安倍政権の残した傷跡
- 2022年 6月 15日
- 時代をみる
- 「教育と愛国」アベ小川 洋教育
自身を安全な場に置きながら、他者に愛国心を要求する者は醜いだけでなく、しばしば愚かしく滑稽な姿を晒す。文科省の教科書調査官が、街のパン屋を取り上げた小学校の教科書にクレームをつけ、和菓子屋に差し替えさせたという、笑い話のような実例がある。第二次大戦中、野球から英語を追放した馬鹿げた歴史を想起させる。
近年、教育現場では「愛国心」教育が繰り広げられている。本作品は、安倍政権下で進められた教育現場の愛国心教育の実態を追った、大阪毎日放送ディレクターの斉加尚代氏が作成したドキュメンタリー映画である。この映画については、5月28日の本サイトに岩垂弘氏の推薦記事が掲載されているが、教育問題を専門とする筆者も筆を執っておきたい。愛国心教育に関する政策について、時系列的に整理しておこう。(下線部、筆者)
2006年、第一次安倍政権は教育基本法の改定を成立させた。ポイントは、教育の目標として「伝統と文化を尊重し、それらを はぐくんできた我が国と郷土を愛する…態度を養う」が加えられたこと。また、教育活動が「法律の定めるところにより行われる」として、法律によって教育内容をコントロールできるとしたこと。
2014年から、教科書検定において、「閣議決定その他の方法により示された政府の統一的な見解や最高裁判所の判例が ある場合には、それらに基づいた記述がされていること」などの項目が示され、教科書執筆者は研究者としての知見を脇に置き、時の政府の見解に沿った記述をするように求められることになった。
2015年、教育委員会制度に大きな改定が加えられ、教育委員の互選で選ばれていた委員長を首長が任命することとした。
学校教育法の改正によって、小学校では2018年、中学校では2019年から、HR活動などと同じ扱いだった「道徳」を「特別の 教科」とし、現場では教科書の使用義務が課されることとなった。
かくして、安倍政権下では政治が教育の現場に土足で踏み込んでいく情景が広がっていったのである。「『そもそも』には、『基本的に』の意味がある」など、珍奇な「閣議決定」を出し続けた内閣である。そのような政治家たちに、教育官僚や学校現場の教員が振り回される悲喜劇が繰り返されているのである。
映画は2012年に、大阪で開かれたシンポジウムの場面から始まる。当時大阪府知事だった松井一郎氏と安倍晋三氏、さらに安倍氏に近い憲法学者(と言っても憲法に関する学術書はないが)の八木秀次氏の三人である。ここで安倍氏は「政治が教育に関わるのは当然だ」と主張した。映画では教科書問題を中心にさまざまなエピソードを追っていく。
以下、印象に残ったエピソードを2,3取り上げたい。
歴史教科書問題
1990年代に活動を始めた「新しい歴史教科書をつくる会」の活動が取り上げられる。神武天皇など神話上の人物を取り上げたりする復古調の部分と、太平洋戦争を「大東亜戦争」と呼び、日本の防衛戦争・アジアを解放するための戦争と評価し、日本軍による加害行為を限りなく小さく見せる、歴史修正主義的記述が特徴である。この教科書は各地で政治家の後押しもあって一定の採択が見られたが、現在では採択率は不調である。
理由については筆者が以前に本サイトで紹介したが、検定の強化によって、他の大半の教科書で、慰安婦問題や強制労働などの記述が彼らの教科書と同様のレベルにコントロールされたからである。各地の教育委員会にしてみれば、政治家の圧力が弱まり、神話などにページが費やされて高校受験に不利な教科書を採択する理由は無くなる。
映画では、「つくる会」の主要執筆者である伊藤隆東大名誉教授のインタビュー場面がある。歴史教育の目的を問われた氏が「まともな日本人を育てること」と答える。質問者から「まともな日本人とは?」と問われると、虚を突かれたかのような表情を見せ、少し間をおいてから「左翼ではない」と答え、観客から失笑が漏れる。
この点、氏を弁護するわけではないが、歴史教育に携わったものとして少しばかり解説しておきたい。周知のとおり、戦前の歴史教科書は皇国史観によるものであったから、マルクス主義の唯物史観の研究者たちが教科書に関わることはありえなかった。しかし戦後は状況が変わった。古代の律令制や中世の荘園制など、社会構造を理解するうえで唯物史観は有効だったから、伊藤氏のいう「左翼」系の研究者が幅を利かせることになった。近代政治史で研究実績を積んできた伊藤氏にしてみれば、「左翼系」の研究者が跋扈することに不快感を抱き続けていたはずだ。氏には、教育を通じて国民を右翼思想に染め上げるというような、大それた意図はなかっただろう。伊藤氏の姿は、世間知らずの学者が政治に利用された姿なのである。
慰安婦問題
国会で自民党の杉田水脈議員が、ジェンダー問題の研究者である牟田和恵阪大教授が科学研究費を受給していることが問題だと発言している場面が出てくる。牟田氏は戦時性暴力もテーマとしていることから、従軍慰安婦についての論文も発表している。杉田議員は、さらに自らのツイッターで、その研究を「捏造」と決めつける投稿をした。
理系であろうと文系であろうと、研究者が資料などをいい加減に扱って間違った結論を出せば、他の研究者から指摘され、研究者生命が断たれることもありうる。水田議員は、月刊誌に「LGTBには生産性がない」なる「論文」を掲載させて、廃刊に追い込んだ人物だけあって、発言がじつに軽い。
当然の対応として牟田教授らは、水田議員を相手取って名誉棄損の訴訟を起こした。しかし地裁は、この5月25日、原告側の請求を棄却する判決を出している。判決理由は、互いに批判している中での発言だから、一方に否があるものではないということであった。政治家と研究者の議論を、酔っぱらい同士の口論程度のものとしか理解していないことを示すもので、批評する値打ちもない。
もともと水田議員は自民党議員としての実績もないのに、従軍慰安婦を否定する政治活動を熱心に行っていて、その極右的な言動が安倍晋三の目に留まり、中国地区比例区の候補者となって当選している。要するに安倍氏があまり表立っては言えない、彼の本心を伝える装置として採用された人物なのである。
そのほかにも、従軍慰安婦問題について安倍氏の指示を受け、国際会議の場で反論活動を展開した外務官僚が登場する。彼は私大卒の外務省官僚として初めて次官まで上り詰めている。安倍政権の時代には、安倍氏に気に入られるような活動をした人物が、異例な取り立て方をされた例が多くみられた。現在、官僚組織のモラルハザードが進行しているのは、その後遺症とも言えるが、後遺症が死に至る病にならない保証はない。
期待される教科書
学習指導要領では、教科「道徳」の教育目標は、徳目の押し付けではなく、「自己の生き方についての考えを深める学習」としている。では、誠実さという徳目をテーマとする学習で、スキャンダルにまみれて国会で数えきれないほどの嘘を吐き続けた総理大臣がいたことを取り上げてはどうだろう。しかも彼は憲政史上、最長期間、その座に座り続けた。なぜそのような人物が首相の座に座り続けられたのか「探求」する学習は、政治(主権者)教育としても格好のテーマだと思うのだが。そのような教科書を出す教科書会社は現れないものだろうか。
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