論説紹介――ウクライナ戦争をどうみるのか
- 2022年 10月 9日
- 評論・紹介・意見
- ウクライナ戦争野上俊明
ウクライナ軍優勢の毎日のニュースに、小気味よさを感じる自分がいる。国家主権と領土保全という国際的に承認された普遍的な政治原則を、武力によって蹂躙したロシアに理はない。衆人環視のなかで白昼堂々と強盗を働くような野蛮なロシアに未来はない、と息巻く自分がいる。
しかしこの戦争にどうやって決着をつけたらいいのかを考えると、ことはそう簡単ではない。バイデン大統領は、ウクライナ情勢においてはアルマゲドン(世界最終戦争)のリスクがキューバ危機の時以来最も高い水準にあるという。プーチンは、占拠したザポリージャ原発を国有化したが、核兵器同様に戦争の手段として使用する用意があるということであろう。ウクライナ側は、優勢に乗じて奪われた領土を取り戻すまで戦争を続けるという。ここでも「やっちまえ」と叫びたい自分がいる。しかし、負ければ負けるほど、追いつめられた独裁者にとって、戦術核使用のハードルは低くなる。たとえ妄想に近くとも、自分が信じ込んだ大義のためには、民を犠牲にすることを厭わない独裁者のこわさを過小評価しない方がよいのだろう。戦争のモメンタムが暴走化し、誰の手にも負えなくなる閾値にかなり近づきつつあるとみた方がいいのかもしれない。しかしまた戦争の出口といえば、停戦交渉と和平に尽きるのだが、まだ機は熟していないようにもみえる。
そういうことを考えているさなか、ドイツの日刊紙「ターゲスツァィトゥング」10/7号に時宜にかなった論評が掲載されたので、以下ほぼ全訳でご紹介する。
ウクライナ戦争を見る:言語道断なノー天気さ
Perspektiven im Ukraine-Krieg:Unfassbare Nonchalance von Helmut W. Ganser
――ロシアと話し合いをする必要がある。占領地の完全な奪還を喧伝する人々は、核のエスカレーションへと向かっているのだ――
東欧NATO9カ国が、ウクライナ大統領のNATO加盟の緊急申請を支持するよう要求していることは、同盟にとって挑戦以上のものである。 東欧諸国によるウクライナ上空のNATO飛行禁止区域の要求や、リトアニアによるカリーニングラードへの輸送路の一時的封鎖に続き、この構想はNATOを戦争に直接巻き込む最も遠大な試みで、実際に核がエスカレートする危険極まりないものである。仮にドイツ政府がウクライナのNATO加盟に同意した場合、ウクライナ東部にドイツ軍を配備することは避けられないだろう。急速な加盟要求のアクターたちは、まともな影響評価を一切無視している。
ウクライナの自衛が成功するかどうかは、欧米からの支援に大きく依存していることは、プーチン体制のパワーエリートには明らかである。 プーチンとその参謀本部にとって、作戦の失敗とロシアの大きな損失は、主にワシントンとNATOヨーロッパのせいである。 プーチンが繰り返す核の脅威は、合理的に分析されなければならない。欧米でヨーロッパ人を威嚇し、恐怖心を与え、分裂させるためのものなのか? 答えは、「イエス」である。プーチンは原則的に戦術核使用の用意があるのか? その答えも「イエス」である。彼はそのための基本的な残忍性を持っているし、自分の国の地理的な大きさについても知っている。彼の通常戦力はかなり弱体化した。しかも彼にとって残された時間は少なくなってきた。プーチンが他に選択肢を持たず、核エスカレーションに走るというシナリオもありうるものと考えられる。彼のすべての妄想の中で、それがどれほど計り知れないものであっても、その結果を避けることはないだろう。世界的な除け者という汚名を着せられようとも、ウクライナのロシア前線部隊に対するアメリカの大規模な通常兵器空爆が予想されようとも、彼の心をくじくことはないだろう。ちなみに後者のような攻撃は、必然的にNATOを戦争に巻き込むことになる。ワシントンとドイツ連邦政府は、これを許容することができるだろうか? 我々は核の大惨事にどこまで近づけるのか?我々は本当にロシアの最後のレッドラインに近づきたいのだろうか? ドイツの政治とメディアの大部分では、言語道断なノー天気さ(ノンシャラン)が、これらの問題においては支配的である。比較的低出力のロシアの核攻撃は許容できると考える人もいるようだが、それは核のタブーを破ることで、我々は全く異なる戦略世界に入ることになるという事実を完全に無視している。核の専門家の多くは、破壊的な魔神がビンから出れば、核戦争を制限することはできないと考えている。
戦争の劇的な拡大やエスカレーションを傍観するのではなく、まず前線での殺戮を止める出口の選択肢を分析することが急務である。そのための決定的なレベルは、モスクワとワシントンの間のものである。ジョー・バイデンは、複数の軍事支援を通じて、ウクライナのゼレンスキー大統領の行動の範囲を決定している。よく言われる「交渉はゼレンスキーにしか決められない」というのは半分の真実で、出口への鍵はモスクワとワシントンにあり、彼らは多くのチャンネルを通じてコミュニケーションを続けているらしい。
ヨーロッパ全体とウクライナにとってエスカレーションのリスクが高まっていることを考えれば、今大切なのは、核エスカレーションの破滅的リスクと、人道的解決策と組み合わせた敵対行為の停止のリスク、条件、結果との間で、合理的にバランスをとることである。そのためには、まず絞り込まれた議論の中で出口の選択肢を認め、検証されなければならない。ロシア軍の弱体化に関連して、近い将来、機会の窓が生じるかもしれないが、それもエスカレーションの過程で再び閉じられるかもしれない。恐怖に駆られた西側諸国は、こうしてプーチンの脅迫に屈することになるのだろうか。いや、もっとひどい事態を防ぎ、戦争目的を二の次にせざるを得なくなったプーチンを、かなり弱体化させてとり残すための理性ある行動であろう。
過大な人的損失
占領地の完全な再征服を喧伝し続ける人々は、こうしてモスクワによる核のエスカレーションへと向かっている事実を抑え込んではならないのだ。 ウクライナの指導者も東欧諸国も、出口という選択肢を飲み込むのが難しいことは明らかである。キエフは、ロシアに占領されたままの領土の一部に対する国家統制を、モスクワの別の政治体制で再統一が可能になるまで、無期限に失うことになるからである。 しかし、キエフもまた、国民の存続を考慮して、人的損失と破壊が行きすぎにならないように政治的に舵取りをしなければならない。
さらに、戦略的な理由から、NATOとEUは今後5年から10年の欧州の安全保障の状況を視野に入れる必要がある。このことは、現在の議論ではまだ完全に無視されている。NATOとEUは、長期的にロシアとどのような関係を目指したいのだろうか。EUとNATOの枠組みで協調した外交政策は、今後数年間の危険な戦略的不安定をどのように管理したいか、という展望を早急に打ち出さなければならない。今日そのためのコースも設定されている。新しい「鉄のカーテン」はすでに落ちている。 だからこそ、ヨーロッパへの深刻な被害を回避するために、ロシアとの適度な回復力のある共存が将来必要となるのである。
Helmut W. Ganser氏 はドイツ連邦軍の元准将であり、国防省の軍事政策部門の副部長であり、ブリュッセルのドイツの NATO 常駐代表の軍事政策顧問だった。
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://chikyuza.net/
〔opinion12446:221009〕
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