iPadなど先端機器の華々しいデビューの陰で ―中国の受注製造工場で労働者10人が連続自殺―
- 2010年 6月 8日
- 時代をみる
- 中国丹藤佳紀企業自殺
中国南部、香港と広州の間にある深圳(しんせん)といえば中国の改革・開放政策を象徴する経済特別区として有名だ。その深圳にある台湾系企業・富士康(英略称=FOXCONN)で、今年1月末から10-20代の若い労働者が全寮制の寄宿舎から飛び降りる自殺が相次ぎ、5月末までに連続10件に達した(未遂を含めると12件)。
相次いで10人もが自殺し(うち女子2人)、しかもそれがすべて25歳以下の労働者だったというだけに、この事態はさまざまな角度から注目されている。そして、その原因についていろいろ論議される過程で、競争の激しい先端機器を受注したこの企業が製品情報の漏洩を防ぐため、厳格なチェック・システムをとってきたことなどが明かるみに出た。
舞台となった富士康は、台湾の機器メーカー・鴻海グループの子会社で、いま話題のアップル(Apple)社・iPadを製造するなど世界最大級のエレクトロニクス機器受託製造(EMS)企業。アップルはじめデル(Dell)、ヒューレットパッカード(HP)などのコンピュータやプリンタ、ソニー・エリクソン(SONY-Erickson)やノキア(Nokia)などの携帯電話の組み立て生産を行っている。工場の労働者総数は42万人、深圳市龍華区にある工場だけで27万人になり、同地区で働く出稼ぎ労働者の46%を占めるという超マンモス企業だ。
その富士康で今年1月23日から、労働者が寄宿舎から跳び下りる自殺が相次いだ。同社は、通常はメディアを寄せ付けない。そのため、同社の労働者がどのように働き、暮らしているかという基本的なことが外部には伝えられていなかった。そこで、鋭い報道で知られる 『南方週末』紙の記者が4月、契約労働者になりすまして工場に1ヶ月間潜入し、「富士康で8人連続の飛び降り自殺事件の謎」(5月13日)と報道した。
そのルポで「謎」が解かれたわけではない。しかし、白いユニフォーム姿で整然と流れるラインで組み立て作業を続ける労働者が、互いに寄宿舎のルームメートの名前も知らない間柄であること、給与は深圳市の法定最低賃金950元/月(基本給)(約1万3000円)に残業代が加算されて2000元程度であること、携帯電話は持っているが、自分たちの製造しているようなブランド物ではなくコピー商品であることなど労働・生活状況の一端が明らかにされている。
また、中国のウェブサイトの報道や書き込みから、労働者には組合がなく、労働者が個々人の作業規定量(ノルマ)を達成するためにはどうしても残業しなければならないこと、その残業代込みで給与は1600―2200元/月であること、これまでも1年に4―6人ぐらいの自殺者が出ていたことなども伝えられた。
5月末、飛び降り自殺(未遂含む)が2桁に達すると、さすがに富士康側も対応に乗り出し、精神・心理専門家による状況分析や給与改善にとりかかった。北京から招かれた清華大学と北京大学の心理学専門家と精神科医が労働・生活状況を観察し、その結果として、とくに大きな問題点は指摘されなかった。逆に「中国では2008年、人口10万人当たりの自殺者が12人だったから、(労働者40万人から)10人程度の自殺者が出るのは多いとはいえない」との判断が示されたという。ただ、労働者の給与が30%引き上げられ、基本給は最低1200元(約1万7000円)に底上げされた。この辺は、ウェブサイトで「統計バカ」とののしられたり、「死者が出たから低賃金だったことを認めた」と皮肉られた。
他方、深圳市当局は、飛び降り件数が2桁に達した5月21日の時点で副市長兼公安局長が工場を視察した。その報告が党中央に達したからか、27日には胡錦濤党総書記と温家宝首相の指示により中共広東省委の汪洋書記(党政治局員)も視察した。これに先だって25、26両日深圳で開かれた治安関係会議で、王楽泉・党中央政法委副書記(党政治局員)がこの問題について取り上げている。
中国共産党の中央指導部が一私企業の問題を会議で取り上げたり、中央政治局員が視察したりするのはきわめて異例なことである。これは飛び降り自殺の相次いだ異常さに「ただごとではない」と衝撃を受けたからだろう。ただし、その事態が「世界の工場」に打撃にならないように―というおもんぱかりからの対応に思われる。
何しろ富士康は世界に冠たるエレクトロニクス機器受託製造(EMS)企業で、業績に悪影響が及べばすぐ輸出に跳ね返るからだ。2008年度の輸出額556億ドル、中国の輸出総額の3.9%を占め、米 『フォーチュン』誌の世界500大企業の109位にランクされた。連続自殺が問題になると、発注元のアップルやデル、ヒューレットパッカードなどが富士康側に労働条件、給料などの詳細を説明するよう求めたと伝えられている。
そこにいたって富士康側はようやくメディアに開く姿勢をとり始めた。工場を取材した経済誌 『新世紀』は、監視カメラ設置などセキュリティ・チェックの内容を詳しく伝え、さらに職員・労働者に管理職別、賃金・勤務年数別、職場別の三系統の管理体制がとられている事を紹介した。
当の富士康労働者のナマの声が聞けないため、「なぜ飛び降りなのか?」という疑問について直接の手がかりが得られず、もどかしい限りだ。ただ、この問題を取り上げた中国のウェブ書き込みに、同工場に勤めたことのある友人の用語として「3点1線」の表現があった。富士康の労働者は「宿舎―工場―食堂」という3つのポイントをぐるぐる回る歩みを毎日繰り返していることを言うのだとか。富士康の若い労働者の連続自殺をどう見るか、中国でもなおさまざまに取り沙汰されており、毛沢東思想を奉じ、改革・開放を批判するウェブサイト 『烏有之郷』(ユートピア)は、このできごとが「資本家とその走狗のツラつきを暴露した」と論評した。一方、深圳の現地では、富士康で働きたいという若者が以前同様に連日、応募の順番待ちを続けているという。
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