「国葬」に登場した山縣有朋の「短歌」
- 2022年 10月 3日
- 評論・紹介・意見
- 内野光子
かたりあひて尽しゝ人は先立ちぬ今より後の世をいかにせむ
9月27日に開催された安倍晋三「国葬」における菅義偉の弔辞に登場したのが、山縣有朋の伊藤博文への弔歌であった。「今、この歌くらい、私自身の思いをよく詠んだ一首はありません」と結んだ。菅が「短歌を持ち出すとは」が最初の疑問だった。さらに、その前段の、安倍の議員会館の部屋の机に読みかけの岡義武の『山縣有朋』があって・・・のくだりにも、「うーん、ほんと?ちょっとできすぎでは」と思ったのだった。第一、「安倍が岡義武の本を読むか?」も疑問であった。
今回の岸田首相の弔辞があまりにも長いばかりで無味乾燥だったため、菅の弔辞の焼き鳥屋談義や上記の追悼歌などが盛られたところから、参列者や国葬TV中継視聴者の一部から礼賛のツイートやコメントがなどが拡散していた。
そもそも、今回の弔辞の原稿作成に広告代理の手が入っているかどうかは別として、当然のことながら、岸田や菅にしても、秘書は、もちろん、ゴーストライターかスピーチライターと言われる人たちとの総力あげての?共同作成ではなかったか。
と、この稿を書きかけたところ、10月1日、「リテラ」のつぎ記事で、その冒頭の謎が解けたのである。
・菅義偉が国葬弔辞で美談に仕立てた「山縣有朋の歌」は使い回しだった! 当の安倍晋三がJR東海・葛西敬之会長の追悼で使ったネタを
https://lite-ra.com/2022/10/post-6232.html
詳しくは、上の記事を読んで欲しいのだが、次の2点を報じているのだ。
一つは、上記の山縣の伊藤への「挽歌」は、安倍元首相が、今年6月17日、Facebookの投稿に、以下のくだりがあったというのである。葛西敬之JR東海名誉会長の葬儀をうけて、
常に国家の行く末を案じておられた葛西さん。国士という言葉が最も相応しい方でした。失意の時も支えて頂きました。 葛西さんが最も評価する明治の元勲は山縣有朋。好敵手伊藤博文の死に際して彼は次の歌を残しています。
「かたりあひて尽しゝ人は先だちぬ今より後の世をいかにせむ」
一つは、安倍元首相の2015年1月12日のFacebookで、岩波新書版の『山縣有朋 明治日本の象徴』の表紙の写真とともに、「読みかけの「岡義武著・山縣有朋。明治日本の象徴」(ママ) を読了しました」に続けて、山縣の歌を紹介していたのである。
伊藤の死によって山縣は権力を一手に握りますが、伊藤暗殺に際し山縣は、「かたりあひて尽くしし人は先立ちぬ今より後の世をいかにせむ」と詠みその死を悼みました。
菅の弔辞の「読みかけの・・・」のエピソードについては、安倍が読了した本を再読していたとも考えにくいし、「しるしがついていた」歌についても、数か月前の安倍のフェイスブックを読んでいたか、くだんの『山縣有朋』から拾いだしたかとなると、この物語性は崩れるのではないか。「どこか嘘っぽい」が解明できた思いだった。なお、「リテラ」によれば、2014年の年末に、安倍が葛西と会食した際に、『山縣有朋』をすすめられていたのである。
こんな弔辞を聞かされるために、妙な祭壇を作り、4000人以上の人が集められ、会場関係費だけに2.5億円もかけ、2万人規模の警備、接遇費など合わせて16億円もかけたというのだから、国民はもっと怒らねばいけない。あすからの臨時国会で「国葬は法令に拠らずとも、時の政府が判断できる」などと「丁寧な説明」をされても、国民の多くは納得できないだろう。
たしかに、伊藤は、1909年10月27日、ハルピン駅構内で、安重根による銃弾に斃れた。そこは共通する。伊藤は四回の首相時代を含め、山縣とは、さまざまな場面で意見を異にしている。伊藤の評価につながるものではないが、攘夷思想、憲法制定、政党政治・・・などにおいて、山縣は、攘夷、征韓論、強兵、君主制にこだわっていたのだから、伊藤への追悼の短歌は、あくまでもしらじらしい儀礼的なもので、誰への追悼にもなる、使い回しのできる平凡な一首ではあった。
だが、この一首以前に、山縣は、自由民権運動を弾圧し、教育勅語、軍事勅語の制定をすすめた人物を登場させたこと自体、時代錯誤も甚だしく、こんな弔辞に、感動したり、涙したりする人たちの言に惑わされてはならない。
初出:「内野光子のブログ」2022.10.2より許可を得て転載
http://dmituko.cocolog-nifty.com/utino/2022/10/post-2c663f.html
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://chikyuza.net/
〔opinion12427:221003〕
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