「民主主義社会では許されない蛮行」では、事態の本質を隠ぺいする怖れ ――日本の主要メディアの惨状を憂う
- 2022年 7月 15日
- 評論・紹介・意見
- 野上俊明
わが学生時代、「ブル新」と人なみに貶してはみたものの、朝日新聞はやはりわが教養になくてはならないものであった。しかしそれから半世紀、今般の安倍元首相暗殺事件の扱いを見て、わが朝日はルビコン川を越えてしまったのではないかと、背筋が寒くなる思いにとらわれている。リベラル系と目されたメディアまでが、率先して言論封殺になりかねない役割を果たしているのではないか。安倍政治の政治評価は自由でなければならないはずであるのに、追悼のためには批判がましいことはすべて控えよという論調がまかり通っている。過去のいきさつはどうであれ、国民総追悼をという同調気分が日本中に蔓延している、というかメディアが率先してそうした気分つくりだしているのだ。
その一例。朝日自身の論説ではないが、宇野重規氏の「安倍晋三元首相の逝去を悼む~民主政治を壊す蛮行と団結して闘う決意が必要だ」(7/9)などは、まさしくその典型ではなかろうか。民主的国家の政治的指導者安倍元首相、つまりは民主主義の擁護者~暗殺は民主主義への挑戦~暴力の否定で国民の一致団結を、という論理の流れになっている。安倍氏への理不尽な暴力を断乎糾弾するにしても、暗殺の動機や背後関係を無視していいということにはならない。さらに被害者が政治家の場合、その政治理念や業績を無視してもいいということにはならない。宇野氏の論理は、暴力否定の抽象的な普遍性のみに依拠するだけで、政治暴力を生み出すゆがんだ政治・社会のありようなどへの考察や反省などどこにもうかがわれない。
こうした日本のメディアのありようや日本社会の空気に対し、海外のそれはどう見ているのか。一例だけご紹介しよう。ドイツ「緑の党」系といわれる日刊紙「Tageszeitung」(7/12)は、「暗殺の考えうる動機:宗派がらみの殺人?」と題し、短いながらも本質を突いた記事を載せている。以下、少し長くなるが、要所を引用しておく。
――暗殺された安倍元首相の所属政党や家族は、韓国・文鮮明一派とつながりがあったと言われているが、日本のメディアはこれをあいまいに扱っている。・・・「現代ビジネス』によると、41歳の山上徹也容疑者の母親は、父親の死後、統一教会に入会し、5千万円近く(一説では1億円)を寄付していたという。そのために家も土地も売った。山上は、母親が大学の学費を払えなくなり、学業を中断せざるを得なくなった。しかし、日本の大手新聞社やテレビ局は3日間その宗教団体の名前を伏せていた。ツイッター・ユーザーはとっくに、集団結婚式で知られる韓国の統一教会を指摘していたのにである。・・・世界平和統一家庭連合(旧統一教会)の日本代表・田中富広会長が、加害者とされる母親が1998年から会員であったことを確認して初めて、主要メディアも彼女の名前に言及し出した。母親は2002年に自己破産を申請していた、と田中氏は明らかにした。他方、安倍氏は信者ではなかったが、教会のフロント組織の平和活動を支持していた。(日本のマスメディアの)報道自粛の理由については、さまざまな憶測が飛び交っている。マスコミが暗殺された政治家の名誉を守りたかったのだという方が、もっともらしく思える。安倍元首相が怪しげな商法を行う統一教会を支援したことは、筋金入りの国家主義者としての安倍首相のイメージにそぐわない。しかし、両者の関係は公然の秘密である(太字、筆者)。
「日刊ゲンダイ」は2019年9月、第4次安倍内閣の自民党新閣僚13人のうち6人が統一教会に近いと報じた。1年前、安倍首相はカルト教団の創設者である文の未亡人が主催するイベントにビデオメッセージを送った。これに対して、総額9億ユーロにのぼる被害の被害者の代理人である日本の弁護士らが、反社会的団体にお墨付きを与える行為だとして抗議を行った。この教団は、高値の印鑑や壺を会員に押し付けて購入させ、多くの家庭と市民の生活を破壊したと、弁護士らは説明した。・・・米国の政治アナリスト、リチャード・サミュエルズによれば、安倍首相の祖父で1957年から1960年まで首相を務めた岸信介は、共通の反共姿勢から1960年代に宗祖文鮮明の来日に道を開き、日本本部用の土地を自ら売り込んでいたという。また安倍首相の父で自民党幹事長・外相を務めた晋太郎と息子の晋三は、その後も教団との交流を続けていた。日本には現在60万人の会員がいるが、この宗派は日本で布教し、積極的に寄付を集めることができる。神田外語大学の政治学者、ジェフリー・ホール氏は、「彼らのメンバーは、無償で選挙運動を手伝い、安倍首相の党に投票します」と指摘する。
つまり自民党の選挙運動の手足となることによって、恩を売りつけ、自らの反社会的活動に司直の手が及ばないようにしているのであろう。嫌韓を扇動する極右潮流だが、その実反共反民主主義で日韓の反動勢力が裏でつながっていることがはしなくも露呈した。自主憲法制定を声高に主張してきたナショナリスト岸信介氏らが、裏でCIAのエージェントであるとのうわさが絶えなかった関係とよく似ている。
凶行の直接的動機が、教団と元首相への私的怨念にあるにせよ、巨大なカルト宗派組織と日本で最も有力な政治家が絡む事件であり、日本の戦後保守政治の影の部分が垣間見えていることを無視してはならないのである。
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://chikyuza.net/
〔opinion12187:220715〕
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