青山森人の東チモールだより…増大する中国の影響力
- 2022年 6月 9日
- 評論・紹介・意見
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王毅外相の訪問
東チモールの現政権である第八次立憲政府が迎える要人としては最重要人物といってよいかもしれません、中国の王毅国務委員兼外相(以下、外相)が6月3~4日、東チモールを訪問しました。
オーストラリアのスコット=モリソン首相(当時)やポルトガルのマルセロ=レベロ=デ=ソウザ大統領も東チモールに来ましたが、経済や軍事などの分野で中国がアメリカに対抗して世界に与える影響を思えば、これらの要人たちでさえやや小粒といった印象を受けます。
中国の王毅外相は5月26日から10日間かけて、ソロモン諸島⇒キリバス⇒サモア⇒フィジー⇒トンガ⇒バヌアツ⇒パプアニューギニア⇒東チモールの順に太平洋諸国と併せて八ヶ国を訪問しました。
アメリカ・オーストラリアの影響力が強い太平洋島嶼国において中国はまずは経済支援を通じて友好関係を築き上げ存在感を出そうとしているのが現段階だとおもっていたら、今年4月、中国がソロモン諸島と安全保障協定を締結しました。オーストラリア政府によればその協定は中国の軍艦が停泊でき、治安部隊も派遣できる内容となっていることから、当然アメリカ側に警戒感を与えています。そうした状況のなかでの王毅外相による太平洋諸島への外交活動は、太平洋地域における中国の軍事拠点化につながるのではないかとさらにアメリカを警戒させていることでしょう。
ウクライナへの侵略戦争によってロシアが弱体化するであろうとほくそ笑んでいるアメリカはいま中国に照準をあわせているはずです。アメリカ・日本・オーストラリア・インドの四ヶ国で構成されるQuad(クアッド)、フランスとの契約を破棄してイギリスとの共同開発で原子力潜水艦をもとうとするオーストラリアとイギリスそしてアメリカの三ヵ国のAUKUS(オーカス)など、アメリカは新たな安全保障の枠組みをつくって中国包囲網を形成しようとしています。
日本の岸田首相はバイデン米大統領が先月来日したさいにただただアメリカに従うように軍事費増額の姿勢を示しました。このままだと、もしバイデン大統領が東京で〝失言〟したとおりアメリカが軍事的に台湾を防衛する行動を中国にたいして起こしたら、日本は直接的に戦争に巻き込まれてしまう可能性があります。それは日本の現政権そして国民が望んでいることなのか、冷静な議論が求められます。
5月21日、オーストラリアで実施された選挙で9年ぶりの政権交代が実現し、政権を奪還した労働党のアンソニー=アルバニージー党首は首相に就任するやいなや来日して5月24日Quadの首脳会議に参加しました。そして帰国したアルバニージー首相は太平洋諸国において影響力を拡大させている中国に対応していく姿勢を示しました。その「対応」とはどのような内容なのかは今後明らかになっていくことでしょうが、いま予想できることは、太平洋諸国で中国の影響力が拡大した背景にはかつてのオーストラリアによる対東チモール政策のような一方的な姿勢があったから中国という選択肢を与えてしまったのであり、オーストラリアの新政権は今後太平洋諸国にたいし柔軟な対話姿勢を示すことであろうということです。報道などから推測するに気候変動が対話のための一つの話題になるのではないかと思われます。
東チモールと中国の外交関係樹立20周年を祝う横断幕。この横断幕の左右に東チモールや太平洋諸国に建てられたかまたは建てられる予定の建物の写真や絵が描かれた横断幕が飾られている。
首都、レシデレ地区の浜辺にて。
2022年5月30日、ⒸAoyama Morito.
東チモールから見た王毅外相の訪問
王毅外相の今回の太平洋諸国と東チモール訪問はアメリカによる対中国の動きに対抗するためであろうとどうしても考えてしまいます。東チモールは太平洋の島嶼国ではありませんが、チモール海を隔ててオーストラリアと向き合う位置にある東チモールは中国にとって地政学的に重要な国になっているはずです。
王毅外相の訪問を東チモールから見てみましょう。6月3~4日の王毅外相の写真が6月6日(月)の各新聞の表紙を飾りました。路上で売られている新聞は現在、主に五紙あります。各紙の写真を見てみます。
・『ディアリオ』:王毅外相がジョゼ=ラモス=オルタ大統領との会談を終えた後、ラモス=オルタ大統領をそばにしてマイクの前に立って何かを話している様子を撮った写真(*)。写真説明文には王毅外相とラモス=オルタ大統領は「これまでの20年間、各分野において歩んできた二ヶ国間の関係を今後さらに良好にするにはどうすればよいかを話し合った」とある。
(*)テレビニュースをみればわかるのだが、王毅外相は中国語で話している。そして王毅外相は東チモール人記者からの質問は受け付けないとあらかじめ通告されているので、おそらく中国の同行記者にたいして発言していたのであろう。中国側からの要請で東チモール政府が王毅外相にたいする報道規制を敷いた(理由は新型コロナウィルス感染防止)。これににたいして東チモールの「報道評議会」が国の機関であるにもかかわらず遺憾の意を表明した。
・『ディリ ポスト』:両国の外相が後ろに立ち、前のテーブルで中国側と東チモール側の代表が合意文書に署名する写真。「東チモール政府と中国政府は公式に四分野において協力合意(文書)に署名する」。
・『東チモールの声』:王毅外相とシャナナ=グズマンが拳を突き合わせて挨拶し合う写真。「中国の王毅国務委員兼外相とカイ=ララ=シャナナ=グズマン領海画定交渉団長が政庁舎内の領海会議室で6月4日(土)に会う」。
・『チモール ポスト』:王毅外相とシャナナ=グズマンが腕を組んで互いに笑っている写真。説明文なし。
・『インデペンデンテ』:王毅外相がラモス=オルタ大統領にマイクの前に案内される写真。「ラモス=オルタ大統領が中国の王毅国務委員兼外相の訪問を6月4日(土)大統領府で受ける」。
以上、各紙の表紙を飾った写真をざっと見比べると、シャナナ=グズマンが王毅外相を迎える中心人物であるという印象を受けます。政府首脳であるタウル=マタン=ルアク首相の写真を表紙にもってきた新聞は一紙もありませんでした。王毅外相を迎える東チモール政府としては四分野(医療・通信技術・経済・農水産)で支援を受ける合意文書に調印することが最大の目的であるかもしれませんが、中国としては必ずしもそうではないかもしれません。中国としては合意文書に署名するだけなら王毅外相がわざわざ訪問することはなく、訪問することに意味があるのは太平洋の島嶼国です。王毅外相が東チモールまで足をのばした主な目的はシャナナ=グズマンと会うためだったのではないでしょうか。二人は53分間も会談したと報道されています。シャナナ=グズマンと王毅外相の親密そうな写真を見ると、やはりシャナナはチモール海の「グレーターサンライズ」ガス田の開発を中国からの融資に頼っているのではないか、そしてその話は具体的に進んいるのではないかと憶測したくなります。「グレーターサンライズ」が中国の資金で開発されるとなれば中国としては東チモールにおける地位を確固たるものとしオーストラリアにたいして優位にたてるというものです。
雇用に結びつかない中国の経済力
ちなみに上記にあげたに五紙のうち、一番良かったのは『東チモールの声』でした。王毅外相とシャナナ=グズマンが拳を突き合わせて挨拶し合う写真の下に表紙の中心となる記事が載っていました。しかしそれは王毅外相の記事ではなく、「東チモール人は海外で仕事を探し、外国人が国内を占める」という見出しがついた記事でした。その記事は、独立のために闘ったのは国民みんながより良い生活をしたいという希望をもってのことだったのに、独立して20年たった現実は東チモール人とくに若い人たちは外国人が占めるこの国を出て仕事を探さなければならない、という内容です。
ここでいう「外国人」とは中国人のことで、「占める」とは商業活動を占めるという意味です。つまり大勢の中国人が東チモールで商売をする一方、東チモールの若者たちは国外で職を探すという悲しくも厳しい現実を嘆く記事です。これを王毅外相とシャナナの二人の写真と対比させた表紙の組み方に無言の批判精神を感じます。
わたしの滞在するベコラでは中心を通る道沿いに中国人が経営する食料雑貨店が数件あります。日本のコンビニに服・靴・鞄などの売り場がくっついた店とおもってよいでしょう。新型コロナウィルスの災禍にも関わらず、この地域の内需を一手に引き受けたかのように繫盛しています。店一軒には東チモール人の店員が2~3人、多くて4~5人います。中国人による商売がもたらす雇用とはこの程度です。
首都、オーディアン地区のスーパーマーケットの入り口付近。
商売繫盛の中国人商店の前で野菜を売るのが東チモール人。
2022年5月21日、ⒸAoyama Morito.
暗くなってくると店の入り口に東チモール人の売り子が集まる。
ベコラのバスターミナルに近い所にて。
2022年5月28日、ⒸAoyama Morito.
夕方になり暗くなってくると、こうこうと照る中国人の店の前に東チモール人の物売り人が群がります。中国人の店の灯りで商売する東チモール人と立派な店で商売する中国人はあまりにも対照的です。中国の経済支援を歓迎する東チモールの指導者たちはこの照らし出される格差の光景に「歓迎」以外の何かを感じてほしいと思います。
青山森人の東チモールだより 第463号(2022年06月08日)より
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://chikyuza.net/
〔opinion12109:220609〕
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