広島市・平和団体と首相の間の深い溝明らかに 「8・6広島」 核禁条約を巡って
- 2022年 8月 9日
- 時代をみる
- 原爆岩垂 弘広島核
広島は8月6日、「被爆77年」を迎えた。核戦争が勃発するのではないかという危機感が世界に広がる中、広島市で、この日を中心に、市当局や平和団体よってさまざまな催しが行われたが、それらを通じて鮮明になったのは、広島市や平和団体がこぞって「核戦争を起こさせないためには核兵器を廃絶する以外にない。それには世界中の国々を核兵器禁止条約に参加させなくては」と声を挙げたのに対し、広島出身の岸田文雄首相がこの条約に全く言及しなかったことである。
「被爆から77年の原爆ドーム。元広島県産業奨励館。
広島の原爆被爆のシンボルとして世界遺産に登録されている」
私は1960年代から、「広島原爆の日」の8月6日を中心とする諸団体の催しの取材を続けてきた。今年で51回目。4日から6日にかけて、市内で行われた催しの一部を見て回った。猛暑と新型コロナウイルスの感染拡大の最中の催しだったが、全国各地から「核なき世界」の実現を願う人々が集まった。
高まる核戦争への恐怖とプーチン発言への抗議
まず、強く印象に残ったのは、核戦争に対する不安、恐怖が各会場にただよっていたことである。1960年代から70年代にかけて毎夏、広島・長崎で開かれた平和団体の集会には、米国とソ連という二大超大国による激烈な核軍拡競争への不安、恐怖がただよっていたが、今回のそれは、その時以来と言ってよい。
今回の不安、恐怖をもたらしたのが、2月24日にロシアによるウクライナへの軍事侵攻が開始されて以来の、プーチン大統領による核兵器の使用を示唆する度重なる発言であることはいうまでもない。
それだけに、各団体の催しの会場では、プーチン発言への抗議の声が相次いだ。広島市主催の平和記念式典に初参加したグテーレス国連事務総長は、あいさつの中で「深刻な核の脅威が、中東から、朝鮮半島へ、そしてロシアによるウクライナ侵攻へと、世界各地で急速に広がっています」と警告した。
平和記念式典で平和宣言を発した松井一實市長は、その中で「ロシアによるウクライナ侵攻で、核兵器による抑止力なくして平和は維持できないという考えが勢いをましています」と述べ、「他者を威嚇し、その存在をも否定するという行動をしてまで自分中心の考えを貫くことが許されてよいのでしょうか。私たちは、今改めて、『戦争と平和』で知られるロシアの文豪トルストイが残した<他人の不幸の上に自分の幸福を築いてはならない。他人の幸福の中にこそ、自分の幸福もあるのだ>という言葉をかみ締めるべきです」とロシアの指導者をいさめた。
平和団体の集会でも、プーチン大統領への非難が噴出。6日に開かれた原水爆禁止日本協議会(原水協)の原水爆禁止2022年世界大会ヒロシマデー集会で採択された「広島宣言」は「人類はいま、新たな核使用の危険に直面している。プーチン大統領は、ウクライナ侵略を続けるなかで、核兵器による威嚇を繰り返している」として、「ロシアのウクライナ侵略は明白な国連憲章違反である。我々は、ロシア軍の撤退と原発への攻撃・占拠を含む一切の軍事行動をただちに停止するよう要求する」と述べていた。
やはり6日に開かれた原水爆禁止日本国民会議(原水禁)の被爆77周年原水爆禁止世界大会・広島大会まとめ集会で採択された「ヒロシマ・アピール」は「(ロシアによるウクライナへの)侵攻により,多くの尊い命を犠牲なする状況が続いています。また、(プーチン大統領は)公然と核兵器使用をほのめかす発言をし、侵攻前には核兵器搭載可能な大陸間弾道ミサイルを使った軍事演習をするなど、核の脅威を繰り返してきました。国家主権と領土を武力で犯すことは、国連憲章に反する蛮行であり、断じて許されません。即時停戦の実現と国際社会の安定を求めていきます」としている。
「コロナ禍で平和記念式典の参加者を制限したため、
式典会場に入れなかった人たちが式典会場の際までつめかけた=8月6日朝、平和公園で」
日本政府は核兵器禁止条約に参加すべし
では、世界が核戦争の危機から脱するために日本はいかなる道を歩むべきか。
広島市の「平和宣言」が以下のように述べて、日本が進むべき道を明確に示したのは注目に値する。
「6月に開催された核兵器禁止条約の第1回締約国会議では、ロシアの侵攻がある中、核兵器の脅威を断固として拒否する宣言が行われました。また、核兵器に依存している国がオブザーバー参加する中で、核兵器禁止条約がNPT(核兵器不拡散条約)に貢献し、補完するものであることも強調されました。日本政府には、こうしたことを踏まえ、まずはNPT再検討会議での橋渡し役を果たすとともに、次回の締約国会議に是非とも参加し、一刻も早く締約国となり、核兵器廃絶に向けた動きを後押しすることを強く求めます」
原水協ヒロシマデー集会の「ヒロシマ宣言」も「日本には唯一の戦争被爆国にふさわしい役割の発揮が強く求められている。しかし、日本政府はアメリカの『核の傘』への依存を深め、核兵器禁止条約に反対するなど、国民の願いにも、世界の流れにも背を向けている。……日本政府に対し『核抑止力』論から脱却し、核兵器禁止条約への支持、参加を表明することを要求する」と言い、原水禁まとめ集会の「ヒロシマ・アピール」も「日本政府は核兵器禁止条約の締約国会議にオブザーバー参加すら行わず、『条約に賛成することは、米国による核抑止の正当性を損なう』という主張を崩していません」として、「日本政府に核兵器禁止条約署名・批准を求める運動に総力をあげる」と述べていた。
市民団体が開いた「8・6ヒロシマ平和へのつどい」が採択した「市民による平和宣言」は、今後取り組む活動に11項目を挙げているが、最初の項目は「日本政府に対し、核兵器禁止条約に署名・批准することを求め、米国の核抑止への依存政策から脱却し、朝鮮半島そして北東アジアの非核兵器地帯化を実現しよう」である。
いわば、官民こぞっての「日本政府は核兵器禁止条約に参加せよ」の大合唱であった。これはもはや、日本の民意と言えるのではないか。
首相のあいさつには核兵器禁止条約への言及なし
これに対し、政府側はどう対応したか。
平和記念式典に参列した岸田首相のあいさつのさわりは、以下の個所とみていいだろう。
「77年前のあの日の惨禍を決して繰り返してはならない。これは、唯一の戦争被爆国である我が国の責務であり、被爆地広島出身の総理大臣としての私の誓いです。核兵器の使用すらも現実の問題として顕在化し、『核兵器のない世界』への機運が後退していると言われている今こそ、広島の地から、私は、『核兵器使用の惨禍を繰り返してならない』と、声を大にして、世界に訴えます。我が国は、いかに細く、険しく、難しかろうとも、『核兵器のない世界』への道のりを歩んでまいります」
「来年は、この広島の地で、G7サミットを開催します。核兵器使用の惨禍を人類が二度と起こさないとの誓いを世界に示し、G7首脳と共に、平和のモニュメントの前で、平和と国際秩序、そして自由、民主主義、人権、法の支配といった普遍的な価値観を守るために結束していくことを確認したいと思います」
首相あいさつが核兵器禁止条約に触れることはついになかった。そればかりでない。首相が描く「核兵器のない世界」へ至る道は極めて抽象的で、具体性に欠けていた。国の安全保障を米国の「核の傘」に依存している日本政府の長としては、口がさけても「核兵器禁止条約に賛成」とは言えぬ、ということであろうか。
世界で唯一の戦争被爆国でありながら、政府と国民の間に横たわるこの底なしの深い溝。核兵器禁止条約を国連で成立させ核兵器完全禁止に向けて動き出した世界の人びとは、こうした日本の現実を知って何と思うだろうか。
ちなみに、核兵器禁止条約は核兵器の開発、実験、製造、取得、保有、貯蔵、移譲、使用、使用の威嚇などを禁じる条約。2021年1月に発効、現在66カ国が批准している。条約締約国は、核保有国の「核の傘」に依存する国の政府のオブザーバー参加を歓迎している。
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