審議会の審議を経て承認された。
こうした経緯を見てくると、教科書検定制度に問題の焦点があることが分かってくる。
学校で児童、生徒たちが使う教科書をつくるのは教科書会社だが、つくられた教科書がそのまま教育現場で使われるわけではない。教科書会社が文科相に認定を申請し、文科相が一定の基準に基づいて教科書として適切がどうか審査し、それに合格すれば、学校での使用が認められる、という仕組みになっている。
実際に教科書の記述を審査するのは、教科書調査官である。彼らは、教科書会社に対し決して「こう書け」とは言わない。提出された教科書に対し、「ここのところは基準に合わない」と意見を言うだけである。教科書会社側としては、なんとか合格の認定をもらいたいから、結局、調査官の意見にそった記述に変えたり、教科書として適切でないと指摘された記述を引っ込めたりする。一方、文科省には、政治家や諸団体からさまざまな意見や要望が寄せられる。
ブレス資料「教育と愛国」で、斉加さんは言っている。「取材の壁は厚かった。教科書をめぐる攻防を丁寧に描こうと考えたが、『圧力』そのものをカメラに収めることはできない。眼前で命令が下さればよいが、そうはいかない。『忖度』という言葉を教科書編集者は繰り返し使う。教科書検定制度が圧力と忖度の舞台であることが伺えた」
「教育に対する政治の急接近に危険性を感じ、切羽詰まる思いで映画を作った」。映画を撮り終えた斉加さんの言葉だ。
映画は5月13日に公開され、現在、東京都内のほか、仙台、福島、大阪、京都、大分の各市の映画館で上映中である。
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