ミャンマー外交における自民党政治の暗い影 ―巣鴨プリズンが原点の反動右派の流れ
- 2022年 8月 13日
- 評論・紹介・意見
- ミャンマー野上俊明
安倍前首相の暗殺事件をめぐって、メディアをつうじて様々な論調が現れた。まず、日本の「民主主義の危機」を象徴する事件として警鐘を鳴らす論調を真っ先に目にした。もちろん一般論としてテロ行為はその意図・目的の如何にかかわらず、民主主義に敵対するものであり、あってはならないものであることに誰しも異論はなかろう。しかしリベラル派や左翼にしてみると、安倍氏は戦後民主主義に一貫して敵対的であり、その枠組みを壊して日本を戦争のできる国へ改変する急先鋒であっただけに、その死を素直に民主主義の危機と評することには違和感があった。しかしまもなく容疑者の供述から、旧統一教会に家庭を破壊された怨恨による凶行であることが明らかになった。そしてそこから安倍元首相を筆頭とした、カルト教団と自民党や一部野党との因縁浅からぬ関係がつぎつぎと暴露され、その意味で政教分離を建前としてきた戦後民主主義が深部まで蝕まれている様が誰の目にもはっきりしてきたのである。民主主義の危機の意味合いが違ったというか、もっと深刻であることが見えてきた。
朝鮮戦争の破壊と荒廃のなかから誕生した統一教会は、強烈な反共意識と土着の独特の性観念と洗脳技術のアマルガムであり、60年代に朴正煕独裁政権の後ろ盾もあって急成長したといわれている。そして日本への上陸に際しては、巣鴨プリズンのA級戦犯容疑仲間であった岸信介や笹川良一らが手引きしたといわれている。統一教会の有する強烈な反共意識と戦闘性は、日本の左翼勢力を抑えるのに利用できると踏んだのであろう。それから半世紀余り経過し、いまや旧統一教会は、家族的な価値を尊重するどころか、実態は家族破壊のカルト的反社会集団であることは明々白々である。そうしたカルト集団に対して、オウム真理教の教訓も生かして、法的な規制をかけられるよう立法措置を講じるべきであったのに、岸信介の直系である自民党政府はそうしなかった。そればかりか、そのために日本の政党の多くが、旧統一教会の政界工作の餌食になり、おそらく日本政治の近年の右傾化に拍車がかかる事態を招来したかもしれないのである。筋金入りの洗脳技術を駆使しての、ミイラ取りをミイラにする巧妙な政界工作がおそらくなされたものと考えられる。
メディアに登場する右派的コメンテーター―たとえば橋下徹―は、宗教への法的規制は信仰の自由という憲法上の建前に抵触するので、難しいという(実際はやるべきでないというのが本音、反共セクトは政治的に役に立つ!)。しかし問題は教義や宗教儀式にかかわるのではなく、あくまで特定の宗教宗派が行なう反社会的な行為を法的な規制の対象にするだけなのである。人権や個人の尊厳といった民主主義の原則に明らかに違反する行為を刑事罰の対象とし、かつそれを組織的継続的に行なう宗教宗派から法人格を剥奪するというのが趣旨である。
もうひとつ。法的規制は特定宗教宗派の外形的な活動に限るものであるが、だからといって一般言論の自由を行使して、教義や儀式の批判を行なうことは禁じられてはいない。旧統一教会のきわめて特異なキリスト教教義の解釈や集団結婚式を批判することは自由なのである。まして反社会的な行為を支えるのがその教義の異様さにあるとすれば、そのことを指摘し批判するのは、民主社会を支える市民にとっての義務でもある。
以上のことを踏まえて、本日の主題は以下のことである。
このところ、日本政府のミャンマー外交をめぐって、国際人権団体や環境団体が批判を強めている。直近では、8月11日、自民党所属の元復興大臣である渡辺博道氏が、日本の現役政治家としてクーデタ後初めてミャンマーを訪問し、ミンアウンライン評議会議長と二国間の友好関係の強化や投資の促進などについて話し合ったという。軍事政権は、さきごろ4人の元国会議員や著名な活動家らに対し絞首刑を執行し、国際社会から激しい非難を浴びたばかりである。欧米諸国はもとより、アセアン諸国すらアセアン合意を実行しようとしない軍事政権との外交関係を控えているというときに、ロシア、中国に続いて要人を送り込んだ日本への風当たりは強まるであろう。まして先月、軍事政権によって日本のドキュメンタリー映像作家の久保田徹氏が不当に逮捕され、起訴されて刑務所に収監されているのである。
自民党中曽根派の元郵政大臣であり、「日本ミャンマー協会」―三菱商事はじめ大手企業脱会相次ぐ―を牛耳る渡邉秀央氏は、ミンアウンライン議長との個人的なパイプを誇示し、いっさいの批判に耳を貸さないでいる。なぜこうも強気で自信満々なのか。当然ながら、大きな権力の後ろ盾があるからである。
日本政府と軍事政権とのつながりは、戦時中はもとより戦後になってもネウイン独裁政権以来のものである。その後紆余曲折はありつつ、安倍晋太郎外務大臣―安倍晋三首相といった親子ラインで受け継がれ、テインセイン政権になって日本への累積債務約5000億円は帳消しになり、2016年の安倍首相訪問の際には、8000億円の円借款の約束がなされたのである。(筆者は、安倍首相訪問のすぐあとヤンゴンに行ったが、みなから日本政府の太っ腹を感謝され、安倍政権のバラマキ外交に困惑した)
安倍首相というか清和会系政権のミャンマー外交には、戦前の軍国主義支配から戦後のネウイン独裁政権へと続く暗い影がつきまとっている。つまり日本政治につきまとう後進性のひとつの現れが、中央―地方政界での旧統一教会の暗躍であり、外交面ではミャンマーの軍事政権との太い絆であり、その結節点に安倍派―清和会系の政治家が位置しているということである。しかし現在権力を保持し強そうに見えるからと言って、先見の明があるわけではない。ミャンマーに限って言えば、軍事政権が全土を実効支配することはもうありえない。民主勢力や少数民族組織が力を確実につけてきているので、軍部が権力をシェアする局面はあっても独占することはないであろう。そうしたときに備え、現在何をなすべきなのか、少なくとも安倍外交からの転換は焦眉の急務なのである。
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://chikyuza.net/
〔opinion12276:220813〕
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