― TPP参加は「構造破壊」をもたらす ―
- 2011年 7月 27日
- 時代をみる
- 色平 哲郎
はじめに
本日のテーマはTPP(環太平洋戦略的経済パートナーシップ協定)です。みなさん、覚えておられるでしょうか。「トッピッピ」と言われるように突飛に出てきたもので、昨年の暮れ頃から何かと話題になってきました。3月上旬あたりから雑誌等でもとりあげられるようになり、私なりに、『世界』(岩波書店)や医師会の会員たちが読む雑誌『日本医事新報』などでTPPについて述べ、地方紙も関心を持ち始めたところだったのですが、地震が起こったためにTPPの話題は一度とんでしまいました。私も震災後、福島県浜通りのことに集中していましたので、残念ながら最近の動きはつかんでいません。
私は“お医者さん”ですが、「信州から来た“お坊さん”です」とよく自己紹介することがあります。“お坊さん”や“お医者さん”はなぜ人に嫌われるのでしょうか。私たち医者が『白い巨塔』(山崎豊子作)をはじめとして描かれるような、“鼻高々”な存在として嫌われていることは存じています。一方で、人の不幸で生計を立てていることも現実です。病気や怪我などの不幸があるからこそ医師や看護師の職が必要とされ、“お坊さん”もまた人の不幸で商売をしています。仏教の教えるところでは、人の死亡率は100%です。しかし、だからといって、最初からあきらめることにはなりません。
医師や看護師の給料が100倍に?
みなさんは、「チャンスがあれば給料が今の100倍になる」と言われたとき、どのように答えますか。日本のことではありませんが、これはそれほど突飛な話ではないのです。知り合いのアフリカの医師や看護師たち(ケニアやタンザニア等、英語圏のライセンス保持者)は、南アフリカ共和国では給料が数倍~10数倍、英国に行けば100倍の給料がもらえると言い、ぜひとも海外で働きたいと考えています。10年前、英国が医療崩壊の危機に瀕した際、多くの医師や看護師たちはカナダやオーストラリアに脱出し、彼らが抜けた後の穴を途上国の医師・看護師たちが埋めていたのです。そのときの給料の基準が100倍。国際的には、ごく当たり前の話です。このような国境を超えたさまざまな動きが、日本にどのように及んできつつあるのか、これがTPP参加の議論です。
今のところ、頭脳流出により日本の医師たちの給料が100倍になることは非常に困難です。その理由は、日本の医師たちが英語に堪能でなく、また日本では英語で診療をする習慣がないからです。(笑)だからこそ、日本の国民皆保険制度が維持できているとも言えるでしょう。
あってはならない「無保険」の子ども
1月にバンコクで開催されたWHOの1,000人規模の国際会議に招かれました。今年が日本の国民皆保険が開始されてから50年目にあたる節目の年だからです。1961年に確立された国民皆保険制度によって、子どももふくめてすべての人たちが保険でカバーされるようになりました。今、日本がまだ貧しかった時代(現在のヴェトナム程度の経済レベル)に始められた制度が、世界で1、2を競う経済大国で持続可能なのかどうかについて、世界から注目を浴びています。
皆保険は権利として与えられています。すべての国民が予め保険料を納めておく制度で、支払った保険料が保険給付として戻ってくる「名目」になっています。しかし、2007年10月に大阪府社会保障推進協議会が中心となって開催した「子どもシンポ」で「無保険の子ども」の存在が明らかになり、皆保険の水面下に隠れていた氷山の一角が浮上しました。本来あってはならないことですが、小学校の養護教諭から報告されました。
<母子家庭の女の子>
ケース1:38度の熱が出た小学校1年生の女の子(Aちゃん)。朝登校したAちゃんは、熱が出て保健室に来ました。先生の顔を見るなり、「お母さんには電話せんといて。私がんばれるから」と言いました。しかし連絡しないわけにはいかない。Aちゃんは母子家庭。お母さんは派遣です。お母さんに電話をかけて「迎えに来てください」と言うと、「派遣社員なので休めません。今日は同僚が休みなので行けません。一人で帰してください」との答えでした。「38度もあるお子さんを一人では帰せません」「それは学校の決まりですか?」「いいえ、決まりではないのですが心配です」。話はなかなかかみ合わなかったが、「それでは何時に来られますか」と聞くと、「夕方の6時頃なら」「はい、わかりました。学校はAちゃんを9時までお預かりできますよ」。
お母さんも本心では一刻も早く迎えに来たい。しかし派遣社員は早退や欠勤があると、いつ派遣切りに会うかもしれない。母子家庭とはいえ、もちろん医療保険に加入していましたが、事実上無保険の状態でした。大阪では子育て世代を含む若者の半数が非正規労働者、実質的な無保険の状態に置かれているのです。
<父親が失業中>
ケース2:運動会の練習で突き指をしたなかなかあばれんぼうの小学校6年生B君。突き指でやや黄色くなっていた(― やや黄色くなっていれば心配ありません)。湿布を貼った先生は 「お家に手紙を書きますよ。腫れてきたら病院に連れて行ってもらってや」と声をかけたところ、B君は気まずそうな顔をして言いました。「保険証ないねん。先生、湿布くれ」(― これは毎日新聞がスクープして、 全国的に知られるようになった台詞です)。「湿布あげるよ。けどね、腫れたら病院で診てほしいんだけど」「先生、保険証ないねん。お父さん、今仕事ないねん」。
子どもたちは病気や怪我をしても親たちを気遣って“言わない”“見せない”。そして、朝一番に保健室に来るのです。このような、いないはずの状態の子どもたちの報告が保健室からなされています。この事実に毎日新聞大阪本社社会部が反応し、社会的な反響を呼び起こしました。私たちが、日本で事実上の無保険者が増えてきていたことに気づくのが遅れたのです。医療研究集会が、こういった事実を研究する端緒になってくれればと思っています。
制度だけでは成り立たない国民皆保険
国民皆保険制度は「日本の宝」と言われ、世界中から羨望の的です。今、世界50カ国が皆保険を導入しています。韓国は21年前、台湾は17年前、タイでも9年前から導入しました。皆保険制度は保守党の政治家にとって、特に農民たちに医療が届くという点で、大きな「票田」を期待できる好都合な政策。薄い給付でも医者にかかることができますが、実は皆保険を導入したところで困った事態が起きているのです。
山の村で10年以上診療所長をやっている私には分かります。そんな暮らしづらい場所で医療に携わる医師や看護師がいないので、皆保険の制度だけを作っても、アジア・アフリカの農村部や島では医療にかかることができない― このような話をバンコクの会議で聞きました。
医師は人の不幸で生計を立てる「卑しい」仕事ではあります。しかし、私のように「地方(田舎)で働き続けたい」という医師や看護師たちがある程度いなければ、制度を導入したものの「保険あって医療なし」という状況に陥ってしまいます。そして、WHOは僻地(農村や山村)で働く人材を世界中で育てなければ皆保険が成り立たないことを理解したのです。私がバンコクの会議に招かれたのはそのためです。日本を代表する私とナイジェリアの医師、ジャマイカの薬剤師が壇上に立ちました。
社会保険と国民皆保険制度
私たちの加入する医療保険は社会保険ですから、国はみなさんから税金とは別にお金(社会保険料)を集めています。給料から天引きされるためにあまり意識されていないかもしれませんが、介護保険料も加算されますから、実質増税とも言えるかもしれません。したがって、給付を絞ると国が“大金持ち”になります。
保健(Health)と保険(Insurance)とは、文字通り内容はまったく異なります。さらに保険には社会保険(公的医療保険)とそうでない私的な保険(がん保険、生命保険など)があり、両者はまったく別物です。後者の保険の場合、保険に入りたい人だけから保険料を集めて、加入者に給付(保険金)として集めた保険料を「戻していく」制度です。一方、社会保険は全員(国民)から保険料を徴収する強制権を持っていて、全員に対して保険料を「戻していく」義務を国家が負う制度です。まったく意味が違う制度であるにもかかわらず、「保険」という同じ言葉で表現されるため同一視しがちです。
私的な保険しかなければ、米国のように“裕福な人は保険に加入できるが、貧しい人たちは保険に入れない”(医療を受けることが非常に困難)という世界を招来します。このような世界になることを恐れた日本の為政者が100年以上前に社会保険の導入を考え、その結果が現在の国民皆保険制度につながってきているのです。
一時期非常に裕福になった日本でさえ、今では巨額の財政赤字を抱えています。日本は50年間も皆保険制度を維持してきましたが、例えば、現在のヴェトナムが制度を導入しても、50年後に今の日本のような「経済大国」になるのは難しいとするなら、制度が維持できるとは考えられないのです。中国は今年、皆保険制度を導入しました。2月半ばの『人民日報』は、さまざまな制限はあるものの、国民皆保険は8億3,000万人の農民を包摂したと伝えています。
突然出されたTPP ― メディアは絶賛
TPPは、私には聞き慣れない言葉でした。しかし、TPPは過去に何度も別な名前で登場していたのです。1997年にMAI(多国間投資協定)という名で、TPPに相当するものが審議されました。MAIはOECD(経済協力開発機構)を中心にヨーロッパで議論され、それに対して1,000団体にも上る世界中のNGOが抗議活動を行いました。日本で唯一抗議の声をあげたのは、私の所属していたNGO「市民フォーラム2001」(2001.3.31解散)だけでした。その危険性に気づいたヨーロッパでは、ただちにOECDに対する反対運動が展開されましたので、MAIは取り下げられる結果となりました。
今回のTPPは、昨年秋の臨時国会冒頭の菅首相による所信表明演説で突然出されたものです。おそらく誰も、何のことかわからなかったのではないでしょうか。その後政府は全く情報を出しませんでしたが、2011年元旦の主要5紙はすべて、「日本は貿易立国だから、関税をゼロにすれば日本は再生する」とTPPを礼賛していました。
私は友人の議員に、国会でTPPの質問をしてくれるよう頼みました(1月28日参議院本会議)。私は当日バンコクの会議に出席していましたため直接聞いてはいませんが、TPP参加により日本の経済を発展させるという首相に対して、「医療の市場化で病院の株式会社経営や患者と医者との間に民間の保険会社が入るようになること、混合診療の全面解禁など」についてどう考えているのかと質したところ、菅首相は「TPP協定についてすべてが明らかになっているわけではない」「国内医療の分野にどのような影響が出るかということを、あらかじめ申し上げることは困難」であると答弁したそうです。菅首相は厚生大臣経験者です。しかしこれは、医療の実態だけでなくMAI(現在で言うTPP)にどのような懸念があったためにヨーロッパで大反対が起こったのかをも全く知らない答弁です。
2月の初めから、外務省は24分野にわたるTPP交渉の内実について示し始めました。それを見る限りでは、私の懸念は当たっていました。TPPにはMAIと同様、日本の国民皆保険制度を根底から覆す「仕掛け」が入っていたのです。
「構造破壊」をもたらすTPP
私は3月5日付『医事新報』(「私はこう考える」)で、「TPPは国内法を上回る協定で、外資にフリーハンドを与えるものである。外資に『不利益』『不公正』『不自由』とみなされる『規制』はことごとく撤廃されることだろう」「食の安全基準や建築基準の後退、『国民皆保険』の崩壊、医薬品・医療機器、郵政などの貯蓄、そして教育分野のルールが大変貌し(※その後、労働分野も大変貌することがわかりました)、地域格差はさらに拡大する」「山村の水源が外資に買われるなどほんの序の口で、広い分野にわたって『構造改革』というより『構造破壊』がもたらされる」「多文化共生社会を目指すグローバル市民の動きと逆行する『構造的暴力』なのだ」と指摘しました。TPPが最終的に一般の国民の暮らしに重大な影響をもたらすことが、ほぼ確実です。農業の問題というよりも、とりわけ都市近郊に暮らす私たち一般の日本人の「老後の問題」ですから、首相はきちんと説明する必要があります。
今、原発事故と国民皆保険制度の持続可能性以外に、日本の高齢化問題も世界から注目されています。日本の高齢化は世界最速で進んでいます。若年層が多くを占める米国とインドを除き、日本社会の将来はどうなるのか、高齢者の住みやすい街づくりができるのか、人口の多いアジアの国々が見習うべき国の姿を実現できるのか、という点で世界の注目の的となっています。
『世界』(4月号)の座談会:「『地域の力』でTPPを打ち返そう」<司会:榊田みどり(フリージャーナリスト、参加者:色平哲郎、鈴木宣弘(東大教授)、結城登美雄(民俗研究家)>で、TPP参加が混合診療の全面解禁につながる可能性について、私は「日本の宝」である国民皆保険制度が内と外からの二つの危機に直面していることを指摘しました。内からのものは財政赤字、国保の滞納・未納、「無保険者」の増加であり、外からの危機がTPPのような悪い意味での医療のグローバル化です。
座談会では都市部における高齢化に対する危機感についても触れました。『ヘルプマン』第8巻(くさか里樹著、講談社)をご存じでしょうか?これさえ読めばTPPを理解できます。これは介護をテーマにした漫画で、第8巻はフィリピン人介護士も絡んだ認知症の親の介護の話です。みなさんもいずれご老人になりますが、その時、みなさんのお孫さんやお嫁さんが優しくなる「お薬」です。10年後の医療はまだ何とかなりますが、10年後の介護は大変です。その理由は、①医療と介護の連携不足、②介護の受け皿不足、③家族の姿や労働の姿が以前とは異なっていることに気づいていない(家庭介護力が低下する一方で、高齢者の単身世帯や老々介護が増えている)、④地域の支え合い(コモンズ)の低下に気づけていない、です。
混合診療全面解禁が皆保険制度を崩す
2011年5月19日付『毎日新聞』に、「TPPの問題は農業への打撃だけではない 参加は医療基盤崩壊への道」を書きました。24分野の交渉内容をみて、私は農業はフェイントだと思っています。
「医療崩壊」は「医療制度崩壊」とも言えます。医療制度を崩壊させるためには国民皆保険制度を壊せばよいのです。国民皆保険制度の根幹を支える最も大切なルールが、混合診療の全面解禁を禁止していることです。日本でも混合診療は一部の先進医療に限って認められており、この制度をうまく運用すれば患者のさまざまなニーズに対応できると考えています。
しかし、混合診療が全面解禁されれば利益を広げる動機付けが医療側に生じます。100倍の利益とは言わずとも、利益を拡大できるのであれば、少しでも条件の良いところで開業しようとか、少しでも良い職場で働こうとする、資本主義のもとではごく当たり前のあり方が生まれてきます。このあり方が国民皆保険制度を崩してしまうのです。もうけの薄い農山村や救急医療などの分野では現在にも増した医師不足が起こり、満足に医療を受けることのできない国民が増加するでしょう。
日本経団連は4月19日に発した「わが国の通商戦略に関する提言」でTPP早期参加を訴えました。これはとんでもないことです。みなさんにとって「9.11」は米国で起きた同時多発テロだと思いますが、私にとっての「9.11」は1973年のチリ・アジェンデ政権の崩壊です。民主的な政権崩壊のショックの中で、米国シカゴ大学のミルトン・フリードマンを中心に、さまざまな新自由主義的な改革のモデルが打ち出されました。これが後に、日本では小泉改革につながるのです。天災であろうと、人災であろうと、クーデターであろうと、みんながショックで立ち直れていないときに、このような法案を準備してくることは、フリードマン流にすれば当たり前のことです。
5月15日付『読売新聞』は、「TPP参加で復興に弾みを」との社説を掲げ、日本は貿易自由化に備えながら震災復興も後押しする経済活性化政策を打ち出すべきだ。TPPの参加がその軸となる」と主張しています。5月17日の閣議では、震災を踏まえて政策課題の優先準備を組み直しましたが、同日付『日本経済新聞』によれば、三菱商事の執行役員が「国際競争力の観点からTPP参加方針は貫くべきだ」と檄をとばしています。私たちが忘れているうちに、何をするかわかりません。TPPという名前は消えるかもしれませんが、似たような形で公的医療保険を破壊する動きを強引に進めてくるのではないかと心配しています。
ジャパン・ブランド:国民皆保険
戦後日本の改革の一つに独占禁止法があります。独禁法は経済的に豊かな財閥などが利益を独占することを規制したものです。また戦後、GHQ(連合国最高司令官総司令部)は5大改革に取り組みました。5大改革とは、婦人の解放、労働者に団結権を認める、教育の自由化、専制政治からの解放、経済機構の民主化です。これらは、米国の良い面を表した政策です。GHQの改革による農地解放で寄生地主制が解体され、その結果生まれた農民たちが、なけなしのお金をつぎ込んで創り上げたのが厚生連医療運動です。バンコクで開かれたWHO国際会議では、このような医療運動が農村で展開されていたことにも注目が集まりました。
会議では、自作農たちの自分たちで支える医療機関を作ろうとする熱意と運動があるところに医療機関が存在し、かつ、その医療機関に「雇われてもいい」という意思を持った医者や看護師が存在したことを重視し、その結果、解放された農民と女性、中小の商工業者から保険料を徴収して維持できる国民皆保険制度をスムーズに導入することができたのではないか、と指摘されました。
バンコク会議の私の話は以下の通りです。
「家族5人で10年間暮らした南相木村には鉄道も国道もありません。村民のうち65歳以上がなんと40%。そして今、日本の農山村につづき日本の都市の高齢化が進行中です。
ケアのあり方、一人暮らしの激増、住まい、交通手段、まちづくりなど、問題が噴出しています。このような事態は多文化共生を目指すグローバル社会において歴史上初めてのことであり、しかも最大速度、最大規模での高齢化現象となり、世界の注目の的です。はからずも地球人類の近未来を垣間見る、そんな村での生活ぶりとなりました。お隣の韓国、台湾も加え『大東亜共栄圏』ならぬ『大東亜共“老”圏』という、また笑えないお話しもございます」
「村で働いて周囲の方々が心持ちである一方 都会育ちの人間が心貧しい人間であると感じました。『おたがいさま』『おかげさま』で、あるいは『金持ちより心持ち』『すきな人とすきなところでくらし続けたい』。穏やかな農山村、私の山の村に毎年100人以上の医学生・看護学生が実習に来ました。村人もまた孫のような若者たちに、喜んで「おしん」の時代の苦労話、「雨ニモマケズ」の体験を語っていました」
「最後に申しあげます。「日本の宝」国民皆保険は、今年50年の節目を迎え、選挙では全政党が皆保険堅持を訴えています。財政赤字、国保の未納・滞納、「無保険者」の増加、そんな内なる危機に加え、外からは経済連携協定や医療ツーリズムなど市場原理主義の圧力。内外二つの大波で皆保険が崩壊の危機に瀕していることが、とても心配です」
「一部の人びとの『ぬけがけ』が貴重な制度資本を崩壊させます。世界中の人びとがあこがれるジャパン・ブランド国民皆保険に関し、ぜひ持続的に制度設計について考えてください」
自分自身の問題として考える
医師不足で医療従事者は「3時間待ちの3分診療」という事態を気に病んでおられると思います。私と「30分間話したい」という奇特な患者はいないと思いますが、これでは「30時間待ち」になってしまい、患者の様態が危ぶまれてしまいます。「3時間待ちの30
分診療」にするためには、医者の数を10倍にしなければなりません。しかし、医者が1人誕生するには数千万円もかかるという財政的な問題があります。医者を増やしていくのかどうか、私たち自身の問題として自分で考える必要があるでしょう。
「TPPは医療へそれほど影響がないとの認識があったが、(私の記事を読んで)社会的共通資本としての医療への影響が決して看過できないものであることがよくわかった。
民主党が医療をTPPから除外できるのか見守りたい」。先ほど触れました3月5日付『日本医事新報』を読んだ大阪の開業医の方が、感想文を編集部に寄せてくれました。ようやく少しずつ、開業医やその団体である医師会が“能書き”的な「TPP反対」ではなく、その内容を理解して「反対」を表明するようになってきました。
労働運動においても同じです。混合診療の全面解禁という歯止めをはずすことが、なぜ国民皆保険を崩壊させる可能性につながるのかについて、自分の頭で考えてまわりの人たちに伝えていくことが必要になると思います。
また『生活と自治』(生活クラブ連合会)のインタビューでも、TPPについて私なりの意見を述べました。農業や林業に関係があるため、地方の方はTPPに切実な危機感を持っています。農業問題だけがクローズアップされがちであるためか、都市住民はあまり関心がありません。都市近郊の「普通」の老人たち、私たちを含む「普通」の日本人たちの老後を直撃するのがTPPだと思っています。14年前にヨーロッパ市民がMAIに反対したのは、このように考えたからです。
このインタビューで、「TPPに反対か?」の問いかけに対し、私は「慎重でなければならない」と答えました。なぜならば、医療関係者にとって、TPPが医療を除外するのであれば一旦はOKだからです。しかし、24分野全部にわたってきちんと議論しなければ、いずれ順番に新自由主義の牙にさらされてしまう恐れがあります。
日本医師会はTPP参加交渉に関して、「国民皆保険を一律の『自由化』にさらさないよう強く求める」(2010年12月1日「日本政府のTPP参加検討に対する問題提起―日本医師会の見解」としています。私の本音はTPPに反対ですが、医療者として考えるのであればこの日本医師会の主張と同じです。これは医療者としては当たり前の姿ですが、さらに私たちが広い分野にまで目を配り、日本が国家改造されようとされることについて、危機感を持てるかどうかが鍵です。
おわりに
最後にいくつかの言葉を引用します。
「環境問題に医者がでてくるときは、もう手遅れだ」―元熊本大学医学部の原田正純先生の言葉です。これは水俣の例ですが、医療関係者自身が動き回らなければならない状況自体が間違っているのです。ぜひ、労働運動は前面に出て、一般の医療者が気づかないところにおいてもたたかい、前進するための前衛としての役割を果たしていただきたいと思います。
もう一つは、故・田尻宗昭さん(公害Gメンとして、企業の工場排水垂れ流し事件を摘発、公害事件として、初めての刑事責任を追及した)の言葉、「社会を変えていくのは数ではない。一人です。二人です。三人です」。そして、マハートマ・ガンディーの言葉、“You must be the change you want to see in the world”(あなた自身が、この世で見たいと思う変化とならなければならない)です。医師不足は深刻です。医者になることは簡単ではないかもしれませんが、あらゆる手法を通じて地域を守る、病院の存続こそが権利であることを実現していくような医療運動を望んでいます。
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(市民講座 TPPと医療・介護 第38回医療研究全国集会
2011年6月18日、新潟大学医学部講堂にて)
信州の農村医療の現場から http://irohira.web.fc2.com/より転載。
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://www.chikyuza.net/
〔eye1523:110727〕
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